絶頂期のイエスが放った大傑作アルバ
ム『危機-Close to the Edge-』

イエスが11月に来日するという。はて、久しぶりだけど何回目だっけ?と最初その情報を知った時は大した興味も示さなかったのだが、続くリードコピーに“名盤『こわれもの-Fragile -』『危機-Close to the Edge-』を完全再現、日本初披露の新曲を演奏”とあるのを見て、胸にズキンとくるものがあった。すごいじゃない! けど、メンバーそろそろ70代に差しかかってるはず。体力持つんだろうか?と尊敬するメンバーの現在の姿に思いをはせ、少し心配になってしまう。なにせ、両作品とも長尺、難解、ハイテクを要求される曲ばっかりだもの。

来日メンバーは
Chris Squire/クリス・スクワイア (B)
Steve Howe/スティーヴ・ハウ (G)
Alan White/アラン・ホワイト (Ds)
・Geoff Downes/ジェフ・ダウンズ (Key)
・Jon Davison/ジョン・デイヴィソン (Vo)
と残念ながら『こわれもの』『危機』を制作した時のラインナップではない。ドラムスがアラン・ホワイト(前述のアルバムではビル・ブルフォード)であるのはまあ目をつぶるとして、キーボードはリック・ウェイクマンではなく、ジェフ・ダウンズ。彼はイエスが1983年に再結成し、シングル曲「ロンリー・ハート」を大ヒット(全米No.1)させた“産業ロック期”のメンバーだ。しかも、ヴォーカルはオリジナルメンバーのジョン・アンダーソンではなく(体調不良を理由に2008年にバンドを離れ、現在はソロ活動中)、名前を聞いたこともないジョン・ディヴィソンという40代の男だ。何でも、ジョン・アンダーソンに似た声の持ち主で、過去にイエスのトリビュート・バンド(ROUNDABOUT)でパフォーマンスを披露した経験を買われての抜擢らしい。本人はイエスでのツアー以外に、自身のバンド“Glass Hammer”を率いて活動中とのこと。そう言えば、『こわれもの』『危機』成功の立役者ともいうべき、リック・ウェイクマンも先日、6月30日(大阪)、7月1日(東京)に単独での来日公演を終えたばかり。あいにくショーを観ることができなかったが、こちらの結果も知りたいところだ。近年のウェイクマンはジョン・アンダーソンと組んでツアーをする一方、意外なことに、英国BBCのテレビ番組でコメディアン(!)としても活動しているそうだ。あの、ロングヘアーでマントを身にまとい、キーボードの谷間を華麗に移動しながら演奏していたパブリック・イメージを覆すような話だが…。

