『TRANSIT』のデビュー作らしい
多彩さに垣間見る
女性シンガーソングライター、
泰葉の輝きと意欲

大傑作「フライディ・チャイナタウン」

とにかくサビのメロディーのインパクトが強いので、個人的にはイントロなしのサビ頭だと思っていたのだけれど、久し振りに聴いたらイントロがあって少し意外だった。それは単なる加齢による健忘なだけだが、忘れていただけにイントロも新鮮に聴くことが出来、しかもそのイントロもなかなかの聴きどころであることを改めて知ることが出来たのは儲けもの。物忘れも決して悪くはない。で、そのイントロ。それほど長くはないのだが、パーカッションの重なったダンサブルなリズムに乗せて、いきなりピアノ、ギター、ベースのユニゾンで始まるという代物だ(厳密には同じ音符を追っているわけではないかもしれないが、同じ拍ではある)。跳ねるような音階を各パートが競うように上っていく様子は実にスリリング。ファンキーでロックである。それを2度繰り返したあとに、ポップなホーンセクションが入る。ホーンではなくシンセかもしれないけれど、アンサンブルの重ね方としては、ソウルミュージックなどでブラスによく用いられるパターンではある。ここのフレーズも2度繰り返される。緊張感を帯びたサウンドが少し解放的に…というか、その緊張感がやや和らいだ印象となるのも束の間、シンバルがドラマティックに響き、しかもシンコペーションで食い気味に鳴らされて、歌へと引き継がれていく。ここまで約15秒。短いながらもヴォーカルの露払いと呼ぶにはもったいない豪華さではある。サザンオールスターズ「匂艶 THE NIGHT CLUB」のイントロに雰囲気が似ていると思ったが(サザンのほうが長めで音数も多くゴージャスな印象。※個人の感想です)、「フライディ・チャイナタウン」は1981年9月発売で、「匂艶 THE~」は1982年5月発売。泰葉のほうがやや早い。

で、サビメロである。このキャッチーなメロディーは一体何だろう? いきなりの高音。《It's So Fly-Day Fly-Day CHINA TOWN》の《It's So》からして旋律と歌声が強靭だ。この時点でこの楽曲の勝利は決まったと言っていい。バッターならホームランを確信して走らないだろう。確信歩き的メロディーと言える(?)。ただ、派手ではあるが、このメロディーは高音が単に耳を惹くだけに留まらない。大陸的であり、異国感──とりわけアジア感もあるが、和の要素もある。愁いを秘めた印象をわずかに…だが、確実に感じる。何をどうしたらこういうメロディーが出て来るのか。この旋律を産み出した事実だけで、彼女を“天才”と呼ぶことに躊躇はない。愁いが隠れていると言ったが、リズムがラテン調であることで、その愁いが浮き出すようにも思える。そう。アレンジもなかなかいい。最も優れていると思うのはコード。エレピの音色を追えば分かるが、パンチの効いたメロディー、アッパーでダンサブルなリズムにしては(と言うのも失礼かもしれないが)、洒落た和音を当てていることに気付くだろう。編曲は井上鑑が担当。言わずと知れた名編曲家である氏は「フライディ・チャイナタウン」と同じ年に、寺尾聰『Reflections』でも編曲を担当している。そして、「ルビーの指環」で第23回日本レコード大賞編曲賞を受賞。「フライディ~」は当時、最も脂が乗り勢いのあったアレンジャーが手掛けた楽曲ということになろう。泰葉本人がピアノを弾いているのも、もちろん見逃せないところだ。

この楽曲はメロディーとアレンジで、その勝利がほぼ9割9分決まったと断言していいだろう。そう言い切れる証拠はある。基本的な構造がサビメロとイントロの繰り返しなのだ。Aメロもあるにはあるが、サビメロが4回出てくるのに対してAは2回。タイムが3分半程度であることを考えるとAが少ないのは理解できるとしても、明らかにサビが多い。イントロで流れる印象的なフレーズは間奏とアウトロも同じだ。間奏では転調して繰り返される(もしかするとアウトロでも転調しているかもしれない)。フェードアウトするアウトロでは、エレキギターがやや個性的なプレイを見せているが、ここも基本的にはリフレインだ。これらは、のちにどんどん複雑になっていったJポップ、Jロックに比べればそう感じることなのかもしれない。だが、だとしても、最も印象的なメロディーだけで勝負していることは間違いなかろう。歌詞については、《踊りつかれていても 朝まで遊ぶわ》《どこか静かな場所で 着がえてみたいのよ》や《私も異国人ね》といった辺りに、当時まだ20歳という彼女がやや背伸びをしているようなスタンスや、新たに音楽シーンに臨む決意といったものを感じなくはない。しかしながら、最もインパクトのあるのはやはり《It's So Fly-Day Fly-Day CHINA TOWN》であって、このワードをあのメロディーの乗せたのが歌詞での最大の成果と言えよう。

OKMusic編集部

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