“不滅の男”遠藤賢司の
『東京ワッショイ』はエンケンしか
辿り着けなかった圧倒的高み

遠藤賢司が、がんのため闘病していることが、6月11日、公式ブログとFacebookページを通じて公表された。当人は「治療しながら音楽は続ける」「音楽は心身共に、エンケンの根源力です」と“不滅の男”にふさわしいコメントを発表。《「頑張れよ」なんて 言うんじゃないよ/俺はいつでも最高なのさ ああ》(「不滅の男」)と歌うアーティストにありきたりの言葉を寄せるのは、逆に失礼と言うもの。恐縮ながら、ここは氏の名作を紹介することで、闘病中のエンケンへのエールに換えてみたい。

規格外のシンガーソングライター

遠藤賢司。愛称“エンケン”。シンガーソングライターであることは間違いないが、この人の場合はそう単純なものでもない。ほぼ全ての楽曲の作詞作曲を手がけており、主にギターを抱えて歌唱することが多いので、所謂シンガーソングライターの体裁ではあるが、ピアノはもちろん、ドラムまで叩く。「ド・素人はスッコンデロォ!」(アルバム『にゃあ!』収録)では、ギターを弾きながらドラムを演奏にもチャレンジしているというから半端じゃない。まぁ、そんな奇抜な演奏法はともかくとしても、氏の作品にはインストゥルメンタル曲も少なくないし、何よりもその活動内容が所謂シンガーソングライターの枠に収まっていないのである。役者としてのいくつかの映画に出演している他、映画『不滅の男 エンケン対日本武道館』では監督、編集も行なっている(もちろん主演と音楽もエンケン。この映画は日本武道館における無観客ライヴの模様を収録したドキュメンタリーで、その概要からして半端じゃない)。また、カレー好きが高じてカレー店をオープンさせたりもしている(現在はすでに閉店)。今も副業で飲食店を経営している芸能人はいるが、エンケンのそれは1974年である。お店ではライヴや映画上映会なども定期的に行なっていたというからその点も興味深い。79年には“レイジー男だけのファンクラブ”の会長となったなんてトピックもある。当時はまだアイドル歌謡バンドであったレイジーだったが、後のハードロック、ヘヴィメタル化を後押ししたとも言われている。エンケンがいなかったらLOUDNESSはなかったかもしれない…ということもないだろうが、多大な影響を与えたのは確かだ。

縦横無尽の音楽性

そんな規格外のシンガーソングライター、エンケンであるからして、無論その音楽性も既存の枠にとらわれるわけもない。もともとボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」からの影響で歌とギターを始めた氏は、60年代のフォークシーンに出現したのは確か。高田渡、南正人ら東京勢、高石ともや、加川良ら関西勢、いずれのフォークシンガーたちとも交流を持ち、69~71年の三度行われた『中津川フォークジャンボリー』にも出演していることから、初期はフォークで語られることが多かったことは間違いない。しかし、69年のデビューシングル「ほんとだよ/猫が眠ってる」から当時のフォークソングとは一線を画していたことも間違いない。「ほんとだよ」は王道フォークとの見方はあるが、そのギターサウンドはケルト音楽におけるリュート的音色であり、[雅楽的アプローチのフルート、クラシック的アプローチのチェロをフィーチャー]していると言われている。([ ]はウィキペディアより引用)。また、「猫が眠ってる」ではタブラ、シタールを取り入れるなどしており、その表現手段は俗に言う弾き語りに留まらない。70年に発表した1stアルバム『niyago』にははっぴいえんどの細野晴臣、鈴木茂、松本隆が参加。72年の3rdアルバム『嘆きのウクレレ』では細野、鈴木に加えて、林立夫、松任谷正隆──キャラメル・ママ、後のティン・パン・アレーの他、後藤次利、頭脳警察の石塚俊明らも参加している。参加アーティストが音楽性の多彩に直結するものでもなかろうが、上記面子なら説明するまでもないだろう。
30代に入って氏の指向はさらに加速する。79年のアルバム『東京ワッショイ』、80年のアルバム『宇宙防衛軍』では四人囃子が参加。SF、テクノ、パンク、演歌、ハードロック、クラシック、ムード歌謡といった多種多彩なサウンドを取り込んだ。その後もソロ活動の他、遠藤賢司バンド(エンケンバンド)、エンケン&カレーライス、エンケン&アイラブユーといったバンド活動を行なうなど、その精力的スタンスは衰えることなく現在まで続いている。そんなエンケン作品の中から、本稿ではパンク的な資質が全面的に開花したと言われる『東京ワッショイ』を取り上げたい。このチョイスは裏を話せば、本コラム担当編集者氏から「エンケンさんの名盤となると、一般的には2nd『満足できるかな』なんでしょうけど、「不滅の男」の入っている『東京ワッショイ』でエールを送りたいと思うのですが…」という連絡をもらってのことだが、音源を聴いてびっくり。このアルバム、本当にすごい! 79年とはYMOのブレイクと同時期、(後述するが)沢田研二の「TOKIO」より1年早い。この時期、すでにこんな表現手段をとっていた日本人アーティストがいたことに素直に驚かされる。このアルバムをひと口で語ることは極めて難しいと言わざるを得ない。というわけで、本コラムでは珍しく全曲解説をしてみようと思う。

