今井寿&藤井麻輝、
星野英彦ら参加の
『DANCE 2 NOISE 001』
当時のニューカマー、
M-AGE、Paint in watercolourも収録
“日本初のシューゲイザーバンド”が
復活!
再結成の経緯をストレートに尋ねると、“単純に面白いなと思って”との返答。“自分もそろそろ還暦。還暦のシューゲイザーって面白いでしょ?(笑) そういうことですよ”と笑う。関口、布川正人(Vo&Gu)のオリジナルの面子に、3人の新規メンバーを加えた布陣でのリスタートである。“(新メンバーは)3人とも、自分の息子みたいな年齢でね。時に親子喧嘩しながら作ってる(笑)”という。
音楽ファンの一部でPaint in watercolour が“日本初のシューゲイザーバンド”と評価されていることについて訊くと、“当時はシューゲイザーなんて言葉はなくて、My Bloody Valentineとかもほんの一部の間で流行ってただけで、そんなにメジャーではなかった。“ゴミみたいなロック”って言われることもあったと思うよ”と振り返りつつ、“オンタイムでそんなレコードを買ってすぐにそれを真似してたんだから、当然そうなる(=サウンドがシューゲイザーになる)よね”と自己分析する。音楽の取り込み方、その構造は“渋谷系”に近いものであったようだ。“輸入盤で知った当時のロックの旬をそのままやっていただけ。音楽に敏感な若者たちがやっていたのが渋谷系だとすると、その意味では同じだよね。自分たちも(Paint in watercolourを結成する)直前までは東京にいて、CISCO(※註:レコード店)とか頻繁に行ってたしね”と続けた。
My Bloody Valentineのヒットアルバムで“シューゲイザーの金字塔的作品”と言われる『Loveless』が日本でチャートインしたのが1992年5月。Paint in watercolourのメジャーデビューは同年6月である。彼らが“早すぎたバンド”と指摘されることも分からなくもない。下北沢辺りのライヴハウスを中心に日本のシューゲイザーシーンが形成されたのが1990年代半ば頃と見る向きもあるが、それよりも数年早いデビューであった。関口も“自分でも(日本でシューゲイザーをやったのは)だいぶ早かったと思うし、早すぎたとも思うよ。でも、そこを(もう少しあとから…と)調整するのは無理。とにかく早く早く…だから(笑)。人生に2度目があっても同じことをやっていると思う。元来、天邪鬼だからね(笑)”と振り返る。
また、こんな思い出話もしてくれた。“俺ら、M-AGEとBRAIN DRIVEと同じレーベルだったんで、一緒にイベントもやったよ。渋谷公会堂だったかな。でも、俺たちには違和感があったし、実際すごく浮いてたと思う。普段着でやってたしね。“何でここに入れられてんだろう?”みたいな感じだった。もしかすると、M-AGEみたいなルックスだったら、もうちょっと売れてたかもね(笑)”。その発言からも彼が天邪鬼マインドの持ち主であることが分かる。
『DANCE 2 NOISE 001』収録曲「heaven」についても、今聴いてもポップな印象であることを告げると、“うん、ポップですよね。でも、当時のポップさとも今のポップさとも違う”と語ってくれたのも印象的であった。実際に改めて音源を聴いてもらうと、“(「heaven」は)もうちょっといい音で録れてれば…とは思うよね。新潟で録ったやつを東京でマスタリングしたんだけど、東京で録れてれば…ね。そこがちょっと恥ずかしい。カッコ良いだけど、もう少しやりようがあった。今思うと、もったいなかったよね”と少し残念がっていたが、今回の再結成によって、“還暦のシューゲイザー”から1990年代以上に満足度の高い作品が創り出されることを、当コラムとしてもお祈りする。(ご多忙のところ、取材に応えていただき、ありがとうございました)
■Paint in watercolour オフィシャルYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC8L3fekPn5kWHcDn9-KSywA/videos
TEXT:帆苅智之
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