これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

ギタリストとしての魅力ならジョン・
メイヤー・トリオ名義の『トライ! 
ライブ・イン・コンサート』が一番!

『トライ! ライブ・イン・コンサート』(’05)/John Mayer Trio

『トライ! ライブ・イン・コンサート』(’05)/John Mayer Trio

21世紀に入ってから、スーパーギタリストに注目が集まることが増えた。その功労者はデレク・トラックスやトレイ・アナスタシオであり、今回紹介するジョン・メイヤーもそのひとり。ソロ名義の作品はソウルやヒップホップの香りのするポップロックであるが、ジョン・メイヤー・トリオ名義のアルバムでは、ロックスピリットに満ちた骨太のサウンドが聴ける。2005年にリリースされた『トライ! ライブ・イン・コンサート』は、ロックアーティストとしてのジョン・メイヤーが堪能できる傑作ライヴ盤だ。

ポップアーティストとしてのメイヤー

2001年にリリースされたジョン・メイヤーのデビュー作『ルーム・フォー・スクエア』を聴いた時、流行りのポップロックだという印象しかなく、アメリカだけで400万枚以上も売れていることが理解できなかった。確かに歌はべらぼうに巧いし、曲作りもデビュー時にすでに完成されていて、プロフェッショナルさは感じたが、はっきり言ってアメリカにそんな奴はゴロゴロいるからね。しかし、新人で400万枚というセールスは圧倒的なものだけに、彼には日本に住む僕には分からない、ファンを熱狂させる何か秘密があるのかもしれないと思い始めていた。デビューアルバムからシングルカットされた「ノー・サッチ・シング」や「ホワイ・ジョージア」は全米のラジオ局でオンエアされ大ヒット(日本ではそこまで売れていない)、彼のツアーチケットも完売が続き、ますます人気はアップしていく。
ノストラダムスの予言ははずれ、人類は滅亡せずに新世紀に突入したわけだが、その頃のアメリカのロック界は、デレク・トラックスやジョン・フルシアンテ(レッチリのメンバー)、トレイ・アナスタシオ(フィッシュのメンバー)など、60〜70年代初頭を彷彿させるスーパーギタリストが登場し、長尺曲を演奏するジャムバンドのようなスタイルに人気が集まっていた時代である。ジャック・ジョンソンやドノヴァン・フランケンレイターのように、アコースティックな感覚を活かしたオーガニックスタイルも注目されていて、時代はまさに60年代のフラワージェネレーションへと逆行していたような雰囲気であった。
2003年、メイヤーのセカンド作『ヘヴィアー・シングス』がリリースされた。この作品もアメリカだけで300万枚のセールスとなり、全米チャート1位を獲得、シングルカットされた「ドーターズ」でグラミー賞を受賞、この頃からは日本でも人気を集めるようになった。このセカンドは前作よりもヒップホップやソウルに影響されるようになっており、骨太になった印象を受けたことは間違いないが、それでもまだ僕は彼の人気の秘密は理解できないでいた。