1.東京退屈男

UFOの飛行音っぽい電子音からスタートし、大陸風と言えばいいか、大らかなメロディーがそこに重なる、オープニングらしいスケール感のあるインスト曲である。アコースティックギターが奏でる主メロは和風のそれで、そこに《あや れかどみらぴの つるわよなあ》との口上が乗る。桜吹雪舞い散る中、降り立ったUFOから現れ出でた市川歌右衛門演じる旗本退屈男が、UFOの前に敷かれた緋毛氈(ひもうせん)を歩んでいく様を描いた映画を想像したという。

2.東京ワッショイ

《ワッショイ!》という掛け声から始まるファンキーなブギー。サウンドは明らかにフォークではない。当初は“東京ロック”というタイトルだったというが、セックス・ピストルズを聴いていたら、コーラスがワッショイワッショイと聴こえて、「日本にもいい言葉が、お祭りみたいなところと祭りの後の淋しさが一緒くたになった面白い言葉があるじゃないか」と“東京ワッショイ”に改変。《甘ったれるなよ 文句を言うなよ/嫌なら出てけよ/俺は好きさ/すすす好きさ東京 おお我が街/おお我が友 トトト東京 東京 東京》とは皮肉でも何でもなく、素直な気持ちを綴ったものだという。

3.天国への音楽

歌詞カードに“ポール・コゾフに捧ぐ”とあるように、76年に夭逝したイギリスのバンド、フリーのギタリスト、ポール・コゾフへ捧げたブルースナンバー。氏の特徴だった“泣きのギター”よろしく、この楽曲のギターも泣いている。ギターのトーンがややプログレっぽい印象もある。《おおギターよ 教えておくれ/どうしてだい おおギターよ》と歌詞も泣いている。

4.哀愁の東京タワー

シンセサイザー、ボコーダーを駆使したテクノポップ的ナンバー。クラフトワークを意識したという。YMOと同時期にこれをやっていたこともすごいが、《哀愁の東京タワー ひとり歩けば雨が降る》という昭和歌謡風メロディーと歌詞を電子音楽と融合させたエンケンのセンスは素晴らしい。このレトロフューチャー感は今でも新鮮だ。

5.続東京ワッショイ

“続”とあるが、本来「東京ワッショイ」とともに1曲として構成されていたものらしい。ポップなR&Rに仕上がっている。《"モスラ寄りそう東京タワー/霧のハレルヤ国会議事堂/小雨にけむる靖国神社/写真とりましょ二重橋/ひかりこだます東京駅/こころのふるさと浅草観音/正月元旦明治神宮/涙のお別れ羽田空港"》というナレーションは“はとUFO”の観光案内だという。《欲しい物なら 何でもあるぜ/素敵なまばゆい魔法の街さ》《幾千万のネオンの海よ/宇宙の果てまで 染めあがれ 舞いあがれ/宇宙都市 東京だよおっかさん》辺りは、後年の沢田研二の「TOKIO」にも似たフレーズだが、これは「TOKIO」の作詞家、糸井重里氏のエンケン・オマージュだったのだろうか?

