森田童子、
そのミステリアスな魅力を
改めて『マザー・スカイ』で
感じてみませんか

『マザー・スカイ -きみは悲しみの青い空をひとりで飛べるか-』(’76)/森田童子

『マザー・スカイ -きみは悲しみの青い空をひとりで飛べるか-』(’76)/森田童子

先週、シンガーソングライター、森田童子の訃報が報じられた。65歳という何とも残念な早すぎる逝去であったが、死因が明らかにされていないだけでなく、亡くなっていたのは4月24日だという。しかも、日本音楽著作権協会(JASRAC)の会報に訃報が掲載されたことで発覚したというのは、何とも彼女らしさを感じざるを得ないところだ。今週は彼女に哀悼の意を表し、森田童子の名盤を取り上げる。

本名も素顔も明かすことがなかった

今回、本稿作成のために森田童子のことを調べて少し驚いた。このネット時代にこれほど情報のない人も珍しい。楽曲とその他の公表されているトピックから推測して、彼女のアーティスト性を分析しているようなブログはいくつか見かけたが、ちゃんと事実認定されている事柄は多くない。多分Wikipediaがいいところだ。そもそも本名も公表されていないし、サングラスを外した素顔もよく分からない。デビューが1975年と、今から40年以上も前とあってはそれもやむなしと考える向きもあるかもしれないが、1975年は井上陽水のアルバム『氷の世界』が日本のアルバム史上初のミリオンセラーを記録した年。加えて、小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるがフォーライフレコードを設立したり、夏には伝説のオールナイトコンサート『吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋』されたりと、フォークの勢いがこの上ないほどあった時期である。

演歌、歌謡曲がシーンのメインストリームであったとはいえ、歌声と楽曲にあれだけの特徴があって、しかも決して大衆性がないわけではないものを、スタッフが積極的に情報発信しなかったとは考えられない。まぁ、それは今考えたら“考えられない”のであって、当時はそれが普通だったか、あるいは森田童子本人がその活動においてインデペンデントな精神を貫いたのか──彼女の情報が少ないのはそのいずれかだろうが、おそらく後者だろう(前者との合わせ技は十分あり得る)。

匿名性がその世界観を膨らませた

多くの読者がご存知の通り、1976年発売のシングル「ぼくたちの失敗」が1993年放送のテレビドラマ『高校教師』の主題歌に使われたことで、森田童子の名前は一気に全国区になった。それでもプライベートに関することは当然のこと、楽曲に関してすら本人が直接語ることはなかった。再発された「ぼくたちの失敗」は約90万枚を売り上げ、その年の年間チャートで20位に入るほどの大ヒットとなったというのに…である。とにかく彼女は表舞台に出ることを避け続けた。

すっかり忘れていたが、2003年にドラマ『高校教師』の新作が放送されている。そこでも「ぼくたちの失敗」が起用されたのだが、ここでも彼女の姿勢は変わらなかった。この時、ベスト盤『ぼくたちの失敗 森田童子ベストコレクション』(2003年リリース)に「ひとり遊び」という楽曲が新録されたのだが、それでも本人が直接メディアに露出することはなかったのだから完全に徹底していたのだろう。もっとも、この時期は彼女自身、精神面も身体面も優れていなかったというから、そうした側面の方が強かったのかもしれないが──。しかし、こうしたほぼ匿名性とも言える森田童子の立ち位置は彼女の音楽性を際立出せた。変なバイアスがかかることがなく、純粋に楽曲、作品の世界観を膨らませることに大きく寄与したとも言える。

稀代という形容が相応しい歌声

何と言っても、あの歌声である。か細く、やわらく、幼さを残しつつも、確実に少女のそれではない芯の強さを兼ね備えた歌声。幻想的でもあり、かと言って、まったく現実離れしている感じもなく、説得力を持って聴く人を引き込んでいく。稀代や不世出という形容が相応しいものである。時代性も感じない。いや、もっと端的に言えば、古臭さがない。「ぼくたちの失敗」だけに絞ると、1993年のテレビドラマ『高校教師』が放映された時、“主題歌を歌っている新人歌手は誰ですか?”といった問い合わせも少なくなかったというし、それが森田童子の「ぼくたちの失敗」と知る人ですら、“新録か”と思ったというから、録音状態の良さもさることながら、歌声自体がよほど流行に左右されないものなのだろう。もしかすると、“1/fゆらぎ”とか、人が本能的に感じる何かがあるのかもしれない。

