『to LOVE』収録曲と
シンガーとしての特徴から
ポップアーティスト、
西野カナを考察してみた

『to LOVE』('10)/西野カナ

『to LOVE』('10)/西野カナ

2月14日に西野カナのデビュー15周年を記念したオールタイムベスト『ALL TIME BEST ~Love Collection 15th Anniversary~』が発売された。バレンタインデーにリリースされるとは何とも“らしい”ところだ。全シングル35曲とアルバムリード曲に加えて、その他のアルバム曲、シングルカップリング135曲の中から上位10曲を選出したファン投票盤も含めた4枚組、全51曲という豪華アイテム。彼女のヒット曲と共に平成を過ごしてきたファンにとっては必聴、必携の作品集と言えるだろう。今週はそのリリースに合わせて、彼女自身初の1位を獲得作品であり、平成時代生まれのソロ歌手として初のチャート1位獲得アルバムである『to LOVE』を取り上げる。これまでまったくと言っていいほど西野カナを聴いて来なかった、俗に言う“西野カナ弱者”の筆者だが、かなり興味深く聴いたことを最初に記しおく。

ヴォーカリゼーションの特徴

絶妙な均衡というか、塩梅というか、バランス感覚というか、そうものを感じるアルバムであるし、それはおそらく彼女のアーティスト性でもあるのだろう。これが筆者の西野カナ『to LOVE』を聴き終えての率直な感想である。濃くはない。かと言って、薄くはない。熱くはない。だけれども、冷めてもいない。太くはないし、細くもない。あと、辛くはない。しかしながら、甘いだけではない…とか、もうこの辺にしておくけれど、ちょうどいいところを進んでいる印象である。どちらかに傾いたり、どちらかの分量が多くなったりすると、厭味やエグみが出るんじゃないかと思う。もしそうなっていたら、聴き手を選ぶ格好になったと想像してしまうし、そうでなかったからこそ、彼女はミリオンシンガーになったのだろう。

そういうわけで、以下、その“ちょうどいい”と感じたところをいろいろと書いてみたい。…いろいろ書くが、あくまでも個人の感想で、少なくともそれが悪いとかダメだとかいうことではないと、予めご了承願いたい。と、事前に一応予防線を張っておく。

まずは、音楽ジャンルについて…である。『to LOVE』を聴いた限り、これはコンテポラリR&Bに分類されるものであることは分かる。M4「Hey Boy」が唯一ロック要素強めな感じではあるものの、それ以外の収録曲はどれも所謂R&Bと言っていいと思う。最も分かりやすいところはM5「もっと…」で、スクラッチを入れたサウンドからストレートにヒップホップ要素を感じるところではある。歌唱法では、とりわけM13「You are the one」冒頭でのスキャットには“R&B味”がよく出ている。しかし、そうは言っても、その“R&B味”が出過ぎていないのもまた、ほとんどの楽曲で感じられるのである。M5にしてもそうで、サウンドは如何にもヒップホップだが、歌い上げていないのである。いい意味で癖がないという言い方でもいいかもしれない。メソッドがあることはM13を待つまでもなく分かるし、随所でハイトーンも聴けるのでレンジの広さも確認出来る。しかし、極端に派手なヴォーカリゼーションはまったく見られない。

これは筆者の想像だが、彼女は(もしくは彼女のスタッフは)あえて多彩な歌唱を選んでいないのではなかろうか。そう考える理由は3つ。ひとつは、これはかなり穿った見方かもしれないが(それなりに正鵠は射ていると思うが)、他アーティストとの差別化である。所謂R&B界では、オクターブと声量を駆使して曲芸のような歌を聴かせる女性シンガーも少なくない。日本国外にまで範囲を広げたら、ブラックミュージックシーンでは迫力ある歌はもはや必須と言ってもいいほどだろう。西野カナはそこと勝負するつもりはない…というと語弊があるが、そことはタイプが別であることを認識しているのではないかと思う。というのも──これがもうひとつの理由だが、そうした曲芸のような歌唱は、そもそも彼女の声質に合わないということ。アルバム冒頭のM2「Best Friend」から、彼女の歌声には独特の揺らぎがあることは多くの人が確認するところではないかと思う。それは力強さなどではなく、言ってしまえば、どこか寄る辺ない感じである。その寄る辺なさは聴き手側に何らかの効果を及ぼしているのは間違いないし、その中にこそ強さを感じるのが彼女のアーティスト性としておもしろいところではあろう。だが、それはそれとして、彼女の声質は本質的に強めの圧が似合わないのだと思う。誤解を恐れずに言えば、彼女の声は可愛らしいし、そのアドバンテージを最大限に活かすのはバリバリのブラックミュージックではないと思うのだ。少なくとも『to LOVE』ではその判断があったのではなかろうか。もうひとつ、西野カナがあえて“R&B味”を強く出さない理由は、歌詞にもあるのではないかと思う。『to LOVE』の歌詞はその内容からして、歌い上げるタイプであったり、過剰に感情を出したりする歌唱がマッチしないのでないだろうか。その辺は後述する。

OKMusic編集部

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