YMO散開後に発表された
ソロアルバム『音楽図鑑』は
多彩な楽曲群の中にも
坂本龍一らしさを確認できる秀作

ノーコンセプトの4thアルバム

YMO散開後に発表されたソロアルバムとしては4作目となる『音楽図鑑』からも、そんな坂本龍一の多彩な面と、常に音楽を傍らに置き続けた氏らしさを感じることができる。制作背景からもそれが分かる。[1982年10月24日から始められたレコーディングは、1984年8月23日のCDマスタリングが終了するまで1年8ヶ月を要した。当期間、YMOのアルバム『浮気なぼくら』『サーヴィス』、大貫妙子のアルバム『シニフィエ』、矢野顕子のアルバム『オーエス オーエス』などプロデュース他、YMOの散開ツアーやCM音楽の録音なども行なったため、レコーディングが一時中断した]のだという。レコーディング期間が1年8カ月とだけ聞けば、随分と時間をかけたものだと思うが、YMOの散開ライヴであった『1983 YMO ジャパンツアー』が1983年11月23日から同年12月22日まで…と本作レコーディングの真っ只中。加えて、『浮気なぼくら』のレコーディングが1982年10月20日から翌年1月20日で、『サーヴィス』は1983年9月から10月にかけて制作していたというし、大貫作品、矢野作品も手掛けていたことを考えると、実際にはスケジュールはかなりカツカツだったに違いない。それにもかかわらず、今回当コラムで紹介する1984年発表のオリジナル盤(?)での13曲以外にも未発表曲があったというから(未発表曲7曲はのちに『音楽図鑑-2015 Edition』に収録)、この時期の創作活動の膨大さには舌を巻くというか何と言うか…。Wikipedia先生によれば、本作は[それまでのはっきりしたコンセプトに基づいて作成する方法とは異なり、スタジオに入って何の先入観なしに出てくるものを記録していく手段を取った]そうだが、当時のスケジュールを鑑みると、“というか、その手段しか取れなかったのでは…?”と思うほどではある。多分その見立てはそう間違ってもないだろう。

収録曲を見ていこう。M1「TIBETAN DANCE」は軽快なクラップから始まるナンバー。シンプルだがキレのあるドラムは高橋幸宏で、随所に小技を織り交ぜたベースは細野晴臣が弾き、ギターは大村憲司が担当し、アコギのアルペジオからエレキの冴えわたるカッティングまでを聴かせている。アジアンなメロディーの繰り返しという、単純と言えば単純な楽曲だが、YMOメンバーによるアンサンブルが楽曲を単純に聴かせないところがあるだろう。無論その演奏にさまざまな音を重ねている面白さがさらに楽曲を豊かなものにしているのだが…。二胡か胡弓かという音が聴こえてくるが、当然、『ラストエンペラー』より5年早い。

M2「ETUDE」は冒頭からしばらくはそのリズムからしてポップス・ロック寄りの印象ではあるものの、中盤ではっきりとジャズだと分かる。リズム隊は完全にジャズ。面白い転調だと思っていると、それだけ終わらずに、そこからまたリズムがレゲエに展開していく。意表を突かれるけれど、そこもまた面白い。キーボードとともに主旋律を鳴らすトランペットを始めとする管楽器がなまめかしい。

M3「PARADISE LOST」は『戦場のメリー・クリスマス』のサウンドトラック収録の「The Seed And The Sower」に似た雰囲気を個人的には感じたのだけれど、作者の手癖もそうだが、“戦メリ”の“Forbidden(禁断)”感と『失楽園』とは通じるところがあったのかもと思ったりもする。これもリズムはレゲエで全体的にはゆったりとした印象。ただ、そこにアジアンなメロディーとモノローグ(何語だろう?)が乗ることで不思議な空気に拍車をかけているように思う。ひと筋縄ではいかない。トランペットは近藤等則が担当し、山下達郎がエレキギターを弾いている。

M4「SELF PORTRAIT」は明るくなり過ぎず、かといってマイナーというわけでもないシンセが奏でるメロディーが中心。高橋幸宏が叩くドラムのリズムが後ろ向きに聴こえさせないところで踏ん張っているような気もする。映画『子猫物語』でも使用しようされたとのことで、“確かに子猫の寄る辺なき感じもあったりするなぁ”とも思わせるところもある。

M5「旅の極北」はサンプリングされたリズムの硬質さが耳を惹く。ピアノ、鐘の音、リバースとさまざまな音が鳴りつつ、後半ではサックスやヴォイスも聴こえてくるなど、最後までなかなか展開が読めない感じではあって、前述した[スタジオに入って何の先入観なしに出てくるものを記録していく手段を取った]というのは、この辺でも感じることができるのかもしれない。(※ここまでの[]はWikipediaからの引用)

OKMusic編集部

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