浜田麻里、最大のヒット作『Return
to Myself』に80年代の邦楽シーンの
総括を見た!

2013年にデビュー30周年を迎えた、伝説の女性ロックヴォーカリスト、浜田麻里。昨年にかけて行なった30周年記念のライヴツアー、また昨年の『サマーソニック』への出演で、全盛期と変わらない美声を、これまた以前と変わらない妖艶なルックスのまま、我々に届けてくれたことも記憶に新しい。今秋はラウドパークへの出演が決まっているほか、通算25枚目となるオリジナルアルバムの制作にも突入と、まだまだ話題豊富な麻里さん。今回は彼女の最大のヒットアルバム『Return to Myself』にスポットを当てる。

「次の“邦楽名盤列伝!”、浜田麻里さんってどうですかね? 麻里さんと言えば、やっぱり『Return to Myself』でしょうねぇ」と編集部にご連絡をいただいて、「いいですねぇ、やっぱ『Return to Myself』になるでしょうねぇ。分かりました!」なんて快諾して本稿を書いているわけですが、白状します。浜田麻里、ちゃんと聴くのは今回が初めてです。ええ。初めてです。そりゃあ、流石に彼女最大のヒット曲「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。」くらいは聴いてます。あと、「Nostalgia」を聴いて、当時「いい曲だなぁ」と思ったことも記憶しています。はい。でも、今まで浜田麻里さんのアルバムを1枚丸々聴いたことはありません。ええ。そうです。言い訳をします。麻里さんのメジャーデビューは1983年。筆者がこの業界に足を踏み入れたときはすでに「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。」が大ヒットしており、未だ音楽ライターとも言えぬ駆け出しのペーペーが取材させてもらえる相手ではなかったのです。いや、それは語弊があります。正確に言うと、私が所属した出版社ではすでに浜田麻里担当がおり、取材する機会が巡ってこなかったのです。これは筆者だけの習性でしょうが、取材しないアーティストの音源はなかなか聴くことがないのです。それで終ぞここまでご縁に恵まれなかったのです。
筆者が浜田麻里さんの音源をちゃんと聴いてこなかったのにはもうひとつ理由があります。学生の頃、筆者はパンク~ニューウェイブ好きでした。80年代に高校生~大学生だった人で音楽好きなら少しばかり共感してくださるかもしれませんが、パンク~ニューウェイブ…特にパンクとハードロック~へヴィメタルとは相性があまりよくありませんでした。少なくとも自分が育った地方ではそうでした。パンクにとってはハードロック~へヴィメタルが、ハードロック~へヴィメタルにとってはパンクが嘲笑の対象という不毛な諍いがありました。麻里さんのメジャーデビュー時、“麻里ちゃんは、ヘビーメタル。”というキャッチコピーが付けられていました。コピーライターは糸井重里氏です。セックス・ピストルズだのザ・スターリンだのを好きで聴いていただけで、出で立ちまでがモロにパンクスというわけではなかった筆者ではありましたが…そうした半端なパンク好きだったからこそかもしれませんが…ハードロック~へヴィメタルというだけで毛嫌いして手に取ることがありませんでした。完全にかわいそうな子でした。その点は今もあまり変わっていません。
楽屋オチはここまでとして、面倒なので文体を変えます…というわけで、完全初見で浜田麻里のアルバム『Return to Myself』を聴いてみたのだが、生粋のファンにとっては「今さら言うな!」という話だろうが、流石に優れたアルバムである。これまた改めて言うことではないだろうが、やはりヴォーカリゼーションが素晴らしい。浜田麻里の特徴と言えばハイトーンボイスだが、妙なフェイクを使ったり、過度にオクターブの広さを強調するわけではないところが実にいい。アーティストの個性だけが突出しているのではなく、メロディーにちゃんと寄り添っていると言えばいいか。上手いは上手いのだが、変な自己主張がなく、それでいてしっかり浜田麻里であることがわかる。これはまさに天性のものだろう。英語詞も少なくないので全部が全部そうだとは言えないが、歌詞が聴き取りやすいのも歌唱法によるところだと思う。当世のR&Bを否定するわけではないが、リズムに沿うあまりにか、歌は上手いかもしれないが、言葉に力が感じられないアーティストがいないこともない。そんな気がする。だが、浜田麻里は違う。ヴォーカリゼーションにパンチがあるうえに、言葉もしっかりと伝わってくる。
いくらハードロック~へヴィメタルの毛嫌いから浜田麻里を聴いてこなかったとはいえ、徐々に彼女からハードロック色が薄まっていったことくらいは耳にしていたし、それこそ「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。」辺りを聴けばそれも実感できた。しかし、今回『Return to Myself』を聴いてみて、ここまで時代性を取り入れていたことには正直言って驚いた。具体的に言うと、M3「Emotion in Motion」と、M9「With All My Love」のブラックミュージック的要素である(『Return to Myself』以前の彼女の音源も聴けていないので、もしこれ以前からブラックミュージック全開だったら謝罪します)。『Return to Myself』の発表が1989年。同じ年、日本での“ブラック・ミュージックのパイオニア”久保田利伸のベスト盤が『the BADDEST』がミリオンセールスを記録しており、この年までの2~3年間でR&Bやダンスミュージックが邦楽シーンにも定着していた頃である。ここに因果関係を見出すのは穿った見方だろうか。かと言って、当代の女性R&Bシンガーとは異なり、彼女ならではの腰の据わった歌唱法で独特の楽曲に仕上げてある。個人的に最も注目したのはM5「Second Wind」。このメロディーは一体何だ!? 歌謡曲か? ニューミュージックか? いずれにせよ、最近聴かないタイプだ。サウンドはどこかスペイシーで、後半の鳴きのギターと相俟って何となく神々しくもある(大袈裟!?)。こんな楽曲はそうそうない。
無論、ザクザクしたギターサウンドのM4「Walking on the Borderline」、リフ系の王道ハードロックM6「Only in My Dreams」、エイトビートでオールドスクールなR&RのM8「We Should Be So Lucky」と、デビュー時の彼女のイメージに近いタイプの楽曲もしっかりと収録されていて…これも半可通の戯言なのかもしれないが…なるほど、“Return to Myself”というタイトルも伊達じゃないという印象もある。随所で聴こえる電子音と、AORっぽい演出には若干苦笑いではあったが、それも含めて80年代の香りとして肯定したい。このアルバムは1989年に発表されたもので、制作サイドが意識したかどうかはともかく、80年代の邦楽シーンの総括という意味合いがあったのかもしれない。メロディー、サウンドを含めて80年代を通ってきた者にはしっくりくると思う。ここまで何となく浜田麻里を聴かないで来た奴が上からこんなことを言うのも何だが、40~50代の音楽好きで、今まで浜田麻里を聴いてなかった読者には是非おすすめしたい名盤である。“あの頃”が蘇ると思う。筆者は『Return to Myself』を聴いて盛り上がってしまい、「Nostalgia」をYouTubeで探して聴いてみた。《連れていって 遠くせつない/恋だけが憧れだけだった頃へ Nostalgia》。…これがまた、相当な涙腺決壊なメロデイー&歌詞で、「戻れねぇ。戻れねぇッスよ、麻里さん」と思いながら、泣いた。「Nostalgia」が収録されているアルバム『COLORS』も聴いてみよう。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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