山下達郎の『FOR YOU』の
まるで伝統工芸品のような
丁寧に作り込まれた楽曲群に
改めて脱帽するばかり
歌詞もサウンドもロックな
「HEY REPORTER!」
《OhLoveland/目くるめく夏の午後/誰もが木陰に逃げ込んでた/焼けつく石畳の彼方に/揺らめく逃げ水の中から》《Oh Loveland/頬に零れる汗が/乾いた道の上に落ちると/突然こんな砂漠の街が/南のオアシスに変わる》(M7「LOVELAND, ISLAND」)。
白昼夢とまではいかないけれど、舞台は都会のようだ。それでもリゾートっぽさを失わないのは流石と言うべきだろうか。
独特のファンキーさを湛えたM9「LOVE TALKIN' (Honey It's You)」もダンサブルなナンバーではある。ちょっとディスコっぽいというか、誤解を恐れずに言うのならば、ヒップホップ的でもあろうか。ループミュージックをバックに歌やギターが繰り広げられるようなタイプに近い印象がある(もしかするとすでにサンプリング元になっているのかもしれない)。間奏のギターのドライな響きもなかなか面白い。カッティングではないが、これは山下達郎本人の演奏だ。
M10「HEY REPORTER!」は本作は元より、数ある山下達郎楽曲の中でも異色と言えるナンバーではなかろうか。リズムはファンキーであって、そこで言えば、本作らしさはあると言えるものの、重いドラム、ディストーションのかかったノイジーなエレキギターが狂暴である。ハードロック寄りと言っても語弊はないかもしれない。さらに驚くのはその歌詞だ。
《ey, REPORTER!/おまえの出番さ/Hey, REPORTER!/マイクを片手に/押しかけろ/逃がすなよ/あわれなタレント共を/締めあげろ/追いかけろ/たとえ この世の果てまででも/Hey, REPORTER!》《心をこじ開けて/弱みにつけ込んで/脅して もち上げて/なんて 愉快な世の中》(M10「HEY REPORTER!」)。
忌野清志郎、あるいは桑田佳祐辺りが書いたと言ったら納得していたかもしれない辛辣な内容。山下達郎弱者にはかなり意外ではある。ファンならばよくご存じの通り、結婚前に芸能レポーターに追いかけられたところから着想を得たものだという。個人的には──これは数年前に「RIDE ON TIME」を改めて聴いた時にも感じたことだが、あまり表に出すことがない、山下達郎のロックスピリッツのようなものを垣間見れるようで、とてもいい。これはこれで、間違いなくアルバムになくてはならないものだったと思う。
アルバムのフィナーレを飾るのは、山下達郎を代表するバラードのひとつと言っていいM12「YOUR EYES」。ピアノから始まるサウンドは、氏自身の弾くエレキギターの他、アコギ、リズム隊、サックス、そしてストリングスで構成されているが、バラードにありがちな、ことさらに派手なアレンジが施されているわけではなく、ここでもまたバンドグルーブが強調されているように感じる。また、M12はM10「HEY REPORTER!」から曲調にしても何にしても真逆と言えるが、間に入っているM11「INTERLUDE B Part II」がとてもいい役割を果たしているのもポイント。ここまで触れてこなかったが、本作にはM3、M5、M8、M11に本人の多重録音による短いアカペラが、文字通りの“INTERLUDE=間奏曲”として配置されている。“曲”というよりもラジオ番組でのジングル的な感じだとも思う。M10からM12がそうであるように、楽曲をダイレクトにつなぐのではなく、緩衝材というと変だが、独特の間合いをもたせている。アルバム全体を通しての聴きやすさにひと役買っているのは間違いなかろう。
聴きやすいと言えば、最後に本作に収録タイムについて述べておきたい。この『FOR YOU』はA面が19分25秒、B面が19分45秒と、合計39分ジャスト。CDでは最長79分58秒が収録されていたということだから、その半分に満たない。日本でCDが初めて発売されたのが1982年で、レコードの売上を上回ったのが1986~1987年なので、1982年発売の『FOR YOU』がアナログ盤であったのは当然として(最初のCD化は1984年)、その収録時間のコンパクトさは注目に値するように思う。山下達郎作品にしても、のちに収録時間が1時間を超すことも珍しくなくなり、2022年の14th『SOFTLY』は通常盤CDで1時間4分12秒になった。それもまた時代の流れではあろうし、そのこと自体は全く問題ないけれど、個人的には今でも50分以下程度がアルバムとして聴きやすいと感じる。いや、今回聴いてそう改めてそう感じた。冒頭で引用したように、[1981年にニュー・アルバムのため]、すなわち『FOR YOU』用に27曲がレコーディングされたという。本作に収録されたのは(アカペラを除き)その1/3以下ということになる。まさに選りすぐりの8曲である。そのリッチさは作品にはっきりと宿っている。
TEXT:帆苅智之