『to LOVE』収録曲と
シンガーとしての特徴から
ポップアーティスト、
西野カナを考察してみた

メロディーに見る“R&B味”

独特の揺らぎから生まれる寄る辺なさ、可愛らしさは、のちに「トリセツ」(2015年発表のシングル)とかに収斂していったのだろうと、筆者のような極度な“西野カナ弱者”でも想像するところだし、過度に“R&B味”を出さないというか、それを抑えたところ、もっと言えば、迫力を出し過ぎないようにしたところは、それ故に大いに大衆に支持されたのではなかったかと考える。本作『to LOVE』に収録されたシングルナンバーからもその辺は感じられる。具体的に言えば、M2「Best Friend」、M8「MAYBE」、M11「Dear…」、M12「会いたくて 会いたくて」である。いずれもサビがキャッチーなのはシングルとして当たり前として、注目なのは、それ以上にそのサビでの歌唱が比較的プレーンなところだ。M2、M8ではファルセットも使っているし、M2ではスキャットも聴こえてくるので、サビに全然“R&B味”がないというわけではないが、少なくともM11、M12ではそれがまったくと言っていいほど感じられない。M11などは所謂バラードなので如何様にもフェイクを駆使出来そうだし、アウトロ近くではCメロを挟んでサビが3回あって、ご丁寧に…というべきか、その内のひとつはリズムレスなので、“味”を出すにはおあつらえ向きな感じすらある。だが、そうなっていない。それこそ、西野カナらしさ、歌手としての彼女の特徴をもっとも活かすのはそれがベターとする判断があったからではなかろうか。そんな風に思える。もっともこれらシングル曲でも、A、Bメロ、さらにサビにおいても自身が当てているコーラスではR&Bらしいフリーキーな歌い方をしている箇所もあるので、だからこそ、サビはプレーンに…という配慮があったのかもしれない。そういう見方もアリだろう。その辺では本稿冒頭で述べた均衡、塩梅、バランス感覚といったものが感じられるところである。

“R&B味”がないわけでもないし、“R&B味”一辺倒でもない。それはシングルチューンに限った話ではなく、他の収録曲にも見られる。こちらは、個別の楽曲内に“R&B味”がある箇所とそうではない箇所がある…というのではなく、“R&B味”のある楽曲もあれば、そうではない楽曲もあるという見方である。サウンド面ではM5、歌唱法ではM13がR&B的と先ほど指摘したが、ラップ調の歌唱もあるM10「Come On Yes Yes Oh Yeah!!」もそっちに分類されるだろうか。一方、“R&B味”をほぼ感じないのがM4「Hey Boy」である。イントロからエレキギターが鳴るロックチューンで、デジタル音もそれなりに聴こえるものの、基本はバンドサウンドが支えている。リズムからするとサーフロックに分類しても良さそうな印象である。誤解を恐れずに言えば、Avril Lavigne辺りを彷彿とさせるものであろう。本作収録曲ではM7「このままで」が“R&B味”の強いほうだと思うが、M7がありながら、M4もあるというのが『to LOVE』のおもしろいところではあろう。バラエティ豊かと言ってしまえばそこまでだが、R&Bに寄り過ぎない配慮がなされた結果ではないかと筆者は見る。サウンド面で言えば、オープニングのM1「*Prologue* 〜What a nice〜」からその意志が表れているような気もする。キラキラとした音像と、ディズニー映画の劇伴のようなドラマティックさも有しているM1には、聴き手を選ばない汎用性がある。M8やM9「WRONG」のようなダンスチューンがありながら、M1のようなドリミーな側面もあるというのもまた、本作、ひいては西野カナというアーティストのおもしろいところだろう。均衡、塩梅、バランス感覚はアルバムのサウンドを通しても貫かれていると感じるところである。

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着