フリッパーズ・ギターの2人が示した
ロックの黙示録、『DOCTOR HEAD'S W
ORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』

80年代後半、活動期間はわずか4年間と、まさに彗星のようにシーンを席巻した小山田圭吾、小沢健二によるバンド、フリッパーズ・ギター。女性ファッション誌に取り上げられ、後に“渋谷系”と呼ばれる音楽ムーブメントの始祖であり、それと同時に年季の入ったロックファンをもうならせる明確なロジックを併せ持ち、今もなお伝説として語り継がれる存在だ。彼らが最後に残したアルバム『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』を取り上げる。

フリッパーズ・ギターの『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』(以下『ヘッド博士の世界塔』)は、90年代邦楽の最高傑作のひとつであり、オールタイムで考えても日本のロックの重要作である。生涯ベストに挙げる人がいても何らおかしくない。そういうアルバムである。とはいえ、『ヘッド博士の世界塔』の発表、フリッパーズ・ギターの解散からそろそろ四半世紀が経つわけで、10~20代の音楽ファンにはそう言われても何が何だか…かもしれない。小山田圭吾は映画『攻殻機動隊 新劇場版』の劇中音楽や、その主人公を演じた坂本真綾とのユニット“坂本真綾コーネリアス”で主題歌「まだうごく」を手がけるなど最近話題になったが、一方の小沢健二のソロ活動も90年代に比べれば随分と落ち着いたペースになっており、フリッパーズ・ギターの名前に馴染みを感じないリスナーも多くなっているのではないであろうか。しかし──活動期間は1988~1991年とわずか4年間ながら、当時、若干19~22歳であった小山田圭吾と小沢健二のふたりの若者がシーンに与えた影響は計り知れない。(当人たちが仕掛けたものではないが)所謂“渋谷系”と呼ばれた音楽の代表であり、[日本の軽音楽の流れにおいて「フリッパーズ・ギター以前/以後」という区切りが用いられていることも]あるようで([]内はウィキペディアより抜粋)、筆者はそんな区切りがあることは知らなかったものの、それを無下に否定できないだけの存在感を放ったバンドであることは認めざるを得ない。では、以下に『ヘッド博士の世界塔』の内容を記そう。
まず、本作の最大の特徴はサンプリングの多用にある。収録曲の大半が…ではない。全曲においてサンプリングが使われている。しかも、元ネタがそれと分かるように使われているものも多い。何しろM1「ドルフィン・ソング」のイントロからThe Beach Boysの「God Only Knows」がほとんどそのまま使われているのである。アルバムの1曲目のイントロから…だ。これは間違いなく意図的である。この他、M1「ドルフィン・ソング」での「Heroes and Villains」(The Beach Boys)や「Broken Arrow」(Buffalo Springfield)、M6「ウィニー・ザ・プー・マグカップ・コレクション」の「Dance To The Music」(Sly & The Family Stone)、M7「奈落のクイズマスター」の「Loaded」(Primal Scream)、M9「世界塔よ永遠に」での「Alice」(John Plum)、「Good Vibration」(The Beach Boys)、「Dirty-Diego」(The Monkees)、「Sad Song」(Lou Reed)等々。細かく指摘すれば枚挙に暇がない(のは間違いないが、筆者は元ネタの全てを未だ把握し切れていない)。また、単に楽曲の一部を切り取ってループさせるといった手法だけでなく、M8「星の彼方へ」ではThe Stone Roses、M7「奈落のクイズマスター」ではPrimal Scream、そしてM3「アクアマリン」ではmy bloody valentineをフィーチャーすることで、マンチェスターサウンドやシューゲイザーサウンドを展開しているところもポイント。しかも“パク〇”と言われてもおかしくないほど、類似点だらけである。これもどう考えても意図的にやっている。いろいろな解釈があろうが、これは60年代から90年代──彼らが影響を受けた音楽、また彼らと同じく、彼らが影響を受けた音楽から影響を受けたアーティストへのオマージュであろう。