不穏な空気が横たわる歌詞世界

その歌声で歌われる歌詞世界。これがまたミステリアスだ。ここからは「ぼくたちの失敗」が収録されている2ndアルバム『マザー・スカイ -きみは悲しみの青い空をひとりで飛べるか-』でその中身を見ていこうと思う。本作はM1「ぼくたちの失敗」で幕を開けるが──これは改めて言うことでもなかろうが、“失敗”とはポジティブな意味で使われることが少ない言葉だ。だが、アルバムはそんな言葉が入ったタイトルの楽曲でいきなり始まるものの、歌詞の中には“失敗”というワードも出てこないし、“何をどう失敗したのか”も示されない。

《春のこもれ陽の中で 君のやさしさに/うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ》《君と話し疲れて いつか 黙りこんだ/ストーブ代わりの電熱器 赤く燃えていた》《地下のジャズ喫茶 変れないぼくたちがいた/悪い夢のように 時がなぜてゆく》《ぼくがひとりになった 部屋にきみの好きな/チャーリー・パーカー 見つけたヨ/ぼくを忘れたカナ》《だめになったぼくを見て/君もびっくりしただろう/あのこはまだ元気かい 昔の話だネ》(M1「ぼくたちの失敗」)。

《ぼくは 弱虫だった》《変れないぼくたち》《悪い夢のように》《ぼくがひとりになった 部屋》《だめになったぼく》とネガティブワードが並ぶものの、そこには具体性がない。そうかと思えば、《ストーブ代わりの電熱器》とか、《地下のジャズ喫茶》とか、《チャーリー・パーカー》とか、この物語の手掛かりとなるかのような言葉が散りばめられている。森田童子の創作の背景には1970年代の学生運動が根差しているというが、そのことをまったく知らなくても、物語の全体の横たわる不穏な空気と、何かの終焉は伝わってくる。意味深長な印象は強い。

歌詞にはショッキングな内容も

《目にしみるぞ/青い空/淋しいぞ/白い雲/ぼくの鳩小屋に/伝書鳩が帰ってこない》《もうすぐ ぼくの背中に/羽根(はね)が はえるぞ》《朝の街に/ぼくの 白い カイキンシャツが飛(と)ぶ/母よぼくの 鳩を撃(う)て/母よぼくの 鳩を撃て》(M3「伝書鳩」)。
《淋しい ぼくの部屋に/静かに 夏が来る/汗を流して ぼくは/青い空を 見る/夏は淋しい 白いランニングシャツ/安全カミソリがやさしく/ぼくの手首を走る/静かに ぼくの命は ふきだして/真夏の淋しい 蒼さの中で/ぼくはひとり/真夏の淋しい 蒼さの中で/ぼくはひとり/やさしく発狂する》(M4「逆光線」)。
《夜汽車にて/ふと目をさました/まばらな乗客 暗い電燈/窓ガラスに もう若くはない/ぼくの顔を見た/今すぐ海を 今すぐ海を/見たいと思った》《ある日 ぼくの/コートの型が/もう古いことを 知った/ひとりで 生きてきたことの/寂しさに 気づいた/行き止まりの海で 行き止まりの海で/ぼくは振り返る》(M6「海を見たいと思った」)。

M1「ぼくたちの失敗」以外の楽曲でも、《伝書鳩が帰ってこない》やら、《安全カミソリがやさしく/ぼくの手首を走る》やら、《行き止まりの海で 行き止まりの海で/ぼくは振り返る》やら、文字通り、行き止まりで、先の見えない状態が示唆されている。本作の収録曲は歌詞だけを見たら、そんなショッキングな内容も目を惹く。