現在でも鮮烈さをまったく失わない。ロ
ック史上に残る大傑作『危機-Close to
the Edge-』

と前置きが長くなってしまったけれど、今回ご紹介する『危機』には格別の思い入れがある。生涯で2番目に買ったLPレコードだったのだ。1枚目はビートルズの『アビイ・ロード』で、ずっとビートル・フリークだったのだが、ようやく中学2年になった時にそこから脱皮を図って、悩みつつ手を出したのがイエスで、当時リリースされたばかりの『危機』だった。どうしてイエスを聴こうと思ったのか、今となってはさっぱり分からない。今のようにネットで、ショップで試聴してという時代じゃないし、動画なんて存在していなかった。目にしたのは雑誌の記事くらいだろうか。シングル向きじゃない長尺曲ばかりだから、ラジオのオンエアを聴いた記憶もないのだ。だが、なんか引っかかるものがあったのだろう。
制作されたのは1971年で、日本では翌年に発売されている。その時代というのは元ビートルズのメンバーはそれぞれバンドに、ソロにと活発に活動していたし、レッド・ツェッペリンやハンブル・パイを筆頭にハードロック勢も大盛り上がり。一方でマーク・ボラン率いるTレックス、デヴィッド・ボウイ、ロキシー・ミュージックらのグラムロックも人気に火が付いていた。と、英国勢ばかりが並んでしまったが、もちろん米国からはサンタナ率いるラテンロックも人気だったし、シンガーソングライター系、レオン・ラッセル、デラニー&ボニーらスワンプ・ロック、オールマン・ブラザーズ・バンドらサザンロック、バーズやザ・バンド、ニッティ・グリティ・ダート・バンドといったカントリー寄りのロックバンドも人気を集めていたものだ。本格的なウエストコーストロックが日本の洋楽市場を席巻するようになるのはイーグルスやジャクソン・ブラウンらの登場を待たねばならないが、まさに洋楽ロック界は百花繚乱の様相を呈していたものだ。そんな中でイエスをはじめとしたプログレッシブロックというのも、とんでもなく注目度は高かったものだ。
プログレッシブロックって言葉。中にはやや苦笑してしまいそうになるものもあったのだが、60年代末から70年代前半にかけて登場してきたロックバンドの中で、当時の最新鋭の楽器であったシンセサイザーを大々的に導入し、変拍子の多用やドラマチックな曲展開をし、これまた難解な歌詞でもって聴かせるものに、“先進的な”という意味で“プログレッシブロック”という呼び方をされるものがあった。そのメジャー4大バンドというのが、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、EL&P、そしてイエスだった。当時からだいぶ年月が経ってしまったいま、それがプログレッシブだったのかどうか、そろそろ再検証はされてもいいかもしれないが、EL&Pは確かにキース・エマーソンによって、イエス以上にシンセサイザーを賑やかに鳴らしたバンドだったが、音楽としてはハードロック的なニュアンスを感じさせる側面もあった。キング・クリムゾンはシンセサイザーやメロトロンを多用していた初期はどうも仰々しさが鼻につき作為的だった。先進的という意味ではむしろそういった機器から外れ、ジャズロック、フリーインプロビゼーションに傾倒していった時代のほうがクリムゾンはプログレッシブじゃないのか? では、ピンク・フロイドは? 少しマイナーな存在になるが、ジャズとロックの狭間にいたソフト・マシーンは? ドラッグ文化とリンクし、独自の呪術的なロックを展開していたデヴィッド・アレン率いるゴングは? そういえばピーター・ガブリエル、フィル・コリンズという2大メジャーアーティストを擁したジェネシスも忘れてはならないな。そういや英国のバンドばかりじゃないか…と考え始めるとキリがないのだが、それでも、イエスをプログレッシブロックとするのは、あながち的外れではないなと思う。前例がなかったスタイルであるし、その斬新さは制作から40年以上を経た現在でも色褪せていないからだ。この原稿を書くにあたり、新たにリマスタリングされたCDを取り寄せて聴いてみたのだが、40年以上前に初めてその音に接した時の衝撃が蘇るかのように、マジでぶっとばされてしまった。
イラストレーターのロジャー・ディーンが描いた幻想的なジャケットを手に、針を落とすと(Playボタンを押すと)、やがて川のせせらぎ、鳥の鳴き声が聴こえてくる。同調するようにシンセサイザーがかぶさっていく。約1分ほど経過したあたりで、フィルインするかたちでバンドによる演奏がなだれ込んでくる。この1曲目の「Close To The Edge」の劇的な立ち上がりには初めて聴いた時は心底驚かされた。ジャズの影響を感じさせるスティーブ・ハウのギター、異様なテンションで低音から高音域まで竜が暴れるようなフレーズを繰り出してくるクリス・スクワイアのベース、不思議な反復フレーズが印象的なリック・ウェイクマンのキーボード、ロックドラマーと思えない複雑なリズムを繰り出してくるビル・ブルフォードのドラム。それらが凄まじい音圧でもって押し寄せ、一気に登り詰めていくのだ。LP時代はこの「Close To The Edge」1曲(18分45秒)のみでA面が占められていた。といっても、組曲的、あるいはメドレー風な展開のこの曲は複数回の転調があり、全部で4つの楽章に分かれている。それゆえ、長いがゆえの冗長な印象はまったくない。3度目の転調となる4分あたりからようやくジョン・アンダーソンのヴォーカルが入ってくる。「一般的には短いイントロのあとにヴォーカルが入るというスタイルを、イエスはまず廃した」(スティーブ・ハウ談)というエピソードが残されている。こうした彼らなりの定義付けが斬新さを生み、また一般的なロックヴォーカリストとは違い、猛烈な楽器の応酬の狭間で荒々しくシャウトするというスタイルとは真逆の、妙な言い方をすると女性的とも言えるほど繊細に歌い込んでいくというアンダーソンの声がまた良いのだ。