6.不滅の男

アントニオ猪木へのオマージュもあるという楽曲で、「炎のファイター ~INOKI BOM-BA-YE~」さながら、“KENJI軍団”の黄色い掛け声から始まる。ポップなメロディー、ビートルズへの敬愛を感じさせるアレンジもさることながら、歌詞がとんでもなく素晴らしい。
《今まで何度 倒れただろうか/でも俺はこうして 立ちあがる/そうさ やる時は やるだけだ/俺は負けないぜ そう男》《「頑張れよ」なんて 言うんじゃないよ/俺はいつでも最高なのさ ああ/俺は不滅の男 俺は不滅の男》

7.ほんとだよ

デビュー曲のセルフカバー。ギターの弾き語りにシンセが重なる。派手に盛り上がるタイプではなく、比較的淡々と流れていく楽曲だが、そこが味わい深くもある。「ボレロの感じを出したかった」という。

8.輪廻

エンケン本人がエレピを弾いているインスト曲。短い上に前後の曲が長尺なのでブリッジ的な位置付けに思われがちだが、その旋律は独特の余韻を残す。「《現在》をどれだけ表現できるか。それしか勝負することないもん。未来のオレは知らない。過去のオレも知らない。わかってんのは遠藤賢司のDNAに蓄積された笑いとか喜びとか悲しみ、それを現在ここで表現すればそれが全部集約されると思うんだ」(ライナーノーツより)。

9.UFO

シンセサイザーを全編にフィーチャーしたニューウェイブ。ボコーダーも使用している。ベースはポップなR&Rだが、間奏部分はオリエンタルな雰囲気で、全体には無国籍感もある。《おおい俺はUFOだ "聞えるか?"/黄金色のUFOだ "見えるか?"/水・金・地・火・木・土・天・海・冥/どこまで行こか ひとっとび/宇宙の果てまで 思い切り/さあ 行くぜ》と、UFOを異物ではなく、己に重ねた作詞センスは流石。

10.とどかぬ想い

アコギによる叙情的なインスト。後半エレピとハープが重なる。タイトルから想像できるようにラブソング的なメンタリティがあるという。派手なサウンドの楽曲も多いアルバムだが、アコギの響きと音色を前面に出したインストで締め括っているのも心憎い。

今こそ日本と東京に“ワッショイ!”を

 これほどバラエティーに富んでいながら、しっかりと一本筋の通ったアルバムも珍しいと思う。ジャンルを超越した様子は、まさしく本人が標榜する“純音楽”であろう。ポップ一辺倒じゃないが、かと言って難解ではなく、分かりやすく、ストレートだが、決して単純じゃない。優れた芸術の見本のような構造がそこにはある。ライナーノーツにエンケン自身のこんな言葉が載っている。「ずっとやりたいことをやってきたけど、やりたいようにやった1枚だね。完璧に言いたいことを言い切った。日本が、東京がこんなに良いんだ。オレは好きだから東京にいる。自分が選んだ場所だし、今、自分が立っているところなんだから、文句を言わずにここでやってく。それって日本人全体にとって一番必要だと思ったし、そういう意味で言い切った」。充実しまくったアルバムであったことの何よりの証左である。オリンピック招致決定前後からここまで東京が何かとかまびすしいが、その東京へのエールとしても、『東京ワッショイ』は再評価されていい作品ではなかろうか。未体験の人は是非。

TEXT:帆苅智之

OKMusic編集部

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