岡村靖幸の『家庭教師』は文句なしの
名盤! 聴いているとなんだか、イケ
ナイコトをしているような気持ちにな
る…

 その昔、ロックは家のステレオで大音量でかけていると、親に「うるさい!」と怒鳴られる音楽であり、「こんなモノを聴いてたら、ろくな大人にならない」と心配される音楽だった。今では親自体が怒られた世代なこともあり、そんな現象は滅多に起こらないと思われるが、今から25年前にリリースされた岡村靖幸のオリジナルアルバム『家庭教師』を聴いていたら、なんだか、イケナイコトをしているような気分になり、仮にこういう音楽を今、高校生がヘッドホンもせずに家で流していたら、親に「あんた、何、聴いてんの?」と眉をひそめられるのではないかと思った。男子なら間違いなく欲求不満だと思われるだろう。というわけで、岡村靖幸は当時から衝撃的な存在であったが、バブル期がとっくに過ぎ去った今もなお、そのファンキーで自由奔放な楽曲の数々は強烈なインパクトである。くるりやクラムボンがトリビュートアルバムでカバーしていたり、数多くのミュージシャンに敬愛されていることでも知られるアーティストだが、歌詞、ヴォーカルスタイル、メロディー、アレンジ、どの角度から聴いてもこのアルバムは楽しめる。『家庭教師』、文句なしの名盤である。

思春期男子(?)の妄想爆発のラブソン

 19歳の時に作曲家としてデビュー。渡辺美里、吉川晃司らに楽曲を提供し、1986年にシングル「OUT OF BLUE」でソロデビューを果たした岡村靖幸はプリンスに影響を受けた作風と、そのぶっ飛んだ個性とダンスで瞬く間に脚光を浴びる存在となる。1988年にリリースされたシングル「イケナイコトカイ」でそのポジションを確立させ、「SUPER GIRL」がアニメ『シティハンター2』のEDテーマに起用、「だいすき」がHonda『NEW today』のCMソングになるなど、この年にヒット曲を次々に送り出す。21世紀に岡村靖幸が登場したとしても“日本一エロい男性ヴォーカリスト”として評価を得ていただろう。
 が、そのラブソングはモテまくって遊んでいる男子に訴えかける種類のモノではなく、むしろ、モテたい気持ちを表に出すこともできない内気で純情な男子のココロを直撃するモノであった。思春期の妄想が爆発したような、その振り切れまくったラブソングは、エッチでありながら、どこかかわいらしく、女子の母性本能も刺激したと思われる。カッコ良いのか、気持ち悪いのか、ギリギリのスリリングな線で勝負していたところも岡村靖幸のマネできない個性である。アルバム『家庭教師』をリリースした後に岡村靖幸はしばらく作品が出せなくなるほどのスランプに突入。その前後だったか時期ははっきり覚えていないが、ディズニーランドに行ってショックを受けて“こんなに楽しいものがあるなら、もう音楽はダメかもしれない”みたいなことを言っていたのをインタビューで読んだ記憶がある。エンターティンメントとして負けているというニュアンスで発言していたのだと思うが、CDが売れまくっていた時代にすでに彼は危機感を覚えていたのだ。いろいろな時期を乗り越えて、2011年には初セルフカバー企画となるアルバム『エチケット』で復活。ライヴ活動も行ない、2015年の4月からは全国ツアー『岡村靖幸 LIVE TOUR 2015』を開催。『FUJI ROCK FESTIVAL ‘15』に出演することも決定し、今年も活躍しまくってくれそうだ。

アルバム『家庭教師』

 《俺なんかもっと頑張ればきっと女なんかジャンジャンもてまくり》と歌う「どぉなっちゃってんだよ」で始まる4枚目のオリジナルアルバム。いきなりライヴヴァージョンのようなテンションの高さと濃厚さで、得意の吐息もシャウトも台詞も絶妙のタイミング。《無難なロックじゃ楽しくない》という歌詞も、この曲で歌われたら、説得力ありまくりだ。続く2曲目のスイートソウルな「カルアミルク」がまた素晴らしく、Mr.Childrenの桜井和寿やクラムボンがカバーしていることでも知られているが、メロディーひとつとっても秀逸。それを活かす無駄のないアレンジにも唸らされる。アルバムの作詞、作曲、アレンジは岡村靖幸が全て手がけているのだが、突飛で衝動的に見えて、実は計算し尽くされているのではないか?と思わせられるところも彼が天才と評価される所以である。“カルアミルク”という題材で、こんなに甘酸っぱい歌詞が書けるのもスゴイ。全9曲にしてフルコースを食したような満足感が味わえるアルバムだが、やはり本作のハイライトはピンクの照明が見えてきそうな4曲目のタイトル曲「家庭教師」だろう。親から毎月30万円も送金されているバブリーな女子大生に、早熟な靖幸ちゃん(歌詞で“靖幸ちゃん”と表現している)がベッドで教育してあげると妄想を爆発させるファンキーなナンバーなのだが、展開は後半にいくに従って大変なことになり、“僕はベッドの中ではすごいって日本で有名なんだよ”という台詞もーー。まさにこの曲こそ、親が心配しそうなナンバー“NO.1”である。それと本作を改めて聴いて驚いたのは6曲目の「祈りの季節」である。なぜ、みんな、子供産まない?と歌うこのディープなバラードで彼は25年前にすでに高齢化社会を憂い、《Sexしたって誰もがそう簡単に親にならないのは赤ん坊より愛しいのは自分だから?》と鋭い言葉で締めくくっている。岡村靖幸、恐るべし、である。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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