ネオアコとカテゴライズされたそれまでとはガラリとのサウンドが変化したものの、これだけなら“洋楽フリークたちが自らのルーツ全開のアルバムを作り上げた”で終わったであろうが、このアルバムは歌詞もそれまでのフリッパーズ・ギターとは趣を異にしていた。まぁ、彼らのオリジナルアルバムは3枚しかなく、しかも1stアルバム『three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなかった』は全編英語詞なので、そもそもどの作品も似ていないのだから、フリッパーズ・ギターの名を世間に知らしめた2ndシングル「カメラ!カメラ!カメラ!」、3rdシングル「恋とマシンガン」辺りとは趣が異なる…といったほうがいいのだろう。ロックバンドのそれとは明らかにベクトルの違う、退廃感も汗臭さもない、お洒落な歌詞がそれ以前のフリッパーズ・ギターの世界観の根幹と思われていた節もあったが、『ヘッド博士の世界塔』は《ほんとのことが知りたくて 嘘っぱちの中旅に出る イルカが手を振ってるよ さよなら》(M1「ドルフィン・ソング」)という一節から始まる。嘘っぱち? イルカが手を振ってる? 冒頭からかなり意味深だ。さらに《遠くまで行く 海を見に行く 出鱈目に見える 挑戦は続く》から《ほんとのこと知りたいだけなのに 夏休みはもう終わり》と、おしまいまで謎っぽい。
そして、M4「ゴーイング・ゼロ」で《シュールな物言いで話そう ゴール目指すなんてやめよう “さよなら僕のヒーロー、またいつか!”簡単な別れをして》とか、《だんだん小さくなる世界で僕は無限にゼロを目指そう 止まるくらい スピードを上げてずっとずっと》とか、ニヒリズムを語りつつ、M7「奈落のクイズマスター」で《そしてそっとクイズを出す 悪魔が現れるのを待つ 長い宇宙の瞬間を 僕はぼんやり待ち続けてる》《feed me,beat me,I'm monkey/lead me,cheat me,I'm monkey》《そしてそっとクイズを出す 僕は僕の僕だけのために そしてずっと前から 僕らここにいたのだと思う》と、自らのアーティストとしての存在意義とおぼしきフレーズを吐露する。さらに、ラストM9「世界塔よ永遠に」では《寝るときも寝れず お届けした9曲 嘘なんかねぇっす》とポップに言い放ちながらも、《world is yours yeah,world is just yours yeah 胡蝶の夢全ては ところが全てが夢なわけでもないし そもそも全てと呼べるものなど無い! 永遠望むほど闇は更に深く 動けば沈むまるでアリ地獄》と、音楽のままならなさや音楽家の業の深さとも思える言葉を残して、アルバムを締め括る。キュートな印象は極めて薄い。一般的に言うお洒落さもない。
サンプリングの多用とルーツミュージックのあからさまな露呈、謎めいているものの、信条を吐露しているとおぼしきリリックが何を表しているのか? これに明確な答えはない。当時のインタビュー記事からは彼らが本作のテーマについて明言しているものを探すことはできなかった(これは本作のサンプリングが全て無許可であり、小山田、小沢両名が各楽曲の成り立ちについて語ることができなかったことが大きかったと思う)。故におそらく…という前提で書くしかないのだが、このアルバムは洋楽への傾倒を素直に表すことで、自らを当時の最新ロックと並列化を試みた挙句、音楽自体が持つ虚無をはっきりと自覚し、それすらも素直に表現した──そうしたアルバムではなかろうか。しかも、それをM7「奈落のクイズマスター」よろしく、「…と思うが、どうよ?」とリスナーに投げかけていると想像できる。誤解を恐れずに言えば、聴く人を共犯者に仕立てようとしたのではないだろうか。“お洒落”と言われたことへの反発だったのか、活況を呈していた当時の音楽シーンへの揶揄だったのかわからないが、単に“好き/嫌い”で分れる音楽ではなく、“理解できる/できない”で分れる音楽を示したことは確実。“ヴァニタス”や“メタフィクション”にも似た寓意を含んでいたと思う。そんなことを、少なくとも邦楽メジャーシーンでやったアーティストは皆無であったことに加え、発表後まもなく、突然の解散発表と相俟って、本作は大きな驚きを持って受け止められたのであった。
『ヘッド博士の世界塔』に関しては、さまざまな方がさまざまな論説を展開しているので、それを探してみるのも楽しいだろうし、何よりもサンプリング元のオリジナル音源を聴いたり、それらのアーティストやバンドのことを調べてみるのもいいだろう。ここまでクドクドと中身を説明しておきながらこんなことを言うのは何だが、作品の構造を分析すればそういうことであるけれども、パッと聴いた印象に難解さ感じられず、いいメロディーを多彩なサウンドでコーティングしたポップなアルバムという一面もある。まさにグルービーなロックチューンであるM2「グルーヴ・チューブ」、パーカッシブなリズムが印象的なファンキー・ナンバーM4「ゴーイング・ゼロ」、またM6「ウィニー・ザ・プー・マグカップ・コレクション」からM9「世界塔よ永遠に」に至る流れは問答無用にスリリングで、ロックが持ち得るカタルシスが発揮されている。簡単に言えば、カッコ良いアルバムなのだ。現在でも、そして国外でも十分に通用するのではないかと思われるほどだ。他の2枚のオリジナルアルバムは再発されているものの、無許可サンプリングの関係で『ヘッド博士の世界塔』だけは再発されていないが、中古盤が高値で取引されているわけでもなく、中古ショップでも案外簡単に見つかるので、ロック好きを自称する人には必携のアルバムとして推薦しておきたい。

著者:帆苅竜太郎

OKMusic編集部

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