デビュー30周年を迎えるSIONの衝撃の
デビューアルバム『SION』

2016年の6月21日でデビュー30周年を迎えるSION。記念盤としてオールタイムベスト『30th milestone』を6月22日にリリースすることも決定し、8月11日にはもはや風物詩化している日比谷野外大音楽堂で『SION-YAON 2016 with THE MOGAMI〜Major Debut 30th Anniversary~』と題してワンマンライヴを開催するなど、アニヴァーサリーイヤーが盛大に祝われることになりそうだ。強烈な個性とハスキーなヴォーカルで1986年にシングル「俺の声」とアルバムでメジャーデビューを飾ったシンガーソングライター、SION。福山雅治が大ファンでSIONの曲をカバー、コラボシングル(2005年)もリリースしていたり、BRAHMANのTOSHI-LOW、横山健、ZIGGYの森重樹一…など多くのミュージシャンにリスペクトされていることでも知られる彼の傑作は数々あれど、今も歌われ続けている名曲「俺の声」や「新宿の片隅で」をはじめ、代表曲のひとつとして挙げられる「コンクリート・リバー」や「街は今日も雨さ」が収録された1stアルバム『SION』は30年の月日が流れた今でも刺さりまくってくる名盤である。

タダモノではないという期待を裏切らな
い声と生々しい歌

初めてSIONの存在を知ったきっかけは歌ではなく、1枚のポスターだった。ツンツンに立てた髪といい、鋭そうな眼光といい、今風に言ったらキレッキレ。写真を見ているだけで噛みつかれそうな野良猫みたいなイメージで、パンクロッカーなのかと思っていた。その写真を見た時に「この人の歌を聴いてみたい」と思った。そうして触れたSIONの曲は“ぶっこわしてやる”みたいな青臭い攻撃的な曲ではなかったが、時に鋭利で時に優しくて人間臭くて、“この人はタダモノではない”という期待を裏切らない声と歌だった。
アルバムを聴いた時に一番感じたのは歌わなくては生きていけない人が歌詞を書いて歌っている曲だということ。“自分にはこれしかないんだ”と追い込んで、腹を決めた人の歌だということだった。そういう人はたぶん、自分の道を決めるまでに多くのことを捨ててきている、あるいは犠牲にしてきている。ちなみにSIONは山口県下関出身のシンガーソングライターで、地元のライブハウスでの弾き語りを経て、19才の時に上京。なかなか自身の音楽が認められない不遇な時代を経て、1985年に自主制作盤『新宿の片隅から』を発売し、その翌年にメジャーデビューを飾る。代わりのきかない存在、代わりのきかない歌がリスナーに熱狂的に支持され、現在に至るまでコンスタントに作品を発表し続けているシンガーだ。
また、そのアクの強い個性で役者としてもTVドラマに出演。福山が主演したNHK大河ドラマ『龍馬伝』には龍馬暗殺を企てる刺客として、永瀬正敏主演のカルト的人気を誇るドラマ『私立探偵 濱マイク』にもゲスト出演した。

アルバム『SION』

デビューシングル「俺の声」と同時発売された初のフルアルバムであり、SIONが上京してからライブハウスなどで歌い続けてきた曲が中心に収録されている。イントロのSIONのイラついたシャウトにドキッとさせられる「風向きが変わっちまいそうだ」は右も左もわからない街で混乱し、仕事を探しても赤い髪が原因で断られ、《つかまるもののない俺は とばされていくしかないのかい》と行き場のない気持ちを吐き出すロックンロール。いったい、この場所で俺はどうやって生きて、歌えばいいのか? このアルバムには当時のSIONの生々しい心境が言葉になってメロディになって溢れ出している。
今もライヴで歌われている代表曲のひとつ「SORRY BABY」(福山雅治が後にカバー)はSIONのしゃがれた声が染みてくるバラードで、愛する女性に約束もしてやれない男性の不甲斐なさ、情けなさを歌ったナンバー。その正直さゆえ、誠実さと優しさが浮き彫りにされる。ホーンがフィーチャーされた「レストレスナイト」は眠らない街でもがき生きる様を歌った曲で、ブルース・スプリングスティーンの「明日なき暴走」時代にも通じる質感。時に語りかけるように、時に叫ぶように歌うヴォーカルはアルバムを通して強烈な個性を放っている。
そして音源という意味でSIONの出発点になった「新宿の片隅から」や、代表曲中の代表曲「俺の声」が収録されていることを抜きには本作を語ることはできないだろう。ギュッと掴まれる切ないサビが素晴らしい「俺の声」は挫折感を歌ったナンバー。《俺は王様だと思ってた 俺の声で誰でも踊ると思ってた》という歌詞も刺さりまくってくる。躍動感たっぷりのサウンドに乗って歌われる「新宿の片隅から」の焦燥感、吐き捨てるような歌い方もグッとくるし、今、聴いても半端ない説得力だ。携帯電話もない時代に紡がれた歌たちだが、30年後の今もSNSでつながることはできても、心の奥にある本当の声——やるせなさや、こんなものじゃ終われないというフラストレーションを打ち明ける場所は意外とないように思う。
本作の最後に収録されているブルージーなバラード「街は今日も雨さ」には朝から晩まで皿を洗い続けて、たったの3,200円という描写が出てくるが、生きるのにいっぱいいっぱいな想いをしながら、それでも何とか希望をつないで日々を超えていく人たちは今だってあふれ返っているはずだ。日々の中に溜まっていく想いをSIONの歌の中に見出した人、救われた人は数知れないだろう。
なお、アルバムのレコーディングメンバーはルースターズの花田裕之、池畑潤二、穴井仁吉や松田文、関西のブルースシーンで活躍していたチャールズ清水、小山英樹、スマイリーなどーー。もうすぐ梅雨。このアルバムが似合う季節だ。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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