S-KENがN.Yで興ったムーブメントを東
京でも創造した日本のニューウェイブ
の始祖『東京ロッカーズ』

織田信長の時代は“人間五十年”と歌われたが、今や、こと日本においては男女共に平均寿命は80歳超。『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』という書籍によれば、平均年齢100歳の長寿化時代をどう生きていくか、新しいビジョンが必要だというから、生活も文化もどんどん変化していくのだろう。“Don't trust over thirty.(30歳以上のやつの言うことなんか信じるな) ”なんて言葉は、もはやロックの世界でも通用しないかもしれない。何しろThe Rolling Stonesのメンバーはほとんど70歳台だし、チャック・ベリーは90歳で亡くなる直前まで新作を作っていたという。日本でも60~70歳のロッカーは珍しくなくなってきた。今回はそんな生きる伝説と言えるアーティストが創造した名盤を紹介する。

“東京ロッカーズ”。70年代後半、S-KENこと田中唯士が所有する“S-KENスタジオ”で毎週日曜日に開催されていたギグの名称であり、“S-KENスタジオ”を中心に活躍していたバンドたちの総称であり、そこから転じて、彼らが創造した日本で最初のパンク、ニューウェイブのムーブメントそのものを指す言葉でもある。その中心人物であったs-kenが5月26日、80年代において彼と共に活動したバンド、hotbombomsを率いて、ビルボードライヴ東京にて“『Tequila the Ripper』リリースパーティ”を開催する。s-ken自身がイベント出演ではないかたちでライヴをするのもかなり久しぶりなのだが、今年3月に発売されたこの作品自体、氏のソロとしては25年振りのアルバム。実に四半世紀のインターバルを置いて発表された新作である。この間、氏はプロデューサーとして100を超える作品を手掛けてきた。つまり、ほぼ裏方に専念していたので、この空白期間は致し方ないところだろうが、御年70歳で新作を送り出す意欲と、それを実現できる環境があることが何よりも素晴らしい。もちろん出来上がった作品がそれだけの力を湛えた傑作に仕上がっており、“東京ロッカーズ”から約40年。“アーティスト・S-KEN”は衰えていないばかりか、その底力を改めて見せつけられた恰好だ。
S-KENのプロフィールを振り返る。1970年代前半、作曲活動をする一方で、音楽誌の編集者やコーディネーターとして活躍。1972年には細野晴臣の2ndアルバム『トロピカル・ダンディー』の制作に協力した他、1975年にヤマハ音楽振興会の特派員として渡米したのちにはL.AやN.Yから寄稿を続け、中島みゆきや世良公則&ツイストらを輩出したコンテスト『世界歌謡祭』のコーディネーターを務めた。この渡米時の体験がその後のS-KENの運命を決定付ける。もともとストリート感ある音楽や文化が好きで、同時にエキゾチックなものに惹かれていたという氏は、渡米時、L.AやN.Yでゴスペルやレゲエといった所謂ルーツミュージックを漁ったという。 “本場の音楽を見聞きしなければ…”という特派員として使命感からであろう。ライヴハウスへと通い詰め、現場を見続けた。そして、その後、氏は折からの“ニューヨークパンク”を目の当たりにする。現地では“ニューヨーク・ストリートロック”と言われていた、このムーブメント。大雑把に言うと、Ramones、Television、Talking Headsらがメインストリームに対する反抗心から、当時はカントリー中心だったN.Yのライヴハウス、CBGBで演奏を始めたことをきっかけに興った、N.Yらしいストリートアートである。これに遭遇したことが即ちS-KEN人生の転機となった。帰国し、東京に戻ってきた時、氏はN.Yで興っていたようなシーンが東京にも生まれてほしいと思ったという。また、そのS-KENがN.Yでのムーブメントを浴びていた同時期。同じ土地でバンド活動を行なっていたのが、のちにフリクションを結成するレック(Ba)である。当時、彼はS-KENのもとを訪ねて親交を深めたといい、両者の交流が“東京ロッカーズ”につながっていった。
“東京ロッカーズ”勢に関しては、本コラムにおいてフリクション(2016年12月)、LIZARD(2015年11月)を取り上げているが、肝心のS-KENの音源には触れてなかった。今回、S-KEN復活ということで、氏の名盤を取り上げるわけだが、ここはやはり、文字通り“東京ロッカーズ”を代表するオムニバスアルバム『東京ロッカーズ』でいこうと思う。本来であれば1981年のソロデビュー作『魔都』辺りを紹介するべきだろうが、歴史的な名盤という点において、『東京ロッカーズ』は当コラムでぜひ取り上げておきたい作品でもある。ライヴ盤ということもあり、当時の空気感も見事にパッケージ。ムーブメントを決定付けたということで言えば、名盤であるばかりではなく、邦楽シーンにおける一線級の資料でもあり、S-KENのプロデュース能力の確かさも分かる。そればかりではなく──これは後述するが、S-KENが参加した3曲(トラックとしてはふたつ)は、いずれも氏の音楽性、とりわけその先見性が分かるもので、もっと噛み砕いて言えば、「S-KEN、やべぇ」ということがよく分かる作品でもあるのだ。
