大黒摩季の“ロック姐御”っぷりを示
すブレイク作『永遠の夢に向かって』

90年代にミリオンセールスを連発し、シーンを席巻した所謂ビーイング系アーティスト。大黒摩季は、B'z、ZARD、T-BOLAN、WANDSらと並び、その一躍を担ったシンガーソングライターである。一時期はテレビ出演はおろか、ライヴコンサートも行なわなかったため、「歌手担当、モデル担当、作詞・作曲担当の3人の大黒摩季いる」といった都市伝説があったことも知る人ぞ知るところだろうが、そういった話題が先行して、これまで彼女の音楽性は余り触れられてこなかったようにも思う。そんな大黒摩季のアーティストとしての本質を紐解いてみたい。

来る8月26日、5人組ビジュアル系ロックバンド、アンティック-珈琲店-がシングル「千年DIVE!!!!!」で、まさに“満を持して”と呼ぶに相応しいメジャーデビューを果たす。このメジャーデビュー作「千年DIVE!!!!!」は、他のクリエイターとのコラボレートという彼らにとって初の試みをとっているのだが、作詞を担当しているのが大黒摩季である。90年代ビーイングブームの中心アーティストのひとりであった彼女がビーイングからのリリース作品を手掛けるのは実に16年振りとあって、アンティック-珈琲店-のメジャー進出と同等に“大黒摩季作詞”が報じられているのは、彼女がレジェンド級アーティストの証左であろう。そんな大黒摩季のオリジナルアルバムで最大のセールスを記録したのが4thアルバム『永遠の夢に向かって』。今回はこの作品をテキストに彼女のアーティスト性を探ってみたいと思う。
このアルバムに限ったことではないが、サウンドの基本は言うまでもなく、ロックである。オープニングM1「永遠の夢に向かって」は発売当初から「サビのメロディーがディープ・パープルを彷彿させる」と言われたことがあるが、この楽曲はイントロで逆回転を取り入れている。サイケデリックロックの手法であるが、これをディープ・パープルの「ノー・ワン・ケイム」(アルバム『ファイアボール』収録)のオマージュと見るのは深読みすぎるだろうか。また、M2「ROCKs」はレッド・ツェッペリンやジミ・ヘンドリックスばりのギターリフが聴けるナンバー。タイトルからして文字通りロックである。さらに、シングルチューンM4「あなただけ見つめてる」やM9「白いGradation」で聴かせる細かいギターのカッティングは小気味よく、躍動感あるバンドサウンドのポイントだ。
かように、主にギターが作るロックサウンドがベースでありながら、多用な要素を取り込んでいるのも見逃せない。これまたシングルナンバーであるM11「夏が来る」が分かりやすいが、パーカッシブなビートでラテンな雰囲気を作り出しているし、M5「Return To My Love」では同期ものを強調することでバブル期のディスコのようなダンスチューンに仕上げている。ゴスペル調のM6「Stay with me baby」は本格的なコーラスワークでかなりブラックミュージック寄りだし、ハーブ・アルパートばりのトランペットが聴けるM8「GYPSY」はジャジーで都会っぽいサウンドメイキングが印象的だ。クレジットを見るとドラマーの名前が明記されていないようなので、リズムは打ち込みだろうが、ミキシングの巧みさからか、それほど無機質感に支配されていないのもいい。若干打ち込みっぽさを感じる場面がなくもないが、そこでは件のギターサウンドがそれを糊塗するように入ってくる。この辺りはプロフェッショナルなサウンドメイキングをいかんなく感じることができる。ヒット曲の量産体制を当時は揶揄されることもあったビーイングであるが、やはり流石と言わざるを得ない。
さて、歌詞である。これもまたロックだ。《みんなと違う 先取(イイ)服を/なけなしのお金をはたいて買う/そういうために 働いたり/貯蓄したり/何かが違う…》《うわべの安全な幸せ/かなぐり捨ててしまえ/死んでもいいと思えるような/何かに向かってツッ走りたい》(M1「永遠の夢に向かって」)や、《大事な何かが消えて行く気がした/もし明日死んでも 安らかに眠れるだろうか…?/大事な何かを探しに行きたい/後悔も嘘も 笑えるようになる前に 行こう》(M7「孤独ケ丘に見える夕陽」)でのポジティブシンキング、あるいは《あんたってまぁよくしゃべる男ね/ためになんない雑学や/閉塞的な僕の軽チャー/親のすねを骨までかじって/金をまいて女抱いて/夢を語っても何だねぇ…》(M2「ROCKs」)、《愛なんてどこにもない/再会? とんでもない/迷惑だわ》《別れて気が付いた 最高の女だって/気をつかわないで/もう遅いのよ その手は通用しないわ》(M5「Return To My Love」)と男に冷や水を浴びせるような物言いは、正調な意味でのロックであるが、個人的にはヒットチューンに隠されたカウンターカルチャー的モードに最もロックを感じるところである。
バブルも弾け、日本経済は衰退期に入っていた1990年代。《あなたがそう 望むから/真っ直ぐ帰るようになった/ザツだった言葉使い丁寧になった》《あなたがそう うつむくから/長電話も止めたわ/便利だった男の子達 整理した(かたづけた)》《地味に生きて行くの》《行けっっ!! 夢見る 夢無し女!! Oh~》(M4「あなただけ見つめてる」)と、バブル景気の崩壊を揶揄するかのようなリリックは痛快であると同時に、流行歌の持つ歴史的役割を果たしているように思う。このシングルがミリオンセールスを達成したということは、リスナーの潜在意識にも何らかしらの影響を及ぼしたとのではなかろうか。M11「夏が来る」もいい。歌詞カードも見ずにサラッと聴くと、所謂夏ソングに思われるだろうが、その実、結構な“崖っぷちソング” (そんな言葉はない)である。《夏が来る きっと夏は来る 真っ白な馬に乗った王子様が/磨きをかけて 今年こそ/妥協しない アセらない 淋しさに負けない》《夏が来る きっと夏は来る 頑張ってるんだから絶対来る/恐がられても 煙たがられても/諦めない 悔しいじゃない もう後には引けない》。“負け犬ソング”(そんな言葉もない)にならないギリギリの線である。この辺は──男女の違いがあるので厳密に同列というわけでないが──Theピーズや初期エレファントカシマシ、Syrup16gらに通じるメンタリティーではなかろうかと筆者は思う。
2004年に武部聡志、土屋公平、真矢、恩田快人らと “大黒摩季とフレンズ”を結成し、『COPY BAND GENERATION VOL.1』でレベッカの「フレンズ」やTHE MODSの「激しい雨が」等をコピー(カバーではなく、コピー)したことからもロックスピリッツを感じるところではある。筆者は一度だけ彼女に取材をさせてもらったことがあり、大変失礼ながら面と向かって「音源を聴くと、大黒さんってまごうことなき“ロック姐さん”ですよねぇ」なんて軽口を叩いたのだが、結構ウケてくれて、嬉々としてルーツミュージックについて語ってもらった記憶もある。デビューから20年を超え、新しい音源の制作も期待したいところではあるが、病気治療もあって以前のペースでの活動はまだまだ厳しいようだ。ここはひとつ、トリビュートアルバムの制作はどうだろう? 業界内での交友範囲も広い彼女のことだし、現在活躍している女性シンガーソングライターで大黒摩季の影響を受けている人も少なくないはず。バラエティに富んだいい作品になりそうな予感はする。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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