『クロスロード・ギター・フェスティバ
ル』の驚くべき演奏

2004年、エリック・クラプトンが凄腕ギタリストを集めた『クロスロード・ギター・フェスティバル』の記念すべき第1回目が開催された。このフェスは先に述べたようにスーパーギタリストに人気が集まっていた時期だけに、大きな話題となった。参加メンバーもブルース、ロック、カントリー、ブルーグラス、ジャズ、フュージョンまで、アメリカを代表する世界的ギタリストがこぞって参加していて、老いも若きも楽しめる文字通りのお祭りであった。さすがクラプトン、フェス出場者の人選は文句なしの…はずだった。でも、プログラムを見ると、こんなところにジョン・メイヤーの名前が挙がっている。彼以外はギタリストとしての知名度も名声もあるアーティストばかりなのに、ポップロッカーのメイヤーが出ていることに僕は違和感を感じていた。
ところがフェスでのメイヤーの演奏を聴いて、ようやく全てが理解できたのである。デビュー作にもセカンド作にも収録されていないブルースギタリストとしての彼がそこにいた。それはスティーヴィー・レイ・ヴォーンのような粘っこいソロと、ファンク寄りのパワフルなリズムカッティングの両面を併せ持つ素晴らしいギタープレイであった。彼はスタジオとライヴとのパフォーマンスをあえて変えるタイプなのだろう。彼のすごいアルバムセールスの秘密が、ライヴパフォーマンスにあったことを初めて僕は認識したのである。
このフェスを観てぶっ飛んだ僕は、改めて『ルーム・フォー・スクエア』と『ヘヴィアー・シングス』を聴き直した。すると、『ヘヴィアー・シングス』に収録の「Only Heart」には彼のブルースフィールあふれるギターワークが収められていた。抑えてはいるけれど、スーパーギタリストとしてのメイヤーが確かにそこにいたのである。要するに彼はシンガーソングライターとギタリストという二足の草鞋を履いているのだ。まるで、大谷翔平のように。僕はブルースギタリストとしてのメイヤーが好きなので、彼がギタリストとしてアルバムを作るのを待つことにした。

本作『トライ! ライブ・イン・コンサ
ート』について

僕の気持ちを汲んでくれたのか、そのチャンスはすぐにやってきた。メイヤーは2005年、彼のギターパフォーマンスを中心にしたグループ、ジョン・メイヤー・トリオを結成する。ドラムにはザ・ローリング・ストーンズやニール・ヤングのツアーメンバーとしても知られる、現代最高の奏者のひとりであるスティーブ・ジョーダン。ザ・フー、ジュリア・フォーダム、ジェフ・ベック他数多くのセッション作で知られるピノ・パラディーノがベースで参加、まさにスーパートリオである。
アルバムに収録されているのは全部で11曲。最初から最後までトップギアで飛ばしまくり、弾きまくっている。彼のギターが好きな者にとっては、文句なしの1時間だ。メイヤーのスタジオ作品しか聴いたことがない人間からすると、おそらく別人だと思うだろう。それぐらい別の音楽である。ロックスピリットにあふれたガッツのあるプレイはアドレナリン全開で、あっと言う間に終わってしまう印象だ。ライヴだけに普通は少しぐらい粗が目立つものだが、そこは本物のスーパートリオだけに、高度なパフォーマンスを繰り広げ、躍動感に満ちている。
ブルースナンバーが少ないのが意外だが(本当はもっとブルースやりたかったと思うけど、プロデューサーあたりからヒット曲も入れてくれとか言われたんだろうなあ…)、表の顔はポップロックのアーティストなので、そこは仕方ないところ。
収録曲のうち、レイ・チャールズとジミヘンのカバーが1曲ずつで、以外はオリジナルで勝負している。『ヘヴィアー・シングス』に収録されたヒット曲「ドーターズ」はサザンソウル風のアレンジになっていて、僕はオリジナルよりも本作の演奏のほうが好きだ。アルバムのサウンドはロックナンバーについてはエリック・クラプトンの影響を受けていて、ブルースナンバーではスティーヴィー・レイ・ヴォーンの影響が見られる。メイヤーとしては本作をオマージとして彼らに捧げたのかもしれない。
本作は優れたライヴアルバムであり、時代錯誤的ではあるが痛快なロックアルバムだ。本作以降はソロ作品もポップロック志向ではなく、カントリーやブルースといった自身のルーツと向き合っているのだが、おそらく本作をリリースすることで、メイヤーは自分が何をすべきなのかをしっかりと把握したのだろう。セールス的にはもちろんソロ作が良いのだろうけど、僕としてはジョン・メイヤー・トリオ名義の新作をリリースしてほしいと願っている。

TEXT:河崎直人

アルバム『トライ! ライブ・イン・コンサート』2005年作品
『トライ! ライブ・イン・コンサート』(’05)/John Mayer Trio

OKMusic編集部

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