A面以上に人気のあったB面の美しい組曲
「AND YOU AND I」

LP時代は「AND YOU AND I」からB面はスタートした。面の半分を占める10分09秒もの長さがある。スタジオ内でギターのチューニングをしているかのような雰囲気+喋り+音から、静かなアコースティックギターの爪弾きから、ドラム+ベースのインを合図に実に美しいオープニングを決める。何かの始まりを告げるようなストローク主体のギターに、今ではなかなか聴くことができないアナログシンセサイザー特有の温かみのあるウェイクマンのキーボードが絶妙のタイミングで絡んでくる。シンセサイザーという楽器などは、70年代前半においてはまだまだ最新機器で、その使い方も参考にすべきプレイヤーもまだ少なかったと思われるのだが、本作でのリック・ウェイクマンの演奏は、実に無理がなく、自然で上手い。それでいて、現在の耳で聴いてみても斬新なのだ。また、当時、キーボードでオーケストラのシンフォニー的効果を演出できるというのが売りのメロトロンの弱点(音の立ち上がりが遅い、室温等の環境に左右され、音程が不安的になる等)を知り抜いた上で、速いテンポの曲では使わない等、無理のない使い方をしている。同じプログレッシブバンドの中でも、初期のキング・クリムゾンのメロトロンの使い方は過剰というか大袈裟すぎて、こけおどしなものを感じてしまうのは私だけだろうか。
※メロトロンはループ状になった磁気テープにストリングス音が本体に内蔵され、キーボードを押すとスイッチが入ってテープが回転して音が再生されるという仕組み。
この曲も4つの楽章に分かれ、曲の表情がめまぐるしく展開する。静かな展開から一気に動的に、そして静的へと。楽曲の良さ、構成力はもちろんだが、卓越した演奏力を惜しげもなくというよりは、彼らは十二分に発揮する。それも、これみよがしに見せつけるのではなく、しっかり適材適所、効果的に使い切る。難易度の高い、転換の激しい曲を演奏していく上で、必然とも言える、見事なまでの演奏なのだ。
続く「Siberian Khatru」は前作『こわれもの-Fragile -』に収録され、彼らの代表曲として知られる「Roundabout」と双璧をなす大作。これさえも9分もの長さがある。エッジの効いたスティーブ・ハウのギターリフに導かれ、疾走するように曲が展開する。タメとフックを効かせた、ロック的とは言えないまでも、彼らには珍しくノリの良い、ライヴ向きとも言える曲だ。とはいえ、この曲も一筋縄ではいかない緻密なアレンジ、複雑な転調を含んでおり、鋼鉄のような結束で聴くものを黙らせてしまう。
『危機』のアルバムセールスは『こわれもの』をしのぐ米国3位、英国4位、日本でも16位と堂々たる結果を残している。こうして『サード・アルバム - The Yes Album-』以降に光彩を放ち始めた、イエスの黄金時代がいよいよ築かれることになったのだが、イエスのサウンド作りに大きく貢献することになったエディ・オフォード(エンジニア)の役割というのも、特に本作を傑作たらしめた要因ではないかと思う。特に印象的なのが“音響”や“空間性”を生かしたサウンド作り。そんなことを意識的に実践していたのは、最初にビートルズ、それからピンク・フロイド、そしてイエスくらいなものだったろうか。特に音の位相といった“聴こえ方”への工夫は、その後のXTCやダニエル・ラノワがU2やピーター・ガブリエルとの仕事で示してみせた方法に、少なからず影響を及ぼしたのではないか?と考えてみるのも一興かと思うのだが。
※2003年にリリースされたリマスター盤ではサイモン&ガーファンクルの「America」(アルバム『ブックエンド』('68)収録)のカバーの他、「Close To The Edge」の第二楽章“Total Mass Retain”のシングルバージョン、「AND YOU AND I」のAlternateバージョン、他が追加収録されている。

