日本の洋楽シーンをルーツ志向に
シフトさせたニッティ・
グリッティ・ダート・バンドの
『アンクル・チャーリーと
愛犬テディ』

『Uncle Charlie and His Dog Teddy』(’70)/Nitty Gritty Dirt Band

『Uncle Charlie and His Dog Teddy』(’70)/Nitty Gritty Dirt Band

今、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドのことを知っている人がどれだけいるのかは分からないが、彼らの音楽が70年代前半の日本のポピュラー音楽シーンに与えた影響はすごかった。アメリカのポピュラー音楽のグループとして、77年に初めてロシア(当時はソビエト)でコンサートを開催するなど、アメリカでは国民的なスターである。1966年にグループが結成されてから何度もメンバーチェンジは行なわれているが、現在まで解散はせず、50年以上の長きにわたり活動している。今回は彼らが1970年にリリースした5作目となる傑作『アンクル・チャーリーと愛犬テディ(原題:Uncle Charlie and His Dog Teddy)』を取り上げる。

素朴なジーンズミュージック

僕が彼らのことを知ったのは中学2年生の時。それまではブリティッシュ系のハードロックやプログレばかり聴いていたのだが、ある時ラジオでオンエアされたのがニッティ・グリッティ・ダート・バンドの「ミスター・ボージャングル」であった。もちろん、最初はグループ名もタイトルも覚えられなかったが、この曲自体はすぐに好きになった。それまでロックでは馴染みがなかったフラットマンドリンやアコーディオンなどを使っていたせいか、演奏自体が新鮮だったし、何より叙情的な美しいメロディーに引き込まれた。

この「ミスター・ボージャングル」はニューヨークのフォークシーンで人気のあったジェリー・ジェフ・ウォーカーの代表曲で、ジャズ、フォーク、ロック、ソウル、ポップスなどまで幅広いジャンルのシンガーやグループにカバーされているアメリカを代表する名曲のひとつ。中学2年当時、そのことを知りアメリカの音楽にも興味が沸いてきた。

70年代前半、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドが演奏するような土臭い音楽が日本でも流行っていて、山本コウタローとソルティシュガーのヒット曲「走れコウタロー」をはじめ、「気楽に行こう」(鈴木ヒロミツ)、「家を作るなら」(加藤和彦)、「ケンとメリー 〜愛と風のように〜」(BUZZ)など、コマーシャルソングでも素朴なサウンドが流れていた。特に「家を作るなら」は子供が聴いても、明らかに「ミスター・ボージャングル」をネタに作られていることが分かったぐらいである。これらの素朴でフォーキーなテイストを持つ音楽をフォークロックやカントリーロックと呼ぶ。当時ジーンズミュージックという呼び方をしているレコード会社もあったが、あまり定着はしなかった。

カントリーロックとブルーグラスロック

60年代を全速力で駆け抜けた高度成長期も70年代に入り、日本人は疲れていたのだ。素朴で土臭く、くつろげるような音楽が必要な時代だったのだと思う。アメリカでも似たような状況であったのか、奇しくもイーグルスのデビュー曲「テイク・イット・イージー」(’72)もバンジョーがフィーチャーされ、先ほど挙げた日本のポピュラー曲のように、土臭くアーシーなところがよく似ていた。本当は日本のミュージシャンたちがアメリカのカントリー系のロックに影響されていたわけなのだが、小坂忠の『もっともっと』(’72)、細野晴臣の『HOSONO HOUSE』(‘73)、はちみつぱいの『センチメンタル通り』(’73)など、和製カントリーロックの名盤は数多い。

しかし、イーグルスやバーズらに代表されるカントリーロックとニッティ・グリッティの音楽は少し違う。ニッティ・グリッティはカントリー的な要素は少なく、もっと土臭いブルーグラス音楽に影響を受けている。カントリーとブルーグラスをごっちゃにしたような解説をよく見かけるが音楽的にはかなり違う。ブルーグラスは、バンジョー、フラットマンドリン、フィドル、ギター、ベース、ドブロあたりのアコースティックな楽器(電気楽器を使う場合もある)が使われており、カントリーは電気楽器を主に使っている。

