ピッグバッグの『ドクター・ヘックル
・アンド・ミスター・ジャイヴ』は、
80年代に登場したエスノロックの記念
碑的アルバム

78年にセックス・ピストルズが解散した時、パンクロックは終わったと感じたリスナーは少なくなかったと思う。しかし、振り返ってみると、70年代の末ごろから80年代初頭の何年間かは、短期間に次々と新しい音楽が生まれては消える時代でもあった。特に、セレクターやスペシャルズに代表されるスカのリバイバル、トーキング・ヘッズやイーノらのファンクとパンクの融合など、白人音楽と黒人音楽をシャッフルしたリズムを重視したサウンドが多く生まれ、それらはエスノロックとかエスノファンクなどと呼ばれるようになった。今回紹介するピッグバッグも、アフリカのフェラ・クティやマイルス・デイビスに影響されながら、パンクの精神を忘れなかったグループだ。ポストパンクの初期に登場した過激なポップグループの後裔として生まれただけに、その音楽は鋭く熱い。

エスノロックのブーム

やっぱり、トーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』(‘80)の影響は凄まじかったと思う。このアルバムに影響されたミュージシャンは数知れず、デビッド・バーン率いるトーキング・ヘッズは、インテリロック集団として一目置かれる存在となる。彼らの音楽は、アフリカのファンクやダブ的な手法を取り入れ、時には本物のファンクのミュージシャンと一緒に、自分たちなりのファンクロックを創造していく。
クラッシュ、ピーター・ゲイブリエル、ジョン・ライドン(セックス・ピストルズ時代はジョニー・ロットンと名乗っていた)率いるPIL、ポリスらも、トーキング・ヘッズと同じように(もちろんヘッズに影響されている場合が多かったが)エスニック(民俗的)なロックを追求していた。それらは“エスノロック”や“エスノファンク”と呼ばれ、80年代初頭の大きなムーブメントとなった。中でもPILとポップグループは、パンクやアバンギャルドな要素が強く、商業音楽に背を向けた当時最も強力なグループであったと言える。

ポップグループの衝撃

ポップグループは英ブリストルで結成された5人組で、ポストパンクの代表的な存在として今でも根強いファンは多い。パンクスピリットをしっかり持ったまま、レゲエ、ファンク、フリージャズ、ダブなどをバックボーンにして、妥協のない音楽で突っ走っていた。79年に衝撃的なアルバム『Y』でデビュー、セカンドの『How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?』(‘80)では、早くもラッパーの草分けのグループであるラスト・ポエッツと共演するなど、その尖鋭さだけでなく、彼らの先見性には刮目すべきものがあったのだが、メンバーの音楽性の違いからあっと言う間に分裂してしまう。81年には解散、メンバーはリップ・リグ・アンド・パニック、マキシマム・ジョイ、そして今回紹介するピッグバッグら、すぐれた感性を持ったグループに分派していく。

エスニックなピッグバッグのダンス音楽

ポップグループでベースを弾いていたサイモン・アンダーウッドは、グループが解散する少し前にメンバー間のゴタゴタに嫌気が差して脱退、彼の考える新たなエスノロックを創り出そうと休養してのだが、すでにグループとしての体裁を整えつつあったピッグバッグに誘われ参加することになる。
ピッグバッグは、ベース、ドラム、ギターのリズムセクション3人と管楽器の3人、計6人で構成され、パーカッションはほぼ全員が担当する。ヴォーカルは基本的になく、パーカッションとホーンセクションが前面に出た、強力なノリを持ったインストグループだ。基本的にはエスノファンクだろう。ファンクっぽいリズムではあるが、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、オハイオ・プレイヤーズ、グレアム・セントラル・ステイションなどに代表されるアメリカの黒人中心のファンクグループとはまったく違い、アフリカのフェラ・クティあたりの土着的なアフリカンファンクを模範にしたサウンドであった。ひょっとしたら彼らは、70年代ファンクグループのサウンドを知らなかったのではないかと思うほど、他にはない独特のグルーブ感を漂わせていたのである。

本作『ドクター・ヘックル・アンド・ミ
スター・ジャイヴ』について

81年、ピッグバッグはジェームス・ブラウンの「Papa's Got a Brand New Bag」のタイトルをもじったシングル作「Papa's Got a Brand New Pigbag」でデビューし、フリージャズ、ファンク、ラテンをミックスしたようなサウンドで、まったく新しいダンス音楽を提示した。続く「Sunny Day」「Getting Up」もシングルでのリリースで、サウンドも「Papa's Got~」と同傾向ではあったが、どの曲もサイモン・アンダーウッドのヘヴィなベースと複数のパーカッションが印象に残る好演だ。
そして82年、待望のデビューアルバム『ドクター・ヘックル・アンド・ミスター・ジャイヴ』がリリースされると、日本ではテレビのコマーシャルで「Papa's Got a Brand New Pigbag」が使われたこともあって人気は急上昇、同年の夏には早々と来日公演を行なっている。
収録曲は全部で8曲、LP時代は前述の1枚目と2枚目のシングルは収録されていなかった(現在発売中のCDには収録されている)。さっきも言ったようにヴォーカルの入っている曲はなく、全てインスト。サイモン・アンダーウッドのベースと、トルコのメフテル(1)を思わせるフリーキーなホーンが印象的なナンバーばかりで、時にはラテンの要素やアフリカっぽいリズムも楽しめる。繰り返しになるが、ファンクっぽいが、アメリカ黒人のファンクとは全く違うところに彼らの良さがある。どちらかと言えば、日本の音頭(お祭りの時の音楽)のリズムのほうが似ていると言えるかもしれない。
今では忘れられた感が拭えないが、同じポップグループの分派として知られるリップ・リグ&パニックと並ぶエスノファンクの名グループとして、僕はロック史に残る存在だと考えている。

本作以降の動向

結局、本作で大きな人気を得たものの、2nd『Lend An Ear』(‘83)をリリース後に解散してしまう。2010年にはクリス・リー、オリー・ムーアのオリジナルメンバーふたりを中心に再結成し、今でもライヴ活動を行なっているようだ。彼らの音楽は、パンク、民族音楽、ファンク、ラテンをミックスしたような独特のダンス音楽であり、誰もが楽しめるサウンドだと思う。ポップグループの分派の中では最も理解しやすいグループなので、これまで聴いたことがないという人はぜひ聴いてみてほしい。きっと新しい発見があるはずだ。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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