まずはS-KEN以外のアーティストの楽曲解説。オープニングのM1「せなかのコード」、M2「COOL FOOL」はフリクションだ。アルバム『軋轢』でも確認できる甲高い単音引きギターサウンドが特徴で、うねりにあるリズム隊と合わさって、独特のニューウェイブ感を醸し出している。M1のイントロ前の《Hello,Tokyo junkies!》のMCは問答無用にカッコ良く、このライヴ、このアルバムが只事でないことを印象付けている。M3「EXIT B-9」はミスター・カイト。少年っぽさもあるユニセックスな歌声で歌われる若干フォーク寄りのマイナーなメロディーには独特の気怠さがある。リザードのM4「ROBOT LOVE」、M5「REQUIEM」ではキーボード(シンセ?)が印象的で、80年代和製ニューウェイブの原点が垣間見える。間奏の一風変わった感じもライヴ盤ならではの聴き応えといったところだろう。続くM6「SITUATION」とM7「TOKYO ネットワーク」はMIRRORS。このトラック、特にM6はパンキッシュであり、ニューウェイブがパンクロックから地続きであったことを証明しているかのようなサウンドで、まさに音楽史料として貴重だと思う。M8「INNOCENT」では再びミスター・カイトが登場。マイナーでどこか物悲しい感じの楽曲だが、これまた随所でのちの和製ニューウェイブに影響を及ぼしたであろう音色、フレーズを聴くことができるのも興味深い。
本作のトリを飾るのがS-KENである。ここまでのアーティストが露払い、太刀持ちであり、S-KENが横綱…と言うと、大分語弊があるだろうから、先に謝っておくと同時に、あくまでも個人的な見解であることも強調しておくが、M9「BLACK MACHINE」、M10「ああ恋人~おお揺れ!東京」ともに格の違いすら感じる楽曲である。M9冒頭から、いきなり音が違う。まず耳に飛び込んでくる電子音。YMOのデビューアルバム『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』の「コンピューター・ゲーム “サーカスのテーマ”」を彷彿させる音色だ。『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』が1978年11月、『東京ロッカーズ』に収録された新宿ロフトでのライヴは1979年3月。S-KENと細野晴臣との間柄を考えれば、何かしらの発信であったとしてもおかしくないが、それはそれとしても、そこからつながるイントロがまたすごい。ツインギターによるレゲエとブルースの掛け合い。いずれもジャマイカやミシシッピ、セントルイスのそれではなく、ロックテイストが強い上に和テイストが感じられる、言わばあらゆるジャンルのミクスチャーである。リバーブが深めで、レゲエというよりもダブっぽいところもあり、どこかで聴いた気がするが、こんなサウンドは(少なくとも当時は)確実にここにしかない。後半は例の電子音も重なり、まさに《揺らめく音楽マシーン/輝く音楽マシーン》という世界が広がっていく。
M10「ああ恋人~おお揺れ!東京」もギターが引っ張る。ギターはワウ・エフェクターを使っているであろう、文字通りワウワウとしたサウンドで、しかもリフはしっかりとキャッチーなので、ものすごくポップかつファンキーに響く。途中、転調して「おお揺れ!東京」と映り、ギターはノイジーに変化。R&R、いやハードロックと言うべき音圧で迫る。冒頭に《爆発寸前!》のMCに呼応しているかのように、爆発音でエンディングを迎える。M9もM10もサウンドアプローチ、楽曲の構成が特徴的で、未体験のリスナーなら今聴いても十分に新鮮に感じるのではないだろうか。これはS-KENに限ったことではないかもしれないが、特筆すべきは決して欧米のエピゴーネンに成り下がっていないところであると思う。ワールドワイドな音楽を取り込みつつ、意識したのか無意識なのかは分からないが、そこに日本らしさを注入。これこそが東京のロックであると言わんばかりの仕上がりである。S-KENはその後、パンク~ニューウェイブに留まることなく、アフロ、ラテン、レゲエなどを積極的に取り入れていき、新作『Tequila the Ripper』に続いていくわけだが、その礎はすでに『東京ロッカーズ』にあったのだ。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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