スチャダラパーの傑作『5th wheel 2
the Coach』は純日本ヒップホップが
辿り着いたひとつの高み

フリースタイルのラップバトルを取り上げたテレビ番組『フリースタイルダンジョン』が話題となったり、映画『SR サイタマノラッパー』シリーズからスピンオフしたテレビドラマ『SR サイタマノラッパー~マイクの細道~』が今春からスタートしたりと、すでに日本の音楽シーンに欠かせないジャンルとなっているヒップホップだが、最近さらに一般層へグイグイと浸透している印象だ。日本ヒップホップは当コラムでも、いとうせいこう&TINNIE PUNX(『建設的』)、ビブラストーン(『ENTROPY PRODUCTIONS』)、キングギドラ(『最終兵器』)と重要アーティストをピックアップしてきたが、この人たちのことを忘れちゃならない。1994年の小沢健二と共演したシングル「今夜はブギーバック」の大ヒットで、日本のヒップホップに最初のブレイクポイントをもたらしたスチャダラパーである。4月15日には日比谷野外音楽堂において『スチャダラパーライブ 2017年 野音の旅』も開催予定と、依然、第一線で活躍中だ。今回の邦楽名盤はそんな彼らの作品からピックアップ!

ヒップホップにサブカルをミックス

1990年に1stアルバム『スチャダラ大作戦』を発表すると、翌年には2ndアルバム『タワーリングナンセンス』でメジャーデビューしたスチャダラパー。その結成は1988年に遡る。専門学校で知り合ったBOSEとANI(MC)に、ANI の実弟であるSHINCO(DJ)という現在も不動の3人で活動をスタートさせたのだが、その音楽性は早くから、後に“ゴールデンエイジ・ヒップホップ”と呼ばれるヒップホップの全盛期に相応しい、実にフレキシブルなものであったことにまず注目したい。彼らは結成間もなく、日本のクラブカルチャーの草分け的レーベル、MAJOR FORCE主催の『第2回DJアンダーグラウンドコンテスト』で特別賞を受賞。この時のパフォーマンスが今でも語り草になっている。テレビドラマ『太陽にほえろ!』の有名なテーマソングにラップを乗せて、リリックではザ・ドリフターズのいかりや長介よろしく、《オイース! もういっちょオイース!》とやったのだ。この「スチャダラパーのテーマPT.1」は公式な音源としては残っていないが、今聴いても超絶に素晴らしい代物であった。トラックとラップはシャープでカッコ良いのだが、決してカッコ付けすぎておらず、そのバランスが絶妙なのだ。まだ米国からの直輸入のヒップホップがほとんどで、曲間のMCですら英語でやっていたような頃、これはかなりの衝撃を持って受け止められた。その素晴らしさに審査員のECDは涙したという逸話もある。ちなみにこの時の優勝者はDJ KRUSH。日本のヒップホップが早くからダイバーシティを有していたのが分かってなかなか興味深い。
スチャダラパーがこういうことをできたのは、彼らのルーツが100%ヒップホップでなかったことに起因していると思われる。SHINCOは有頂天のケラ率いるナゴムレコードからのデビューを目指していたというし、BOSEはラジカル・ガジベリビンバ・システムやWAHAHA本舗といった劇団に傾倒。みうらじゅんや漫画雑誌『ガロ』も大好きだったというから、出自は所謂“サブカル”である。もちろん2MC+1DJのスタイルはヒップホップのそれであるし、A Tribe Called QuestやDe La Soulといった米国産の影響を受けていることも間違いないのだが、それらにサブカルを混ぜたのが彼らの慧眼であったと言える。当時、《オイース! もういっちょオイース!》なんてことを言うラッパーは皆無に等しかったのである。また、《パブリック・エネミー お前のことだよ/ハイテク使って 財テクしまくって 合法的とはよく言う/完璧 大衆の敵は大衆の味方 ルールをよく守れだって? ルールはいつだって勝手に変えていいってルールだもん そんなのインチキじゃん?》(ビブラストーン「パブリック・エネミー」)や、《常に投資家達のマネーゲーム 消費者相手にお金増える/株とか為替 一般に買わせ 口裏合わせ 得る一定のパーセント/権利持ち 転がす土地 万全の処置 不景気予知/絵画 宝石 武器 貿易 全て法的には行く懲役》《グローバリズムに資本主義 問題あるなんて事はもう議論済み/金は使っても使われるんじゃねぇ More money More problems 福沢諭吉》(キングギドラ「マネーの虎」)といった社会性を帯びたメッセージもヒップホップのリアルであるには違いないのだが、それとは対極に位置するというか、マクロではなく、ミクロの視点で言葉を紡いだこともスチャダラパーのすごさだろう(この辺は後述する)。そもそも日常感を平素な日本語でラップするなんて発想はなかった頃、それをやったというのは革命的であったし、純日本ヒップホップのビッグバンと言っても差し障りはないと思う。

