大橋純子の迫力と
美乃家セントラル・ステイションの
バンドらしいアンサンブルが
拮抗した名盤『RAINBOW』
圧倒的歌唱力と日本的親しみやすさ
聴きどころを挙げろと言われれば、前述したM5「ナチュラル・フーズ」の中盤もそうだし、M6「ラスト・ナンバー」後半の圧しの強さ、M9「愛にさよなら」のCメロでテンションが上がっていく様子などなど、枚挙に暇がないとはこのことで、全部が全部、聴きどころではある。それを承知で、あえて1曲に絞るとすると、やはりM1「シンプル・ラブ」を推したい。ファンキーでポップ。軽快なバンドサウンドからは、ギター、ベースを始め、各パートがいい仕事をしていることが分かるが、そこに乗る歌メロは実にキャッチーで(サビ頭だ)、まさにシティポップという仕上がりだ。ストリングスもさわやかにあしらわれているのもいい。そんなサウンドであるから素人考えでは案外サラッと歌ってしまいそうに感じるところを、何とも彼女らしい迫力に満ちた歌声を聴かせてくれる。メロディーと相俟って溌剌とした感じ…と表現してもいいかもしれない。
《シンプル・ラブ 考えすぎねあなた/シンプル・ラブ 心の向くまま/私の腕が居心地いいのなら/そっと包んであげる》《シンプル・ラブ 生きてる悩みなんか/シンプル・ラブ 此処では忘れて/触れあう指が心の音楽を/奏でてくれるのです》(M1「シンプル・ラブ」)。
その歌詞の通り、開放感を与えてくれるようなヴォーカリゼーションであるし、時折入るフェイク、アドリブがそこに拍車をかけているようだ。アウトロが特に絶品で、どこまでも広がっていくような、晴れ晴れしさが感じられる。これは美乃家SSでの活動が極めて順調であったから…と考えるのも、何も穿った見方ではないと思う。サウンドの迫力に呼応したかのような歌が聴こえる箇所は、「シンプル・ラブ」に限らず、他の楽曲にも随所にある。その辺を以て、バンドの状態がいいことが分かる空気感が詰まったアルバムという見方をしてもいいだろう。
最後に、これは個人的な感想になるけれど、一点付け加えておきたい。彼女はもともと洋楽指向であったと前述した。『RAINBOW』はそんな彼女が念願のバンドを組んだ直後の作品である。その辺りを考えると、衒学的…と言うと語弊があるかもしれないけれど、バリバリ洋楽的なアルバムになってもおかしくなかったのではないかと思ったりもする。しかしながら、そこまでマニアックになっていないところは本作の良さではないかと個人的には思う。無論サウンドにしてもヴォーカリゼーションにしても前述したように、少なくとも当時としてはかなり邦楽離れしたものを感じるのは間違いない。ただ、歌メロはいい意味でそこまで複雑でないように感じる。M3「白い鎮魂歌(レクイエム)」、M6「ラスト・ナンバー」、M7「レイニー・サタディ&コーヒー・ブレイク」、さらにM10「季節のない街角で」とM11「今シルエットのように」が特にそうだろう。いわゆるバラード~ミディアムだ。それを強く感じる。
もちろんそれらにもフェイクが入った箇所もあるにはあるのだが、主旋律がぶれていないというか、歌詞のちゃんと乗っているというか、とにかく歌がしっかりとしているのである。誰もが口ずさめるメロディーなのである。正直言えば、昨今のコンテポラリR&Bに慣れてしまった耳に新鮮に聴こえたところがあるのかもしれないけれど、聴き手を選ばない親しみやすさはあると思う。この辺は、のちに「たそがれマイ・ラブ」や「シルエット・ロマンス」といったヒット曲を生み出したことと無縁ではないかもしれない。ちなみにM3、M6、M7は林哲司氏の作曲で、M10とM11は美乃家SSのリーダー的存在である佐藤健の作曲である。林氏は1980年代に数多くのヒット曲を世に送り出した、言わずと知れた名作曲家。ポピュリティーあるメロディーラインはお手のもの…と言ってもいいのだろうし、大橋純子作品を含む1970年代の仕事はその萌芽でもあったのだろう。数年前にリバイバルヒットした松原みきの「真夜中のドア〜Stay With Me」の同時期に林氏が手掛けたものである。佐藤健は、ファンならばご存知の通り、1979年に大橋純子と結婚した、その人である。公私に渡る付き合いの深さから、彼女の歌声を最も活かせるメロディーラインを作れるミュージシャンであったと考えられる。
TEXT:帆苅智之