坂本龍一が
レジェンド級ミュージシャンたちと
格闘技ばりに作り上げた
『サマー・ナーヴス』

随所で印象的なボコーダー

オープニングはM1「SUMMER NERVES」。アルバムタイトルチューンである。冒頭のゆったりとしたテンポでキラキラと鳴らされるサウンドは、如何にもレゲエな感じではないけれど、洗練された印象ではあって、リゾートっぽさ、“SUMMER”っぽさはある。30秒後に歌が始まる。ここからのリズム、ギターのカッティング、ベースラインは確かにレゲエではあって、坂本龍一自身のヴォーカルに当時は面食らったリスナーも少なくなかったようだが、そこを差っ引いても、妙な感じはなく、“なるほど、レゲエだな”くらいにとらえることはできる。ヴォーカルラインは氏らしいメロディーで、十分にポップだ。ただ、間奏でちょっと景色が変わる。ソプラノサックス(多分)で奏でられる旋律は、そのポップなメロディーと相反するとは言わないけれどもアーバンな印象で、フュージョン的と言ってもいい代物。マイナーに転調しているようなので、そこに合わせたサックスのメロディーなのだろうが、ちょっと面白い展開ではあろう。全体の進行においてもそうで、前半のAメロは確かにレゲエのリズムではあるのだが、Bメロ(というかサビ)に移るとバックのサウンドが皆揃ってレゲエを演奏している様子ではなくなる。端的に言うと、2拍、4拍を強調しなくなる。そうなることで楽曲全体が即ちレゲエではなくなることではないだろう。少なくともAメロはレゲエではある。だが、間奏やサビにはトラディショナルなレゲエではない感触が確かにあるのである。

M2「YOU'RE FRIEND TO ME」は本作唯一のカバー曲。オリジナルは『サマー・ナーヴス』と同時期に発表されたSister Sledgeのアルバム『We Are Family』に収録されたナンバーである。原曲を聴いてみると、オリジナルはソウル系のナンバーではあるものの、ゆったりしたテンポ感にギターのカッティングが配されていて、ちょっとレゲエっぽいと言えなくもない印象ではある。よって素人考えでもレゲエアレンジしやすい気はするし、イントロでレゲエ特有の♪スッチャスッチャ〜というギターが聴こえてくると、M1以上に“なるほど”とは思う。だが、歌が入ると、ちょっと驚く。これも坂本龍一自身が歌っているのだろうが、ボコーダーを用いているのだ。女性コーラスは原曲に則った形でソウルフルに入っている。サウンドにしても、ギターはもちろんのこと、べースもドラムもレゲエ仕立てになっている。その中で唯一、メインヴォーカルだけに強くエフェクトがかかっているのだ。今やJ-POPでもロボ声とかケロ声とか言われるようなアレンジなので、現在のリスナーにとってそれほど違和感はないのかもしれないけれど、当時はかなり斬新に感じた人は多かったと想像するし、サウンドはソウル寄りのレゲエなのにヴォーカルだけがボコーダーというのは正直、筆者には今も妙な違和感がある。でも、そこが面白いことも間違いない。

矢野顕子が手掛け、ヴォーカルにも参加しているM3「SLEEP ON MY BABY」は、メロディはどう仕様もなく…と言おうか、如何ともし難いほどに矢野旋律ではあるのだが、やはり全体的に♪スッチャスッチャ〜のリズムが横たわっていて、これは完全にレゲエではあろう。ギター、パーカッションの仕事は細やかだ。──と油断していると、楽曲が中盤、リズムレスとなり、そこではレゲエの面影をほぼ感じなくなる。そこでは矢野顕子ならではの歌唱と、コーラスと言うよりも合唱といった感じのバッキングヴォーカルが相俟って、まさにドリーミーな印象となる。大陸的、チャイナ風なテイストもあって、レゲエと言えばレゲエだが、他のジャンルとマッシュアップさせたような感触がある。そう言えば、歌と歌とをつなぐブリッジの部分もまたレゲエとは趣きが異なり、フュージョン的であることにも気付く。ひと筋縄ではいかないレゲエなのである。

M4「THEME FOR "KAKUTOUGI"」はタイトルからすると、本作を象徴する一曲と言っていいのだろうか。ギターであったり、ドラムであったり(特にフィル)にレゲエっぽさはあるものの、冒頭から印象的に鳴るベース、女性コーラス、ブラスセクションは、フュージョンのそれだろう。1980年代を先取りしていた感がある。とりわけインパクトが強いのが間奏で荒々しく弾かれるギターソロ。例のレゲエ的なサイドギターを従えながら、フリーキーに鳴らされる。実にエモーショナルだ。勇壮なストリングス・パートをさらに大きく聴かせるような見事なアクセントとなっている。まさしく格闘技のような掛け合いと言っていいかもしれない。全日本プロレス中継のBGMとして使用されていたので昭和のプロレスファンには耳馴染みがあるだろう。個人的には、世界最強タッグリーグの最終戦が終わったあと、新春ジャイアントシリーズの予告で流れていた記憶が強く残っているが(それ以外のシリーズでも予告編で使われていたと思うが)、御大・ジャイアント馬場率いる全日本プロレスのテーマであった“王道”を感じさせるに十分な重厚感でもあると思う。やや脱線したが、そこもまた単なるレゲエナンバーではないことは理解していただいたのではなかろうか。

OKMusic編集部

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