名機の導入でサウンドがシリアスに

そんなスチャダラパーから名盤を挙げるとすると、やはり『5th wheel 2 the Coach』になるだろうか。「今夜はブギーバック」後のアルバムということもあってセールス的にも大成功した作品であることもその理由だが、スチャダラパーがヒップホップ的な要素を自覚的に打ち出してきたことを自他共に認めているアルバムであることも大きい。彼らの出自がサブカルで、だからこそ純日本ヒップホップを生み出すことができたと書いた。ただ、それゆえにだろう。それまでのスチャダラパーはラップや音楽というよりもコントに近いスタンスだった。世相に物申す楽曲もあるにはあったが、メンバー自身、後に“面白いことを言いたすぎた”と述懐しているほどである。別に面白いこと自体は悪くない。それをメンバー3人で大喜利的に作っていくスタイルは他のグループが真似できないものであったし、それもスチャダラパーのすごさである。しかし、少なくとも93年以前の彼らがやっていたオチがあるようなラップは、何度もライヴでやれるものではなかったらしく、メンバー自身が何かやりづらさを感じていたようだ。3rdアルバム『WILD FANCY ALLIANCE』(1993年)辺りから面白くもあってメッセージもあり、それでいて繰り返して聴ける作品を強く意識し始めたという。次作4thアルバム『スチャダラ外伝』(1994年)で「今夜はブギーバック」を始め、ゴンチチや東京スカパラダイスオーケストラらとのコラボ曲を収録したのは、音楽作品としての完成度を高めようとした狙いがあったのかもしれない。『5th wheel 2 the Coach』はそんな経緯を経て、彼らが辿り着いたひとつの到達点である。
本作ではトラックが一変…とまでは言わないが、ビートはシリアスでタイトだ。オープニングSE的なインストM1「AM0:00」からして音像がシャープだが、M2「B-BOYブンガク」のクールな感じにつながる様子は特にカッコ良い。M3「ノーベルやんちゃDE賞」やM7「ジゴロ7」では賑やかな感じも見せるが、タイトルチューンのM5「5th WHEEL 2 the COACH」で示す深めの残響音あるベードラに代表されるように、決して表面的な派手さだけでなく、全編で腰の据わったリズムトラックが聴ける。この辺はこれを作った時の製作環境が多いに影響しているようである。中でも80年代後半から90年代中期に世界のヒップホップシーンにおいて名機と言われたサンプラー、E-MU・SP1200の導入が大きいと言われる(そのことをCDの帯にも書いていたのだから、サウンド改革に意識的だったことが分かる)。また、「今夜はブギーバック」のヒット後にレーベルを移籍し、その最初のアルバムということで、過去になかった好待遇を受けて制作環境も大分変化したようだが、それは彼らにとってかなりいいサイクルではあったことは間違いない。そこで出来上がった音はヒップホップシーンの中からも絶賛されたのであった。

叙情性あるリリックはまさにブンガク

リリックも彼らにしか作り得ない、いいものばかりである。以下のような脱構築的なリリックにはアーティストとしての矜持が感じられて、意外に…と言っては失礼だが、実に硬派だ。
《続々と続く蛇足のごとく/即 効かないがほどよく残る/SPとおもしろに火を灯し/キックとスネアの現代詩》《シンコがクリエイトするビートは/オマエの目の前のステレオを/本来の姿に 呼び戻すに違いない》(M2「B-BOYブンガク」)。
《バカバカしー程のイルビート/そして圧倒的なリアリティー/ぼくらにとっての切実な現実を/淡々としたライムで斬る/現代に落とされたファンク爆弾/これぞローファイ大本命盤/なーんて具合にもう各雑誌/どないもこないも 賛美の嵐?/まーた 呑気な事言ってますよー/あー もう忙しくなるよー/ねたまれんだろーなぁ しょーがねぇなぁ/それも才能? ま 有名税だ/そういうのとらぬたぬき…引っ越し!?車!? /どっちもか? ランクUP!!×3/言ってるわアンタ 毎回毎回/結局 南極 今回は/大ヒット だといいね》(M4「南極物語」)。
《完成したヘビに つい足を描きたくなる/足どころか ツノ、タテガミ/がついてくような 過程がとにかく好き/この際 ヘビに見えなくてイイ/元の形は もうどうでもイイ/こんな風に B.A.S/常にかぶせながら 突っ走ってる》(M5「5th WHEEL 2 the COACH」)。
M6「サマージャム’95」やM9「The Late Show」で見せる日常感はまさにスチャダラパーの真骨頂。純日本ヒップホップとして誰も追いつけない領域にあることを示している。個人的にはM10「From 喜怒哀楽」の奥深さを推したい。
《この曲をチェックしてるヤツらに 道を間違えるバカはいない/何故ならゴマンとあるドアの中 すでに正しいのを開けているから》
《A to the NI お静かに またオレがマイク持つたびに/ワーだの キャーだの イクーッだの せつなーいだのって言うんだろ/んでんで 聞いてみりゃ/“アタシーよく人から変わってるって言われるんですぅ”かぁ?/“そういう子達 多いですよねー 最近” / 多いよー 君等を筆頭に》
《“ボーズ クーラーいる?”ヤツは言った/冗談みたいな暑さのあの夏の前だ/深く考えずぼくは言った“ウソ!!新しいの買うんだ?”/“いや、そうじゃないけど いらなくなるから” /ふし目がちに答え そして続けた/“25までに モノになんなかったら田舎帰る約束だったんだよ”/よくある話さ》(M10「From 喜怒哀楽」)。
ここにある叙情性は日本のヒップホップだからこそ描くことができたもので、まさしく“ブンガク”と呼ぶに相応しいものだろう。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

新着