五輪真弓のデビュー作
『少女』に今更ながら驚愕
さらに評価されて然るべき
邦楽アルバムのひとつ
海外録音に踏み切らせた天賦の才
M9「空を見上げる夜は」は甲高いギターと跳ねたピアノが米国のトラディショナルポップを感じなくもない。メジャー感が強いとまではいかないけれど、本作の中では比較的明るめなタイプと言えるかもしれない。アルバムのフィナーレはM10「あなたを追いかけて(Part2)」。B面1曲目がM6「あなたを追いかけて(Part1)」であるから、これももちろんアルバムを意識した構成だろう。M10はM6に引き続き荘厳な雰囲気のピアノが伴奏しつつ、ハープシコードに変わって(…と言っていいかどうか分からないが)ストリングスが配されている。そう書くと、そのストリングスが全体の荘厳な空気を演出しているように思われるかもしれないが、どこかシアトリカルである…という表現でいいだろうか。個人的にはここでのストリングスは言外での演出を担っているようにも思う。歌詞だけ見ると切なさ全開というか、悲壮感を強く抱いてしまうところを、決してそれだけではなく、ネガティブ一辺倒ではない、光のようなものを感じさせる。
B面収録曲はやや駆け足で解説したが、ここまで指摘してきたように、どの楽曲もメロディーとリリックで構築されているものをグッと広げるサウンドアレンジが施されている。これは言うまでもなく、シンガーソングライター、五輪真弓が創る核となる部分をより良く聴かせるための施策だろう。逆に言えば、当時のスタッフは、それほどに彼女の旋律と歌詞、そして歌声をあまねく広めるために腐心したこともうかがえる。最後にデビュー時の五輪真弓がいかに傑出したアーティストであったのかを記して本稿を締め括ろう。その辺はWikipediaに詳しい。以下に引用させてもらう。
[アルバム『少女』は、1971年夏に2カ月間をかけて、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスのクリスタル・サウンド・スタジオでレコーディングされた。このレコーディングには五輪のデモテープを聴いて感銘を受けたキャロル・キング、チャールズ・ラーキーも参加し、ストリングスの中ではデヴィッド・キャンベルがヴィオラを弾いている。(中略)いわゆる海外レコーディングを商業的に成功させた先駆者としても日本の音楽界に大きな影響を与え、その後さまざまな歌手やミュージシャンたちがそれに追随した]([]はWikipediaからの引用)。
上記の海外ミュージシャンを全て分からずとも、キャロル・キングの名前くらいはご存知だろう。知らないという人は調べてほしい。単に“有名な人に認められたからすごい”とか、権威主義的なことは言いたくないので、仮にアルバム参加メンバーを無視するにしても、1970年前半にロサンゼルスのスタジオで2カ月間レコーディングしたという事実は、どう考えても破格であろう。しかも本作はデビュー盤で、彼女はまだ20歳を過ぎたばかりであった。同時期にデビューした荒井由実は天才少女と呼ばれたようだが、五輪真弓もまた間違いなく天才であったことは、上記のエピソードから十二分にうかがえる。
大変遅ればせながら、当コラムでは今後も五輪真弓作品を取り上げると思う。とりわけ1974年のライヴ盤『冬ざれた街』は各方面から高い評価を受けているようなので、今年どこかで紹介することになろう。かつての筆者のように五輪真弓≒歌謡曲と思っている方がいらっしゃったら、それは間違いではないけれど、過去作を聴かずして、そう思っているのはもったいないと断言したい。まずはぜひ『少女』を聴いてほしいと思う。
TEXT:帆苅智之