世界観を増幅するかのようなサウンド

サウンドはどうかというと、概ね弦楽器を中心としたアンサンブルで、ビートでグイグイ引っ張るような楽曲はない。アコースティックギターもさることながら、随所で聴こえるバイオリンの物悲しい音色もエモーショナル。この辺はアレンジャーである石川鷹彦の手腕によるところが大きいのだろうが、弦楽器が楽曲に与える効果を最大限に発揮していると思う。個人的にはアコギの金属弦の鳴りに注目した。M2「ぼくと観光バスに乗ってみませんか」、M4「逆光線」、M8「ニューヨークからの手紙」辺りで確認できるのだが、明らかにナイロン弦とは異なる金属のこすれるような弦の音が聴こえる。温かみのあるナイロン弦と対をなし、ザラザラしているような、キリキリしているような、歌詞にある不穏な空気感を増幅させているようだ。

また、演出家でもあるJ・A・シーザーが手掛けたM9「春爛漫」、M10「今日は奇蹟の朝です」の後半2曲のアレンジも興味深い。冒頭でデビュー時の森田童子を当時のフォークシーンと絡めて語ったが、メロディーの質とアコギ中心のバッキングからすると(少なくとも当時は)やはりフォークに近いというだけであって、この2曲だけ聴くと、この人の本質はロックだったのだと痛感する。M9「春爛漫」はバイオリン、フルート(多分)、ドラムのマーチングビート、ギター、ベースがゴチャッと重なっていくサウンドと、オペラチックで、どこかソウルフルなコーラスワークが大変面白い。M10「今日は奇蹟の朝です」はドラマチックなバンドサウンドがスリリングに重なって展開するプログレと呼んでいいナンバー。歌詞と相まって、えも言われぬカタルシスを生んでいる。懐が深い。

後ろ向きさを包括した慈愛に満ちた作品

物語の全体の横たわる不穏な空気。そして、それを増幅させているようなアレンジと書いたが、決してそこだけにフォーカスが当たっているわけでないのが本作のポイントでもある。むしろ、そうしたネガティブなイメージを包括するやさしさが確実に存在している。

《もしも君が すべていやになったのなら/ぼくと観光バスに乗ってみませんか/君と 今夜が最後なら トランジスターラジオから流れる/あのドューユワナダンスで 昔みたいに うかれてみたい》(M2「ぼくと観光バスに乗ってみませんか」)。
《悲しいときは頬を寄せて/寂しいときは胸をあわせて/ただふたりは目を閉じて/眠るのを待っていました/そんな寂しい愛の形でした》(M5「ピラビタール」)。
M10「今日は奇蹟の朝です」の歌詞はその極みであろう。
《不幸な時代に僕たちは目覚めた/八月の海はどこまでも青い/今日は気持ちのいい朝です》《白い雲が流れる/もうすぐ夕立/僕たちは奇跡を待っています/今日は奇跡の朝です》《八月の海は悲しみいっぱいに/いま聖母マリアが浮上する》(M10「今日は奇蹟の朝です」)。

《不幸な時代》と嘆くだけでなく、《僕たちは奇跡を待っています》と事態が変化することを望む姿を綴っている。海の青さ、雲の白さをそこに重ねているのだから、その奇跡とは、何かが好転する方向だろう。しかも、《いま聖母マリアが浮上する》と締め括っているのだから、そこにあるのは慈愛の心であることは間違いなかろう。加えて──これは森田童子の楽曲における大前提だが、歌メロもやさしい。フォーキーだが尖っておらず、民謡や童謡のようなノスタルジックさも併せ持つ。よって、歌詞にネガティブワードがあっても総体的な聴き応えとしては、決して後ろ向きな印象を残さない(逆に言うと、メロディーがやわらかいからこそショッキングなフレーズが際立つという効果があるとも言えるが…)。そこに“救い”のある気がしてくる。とても奥深い作品なのである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『マザー・スカイ -きみは悲しみの青い空をひとりで飛べるか-』1976年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.ぼくたちの失敗
    • 2.ぼくと観光バスに乗ってみませんか
    • 3.伝書鳩
    • 4.逆光線
    • 5.ピラビタール
    • 6.海を見たいと思った
    • 7.男のくせに泣いてくれた
    • 8.ニューヨークからの手紙
    • 9.春爛漫
    • 10.今日は奇蹟の朝です
『マザー・スカイ -きみは悲しみの青い空をひとりで飛べるか-』(’76)/森田童子

OKMusic編集部

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