結成から『こわれもの』『危機』へと登
り詰めるバンドの歩み 米アトランティ
ック・レコードが契約した、初の英国ロ
ック・バンド

というわけで、傑作アルバム『危機』を紹介したわけだが、せっかく来日するのだから、『こわれもの』『危機』へと至るイエスの足跡も辿っておこう。バンドの結成は1967年、アマチュアミュージシャンのたまり場だったクラブで、ジョン・アンダーソンとクリス・スクワイアが出会ったところから始まっている。オリジナルメンバーはジョン・アンダーソン(Vo)にクリス・スクワイア(B)、ビル・ブルフォード(Dr)、ピーター・バンクス(G)、そしてトニー・ケイ(Key)の5人編成。彼らがメディアにも大きく取り上げられるようになるのは、翌1968年11月のクリームの解散コンサートの前座を務めたことだった。この時のパフォーマンスがどのようなものだったのか伝わり聞かないが、これを契機にマスコミの注目するところとなり、やがてアトランティック・レコードの総帥、アーメット・アーティガンが彼らの演奏を耳にして一発でイエスを気に入り(一説にはクリームやザ・フーのマネージメントを手がけ、RSOレコーズを立ち上げることになるロバート・スティッグウッドの後押しもあったように思われる)、翌1969年2月に同レーベルと契約する。アトランティック・レコードが英国の白人アーティストと契約した第一号が彼らだった。余談ながら、アーメット・アーティガンはイエスと契約してまもなく、レッド・ツェッペリンとも契約する。そしてイエスのデビューアルバムはリリースされるのだが、これは期待されたほどのセールスは残せていない。一方のツェッペリンはと言えば、これもほぼ同時期にデビューアルバムをリリースするのだが、こちらは予約だけで5万枚を突破し、米国ツアーではいきなりトップアクトの扱いと、イエスは大きく水を開けられる形となっている。
イエスのデビューアルバムは、後の『こわれもの』『危機』で聴かれるような緻密に練り上げられたプログレッシブサウンドとは大きく異なり、まだまだ英国ビードバンド然としたものだ。ザ・バーズやビートルズのカバー曲が含まれる他、ジョン・アンダーソンとクリス・スクワイアの作風もまだ確立されていない。内容は悪くない。全盛期のメンバーではないとはいえ、演奏力の確かさは示されているし、アンダーソン、スクワイアのコーラスワークなど、同時代のバンドの中でも飛び抜けて秀でたものを感じさせる。1970年には2ndアルバム『時間と言葉 - Time and a Word-』がリリースされるが、こちらも内容は悪くはないが、まだ個性というものが感じられない凡庸なものだ。それだからなのか、同年にピーター・バンクスが解雇され、新たなギタリストとしてスティーブ・ハウが加入し、『サード・アルバム - The Yes Album-』が発表される。スティーブ・ハウはバンクスに比べ、ジャズやカントリーの素養があり、より多彩な演奏スタイルをバンドにもたらす。そして、ソングライティングの才能も備えていたことから、以降はアンダーソンとの強力な作曲コンビが誕生することになった。このアルバムではまたオーケストラが導入され、サウンドエンジニアにも後のイエスのサウンドの確立に大きく貢献していくエディ・オフォードが関わるなど、バンドがプログレッシブロックへと大きく舵を切ったことを示すものだった。2nd作からいきなりステップを3段くらい飛び上がったような飛躍を感じさせる。贅沢を言えば、あと一歩というもどかしさを感じさせてしまうのだが。
1971年7月にはオリジナルメンバーのトニー・ケイが脱退し、バンドはすでにスタジオミュージシャンとして活躍していたキーボード奏者、リック・ウェイクマンを迎え入れる。ウェイクマンは6歳からピアノを習い始め、ロンドンの王立音楽アカデミー出身という経歴の持ち主で、在学中からポピュラー音楽に関心を示し、デヴィッド・ボウイの1970年作品『スペース・オディティ』のレコーディングをはじめ、数多くのセッションをこなした後、1970年にザ・ストローブスに加入していた。イエスに誘われた頃はキャット・スティーヴンスのシングル「雨にぬれた朝」のセッションにも参加し、話題を集めていたところだった。ウェイクマン自身はイエスの面子の力量を確かめてやろうとセッションに参加してみたところが、ブルフォード、スクワイアの強力なリズムセクション、個々のスキルの高さに成功の可能性を感じ、即座に参加を決意したという。こうしてウェイクマンを加えたイエスはその年のうちに『こわれもの-Fragile -』を発表する。
アルバム制作、そしてメンバーチェンジ、そして再びアルバム制作と、全てが1年毎というタームのうちに起こっているのだが、その間には旺盛なコンサートツアーも続けていたわけで、まるで休息することなく活動を続けるバンドの凄まじいエネルギーを感じさせるものだ。メンバーのインタビューに目を通すと、当時はほとんどツアー中に曲が作られ、その合間を縫ってデヴォン州に借りていた田舎家でリハーサルを繰り返すものだったという。まぁ、何となくメンバーの顔を見ていると真面目そうだし、これだけの緻密な演奏する人たちだから禁欲的な生活をしていそうな気はする。たぶん、同時代のロックミュージシャンが陥ったドラッグやアルコール、その他の雑事に、彼らはほとんど関わることもなかったのかもしれない。
『こわれもの』は次作となる『危機』や以降のイエスの特長となるトータルコンセプトなアルバムの体裁はまだとられていない。トニー・ケイ在籍時から曲は作られていたと想像されるのだが、スティーブ・ハウ、リック・ウェイクマンのソロ演奏に示されるように、一説にはレコーディングできる曲のパーツをかき集めてのことだったと聞く。とはいえ、新体制で臨んだレコーディングは全9曲、「Roundabout」を含む、その後のバンドのライブにおける重要なレパートリーとなっていく代表曲を数多く含むそれぞれが、複雑にして一筋縄でいかない凝りにこった内容であり、恐るべきテンションで演奏される。まさに才気煥発。才能がほとばしっている。短期間であっても、テクニックと感性に秀でたメンバーが揃えば、これほどまでに完成度の高い作品が生み出せてしまうものかと思わせられるほどに、名前こそ同じだが、前作までとはまったく別のバンドが存在している感じだ。『こわれもの』はアルバムのカバーデザインをロジャー・ディーンが担当する最初の作品にもなった。本作を彼らの最高傑作とする人も多く、私もそれもいいかなと心が揺れる時がある。ぐいぐい押してくる曲が多いという点では、ライヴ向きな曲が並んでいるとも言えるのだ。アルバムチャートでは英国7位、米国で4位を記録するなど、大成功作となり、バンドは一躍スーパーバンドとして世界クラスのバンドへと登り詰める。日本でも1972年に発売され、オリコンチャート22位を記録している。そして、その年のうちに、バンドはその程度の成功では納得しないとでも言うのか、息つく暇もないかのように次作『危機』の制作へと取りかかるのだ。

