ソウル変革を成し遂げたマーヴィン・
ゲイの不朽の名作『What's Going on

リスナーを煽ったり、超絶テクニックを見せつけるタイプのミュージシャンであれば、そのすごさや革新性を理解するのは比較的容易いと思う。しかし、あまり目立たなかったり、超絶なのに技術をひけらかさないタイプは受け手がすぐに評価できるかというと、なかなか難しい…。アメリカのソウル界においては、ジェームス・ブラウンやスライ・ストーンは確実に前者であり、今回取り上げるマーヴィン・ゲイは後者になるのかもしれない。僕が最初に本作を聴いた時、自他ともに認めるハードロック少年だった。だから、極めて普通(しばらく後で間違いに気付くのだが…)っぽいマーヴィンの音楽が物足りなく感じたものだった。それから数年後、いろいろな音楽と出合い、自分でも楽器を演奏するようになってから、このアルバムをもう一度聴いてみると、そのすごさに震えたのである。それからは数え切れないぐらい聴くようになり、いつの間にか自分のオールタイムベストの一枚となっていた。それが今回紹介するマーヴィン・ゲイの『What's Going on』というアルバムだ。

ヒット曲を量産したモータウン・レコー

マーヴィンが所属していたのは、モータウン・レコード(1)というソウル専門のレーベル。このレーベル、乱暴な言い方をしてしまうと、ジャニーズ事務所とか、つんく♂のハロプロ、はたまた秋元康のAKB46ら、アイドルを抱えた芸能事務所的な存在であった。抱えていたスターは、ダイアナ・ロスが在籍したスプリームス(かつてはシュープリームスと呼ばれた)、子供時代のマイケル・ジャクソンが在籍した兄弟グループのジャクソン5や、テンプテーションズ、スティーヴィー・ワンダー、スモーキー・ロビンソン、マーヴィン・ゲイ、ライオネル・リッチーなど、黒人ばかりのアーティストたちにもかかわらず、全米に向けてポピュラーヒットを量産するレコード会社で、60年代中頃には大手レコード会社と肩を並べるほどに成長している。
会社のオーナーはベリー・ゴーディ・ジュニアで、曲作りを任せるライターチームや演奏を任せるミュージシャンを、会社の専属として雇うなど、ヒットを短期間に量産できる体制を作り上げた彼の功績は大きい。おそらく、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川は、ゴーディの経営手法をかなり取り入れていると思われる。

「昭和枯れすすき」もしくは「男と女の
ラブゲーム」

もともとマーヴィンは、フランク・シナトラやナット・キング・コールのようなポピュラー歌手を目指しており、最初のうちはあまり売れなかったが、60年代中頃に組んだタミー・テレルとのデュエットコンビで、一気にスターになっている。その頃の音楽性は、分かりやすい例で言えば、さくらと一郎の「昭和枯れすすき」とか、日野美歌と葵司朗の「男と女のラブゲーム」あたりの感じだと思う…ほんまかいなwww。
ところが人気絶頂だった1970年、タミー・テレルが脳腫瘍のために亡くなってしまう。マーヴィンは彼女の死のショックから立ち直れず、何もできなくなり、1年以上も休養することになってしまった。

公民権運動とベトナム戦争の影響とニュ
ーソウルの台頭

多忙を極めていた彼が、この休養によってさまざまな音楽と触れ合いながら、当時の公民権運動(2)やベトナム戦争(3)など社会の動向まで見据えることによって、その後の音楽人生は大きく変化することになる。
ちょうどこの頃、スティーヴィー・ワンダー、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、カーティス・メイフィールド、ダニー・ハサウェイら、黒人としてのメッセージを掲げて、次々に新しいソウル(ニューソウル)が生まれようとしていた。特に、ダニー・ハサウェイのデビュー作『Everything Is Everything』(’70)は、それまでの黒人音楽には存在しなかったシンガーソングライター的なスタンスで、70年代ソウルの進むべき道を示した作品として、マーヴィンにも大きな影響を与えたはずだ。

会社の意向に沿わなかった先行シングル

モータウンで、初期にはスタジオミュージシャン(ドラムス)やソングライターとしても活動していたマーヴィンは、バックミュージシャンやソングライターチームと意見交換しながら、自分の考える音楽を形にしようとしていた。ただ、彼の考える音楽は、それまでのモータウンのイメージ(誰が聴いても心地良い当たり触りのないサウンド)を覆すような、社会性を持った作品であっただけに、オーナーのゴーディと激しく対立、モータウンを辞めることすら考えるのだが、なんとかオーナーを説得し(ストライキまでやっている)、反戦を歌ったシングル曲「What’s Going on(邦題:愛のゆくえ)」を発表する。
リリースされたシングル「What’s Going on」は、モータウンの記録を塗り替えるほど売れに売れた。これを知ったゴーディは文句を言わなくなり、自ら追加プレスの指示さえ出している。ビルボードで総合2位、同ソウルチャートでは1位、キャッシュボックスでも1位に輝いているのだから当然の結果だろう。

トータルアルバムとしての魅力

シングルの成功に続いてリリースされた本作は、たぶんソウルのレコードとしては初めてのコンセプトアルバムとなっている。アルバムを通して、何度か“What’s Going on”のリフが登場するが、反戦や公害、貧困などの社会問題について、マーヴィンの思いが歌詞に乗って明確に表現されている。
収録曲は全部で9曲。シングルヒットはタイトルトラックを含め3曲あるが、できればアルバムを通して聴いてほしい。本作が名盤なのは、各曲の仕上がりがどうこうというよりは、マーヴィンの思想がアルバム全編を貫いているからだ。

アルバムの名声を不動のものにしたバッ
クミュージシャン

しかし、このアルバムが名盤となったのは、そういった社会性やマーヴィンの思いだけではなく、バックの演奏とアレンジがそれまでにない新しいものであったからだ。
ベースのジェームズ・ジェマーソン、ドラムスのベニー・ベンジャミン、キーボードのアール・ヴァン・ダイクが中心のファンク・ブラザーズと呼ばれるモータウンの専属バックグループが、マーヴィンの考える”サウンド”を形にできたことで、本作以降にリリースされるソウル音楽全体への影響が決定的なものとなる。特にベースとドラムの演奏は、録音も含めてロックをはじめとするポピュラー音楽全般に影響を与えたと言っても過言ではないだろう。それほどの卓越したプレイが本作にはつまっているのだ。これは、マーヴィン自身がバックミュージシャン出身であったことが大きい。
本作にはバックミュージシャンのクレジットが入っているのだが、これはモータウンの作品では初めてのことだった。ゴーディにしてみれば、売れるシンガーさえクレジットされていれば十分だと考えていたのだろうが、マーヴィンは本作に参加したミュージシャンたちのすごい演奏に敬意を表したかったに違いない。このあたりにも、マーヴィンのロックスピリットを明確に感じる。

『What's Going on』以降のソウル

本作がきっかけとなって、スティーヴィー・ワンダーはコンセプトアルバム作りに目覚めるし、カーティス・メイフィールドやダニー・ハサウェイの作品もニューソウルとして認知されるようになる。本作の影響は、現在までずっと続いており、ブラックコンテンポラリーのシンガーたちをはじめ、プリンス、ミニー・リパートン、ローリン・ヒル、ビヨンセなど、よく知られた黒人アーティストや、ジェームス・テーラー、キャロル・キング、ボズ・スキャッグスなどにまで及び、ロックやポピュラーに携わる多くのミュージシャンに絶大な示唆を与えている。
本作に興味を持ったなら、ファンク・ブラザーズにスポットをあてたドキュメンタリー映画『永遠のモータウン』や「What’s Going on」のカラオケが収録されたCD『ベスト・オブ・ファンク・ブラザーズ』もチェックしてほしい。モータウンをネタにした映画『ドリームガールズ』も秀作なので、ぜひ!

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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