来日公演に備えて、予習復習に『イエス
ソングス-Yessongs-』もおすすめ

11月の『こわれもの-Fragile -』『危機-Close to the Edge-』完全再現ライヴに関連して書いておくと、イエスの初来日公演は1973年3月に実現している。バンド事情としてはすでにビル・ブルフォードがバンドを脱退し、ドラマーはアラン・ホワイトに交代していたものの、『危機』が発売された翌年のことで、人気は最高潮に達し、絶好のタイミングで実現した来日公演だった。来日公演後の2カ月後に、彼らの初のライヴアルバム『イエスソングス-Yessongs-』が発売されたのだが、それは来日公演を体験できた/できなかったファンに関係なく、世界中のリスナーの度肝を抜く内容だった。要するに、ライヴでアルバムの収録曲が完全再現されていたからだ。ワールドツアーで世界各地で行なわれたコンサートの中から、選りすぐりの(メロトロン等、機材セッティングがうまくいった公演からだろうか)トラックで構成されたものは、ほぼその時期のライヴのセットリストを満たすものだったのだが、ビル・ブルフォード在籍時のものとされる3曲が含まれ、このバンドにドラムが果たした役割、その影響の違いが感じられるものにもなっている。個人的にはアラン・ホワイトは上手いドラマーには違いないが、ビル・ブルフォードと比べるとプログレッシブさに欠けるという印象がある。ライヴだからスタジオレコーディングで施された音響効果、演奏のピッチ…等々はもちろん完全に再現などできてはいないのだが、「完璧に演奏するのが義務」(スティーブ・ハウ談)と当事者が語るように、微妙なミスはおろか、一分の隙もない、凄まじいばかりの緊迫感とテンションで、バンド全員がステージであろうがスタジオであろうが関係ないとばかりに、脇目もふらずに楽曲に向き合っている様子が記録されている。こんな演奏を目の前で見せつけられたら、放心状態になってしまうんではないだろうか。いや、コンサートに行く予定がなくても『こわれもの』と『危機』は必聴、必携アルバムではあるけれど、ついでに『イエスソングス』も、彼らのライヴの凄まじさを知るには打って付けのアイテムだということでお勧めしておこう。
1990年にはジョン・アンダーソン、ビル・ブルフォード、リック・ウェイクマン、スティーブ・ハウらによる“ABWH”(バンドの名義ライセンスを持つクリス・スクワイアがイエス名義での活動を許可しなかったと言われる)の来日公演があり、文字通り70年代初期イエスの4人が集結し、イエス・クラシックを演奏するということでファンを喜ばせた。ちなみにベースはキング・クリムゾン、ピーター・ガブリエルとの活動でも知られる名ベーシスト、トニー・レヴィンが務めた。私もNHKホールで行なわれた公演を観ていたのだが、さすがに70年代とは機器、テクノロジーの進歩が陰を落としているというか、ビル・ブルフォードがシンセドラムを叩いているのに少し落胆した覚えがある。妙に上品な音というか、サウンドにダイナミズムが感じられなかったのだが、それでもひらめきの塊のような変拍子の妙、再現される『こわれもの』『危機』からの名曲群には胸が熱くなったものだ。それからでも25年が経過した現在、彼らがどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、楽しみだ。

著者:片山 明

OKMusic編集部

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