カントリーロックはフォークやカントリーの要素が大きく、ザ・バーズの『ロデオの恋人(原題:Sweetheart Of The Rodeo)』(’68)、ポコの『ピッキン・アップ・ザ・ピーセズ』(’69)、イーグルスの1枚目『イーグルス・ファースト』(’72)、ニュー・ライダース・オブ・ザ・パープル・セイジの『パワーグライド』(’72)などが代表的な作品だろう。それに対してブルーグラスをベースにしたロック(すなわちブルーグラスロック)はディラーズの諸作品や、ブルー・ベルベット・バンドの『スウィート・モーメンツ』(’69)、ディラード&クラークの『ファンタスティック・エクスペディション・オブ・ディラード&クラーク』(’68)、エリック・ワイズバーグ&デリヴァランスの『ルーラル・フリー・デリヴァリー』(’73)などがあるが、日本ではリアルタイムでリリースされたものは少ない。

カントリーロックは日本でも数多くリリースされているのに、ブルーグラスロックが日本であまりリリースされていないのは、ひと言で言えばポップさが足りないからである。しかし、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドはブルーグラスの楽器を使いながら、ポップなテイストを前面に押し出すことで、ブルーグラスロックを提示することができたのである。ちなみに、彼らは後の72年にリリースする『永遠の絆(原題:Will the Circle Be Unbroken)』(LP時代は3枚組)で本物に近いブルーグラスに取り組み、それが日本でも大いに売れ、ブルーグラス人口(大学生が中心)の増加にひと役買ったという事実がある。

ニッティ・グリッティ・ダート・バンド
の歩み

ジェフ・ハンナとジミー・ファッデンが中心となってグループが結成されて、今年で52年になる。それだけでもすごいことだが、最初は売れないジャグバンド音楽のグループであった。初期にはジャクソン・ブラウンが在籍していたこともあったが、デビュー作の『ニッティ・グリッティ・ダート・バンド』(’66)から4作目の『アライヴ』(’69)まではたいしたセールスにはならず、メンバーの入れ替えも度々あった。69年に才能豊かなジム・イボットソンが加入した頃から、グループの音楽が上向きになっていく。これまでのジャグバンド的なサウンドから、ロックグループへと本格的に移行したのである。

本作『アンクル・チャーリーと
愛犬テディ』について

そして、70年にリリースされたのが本作『アンクル・チャーリーと愛犬テディ』だ。レトロなアメリカを表現した秀逸なふたつ折りジャケット(LP)の表側にはグループのメンバーは写っておらず、アルバムのコンセプトを象徴するアンクル・チャーリーと愛犬テディが主役である。当時、ふたつ折りのエンボス付きジャケットは豪華に見えたが、今振り返ってもこれだけの見事なジャケットは少ない。アルバムデザインはニルソンやリンダ・ロンスタットも手掛けたディーン・トーレンスである。

収録曲は短い曲やアンクル・チャーリーのインタビューなどもあって21曲ある。なんと言っても本作は名曲揃いで、前述したジェリー・ジェフ・ウォーカー作の「ミスター・ボージャングル」、マイク・ネスミスの「サム・オブ・シェリーズ・ブルース」と「近親(原題:Propinquity)」、ケニー・ロギンスの「プー横丁の家(原題:House at Pooh Corner)」、ランディ・ニューマンの「リビング・ウイズアウト・ユー」といった絶対的な名曲を始め、バンジョー、マンドリン、アコーディオン、ハーモニカなどルーツ音楽で使われる楽器を駆使して、ロックンロール、フォークロック、ブルーグラス、ジャグバンド、ハードロックなどを楽しげに演奏している。土臭いナンバーは多いが、ヴォーカルの西海岸っぽいさわやかさで、ポップ感覚を前面に押し出しているから誰もが聴きやすく仕上がっている。この軽快なポップ感覚が彼らの最大の特徴だろう。そして、コーラスも素晴らしい。

また、バンジョーを弾くジョン・マッキューエンは、ツインバンジョーやクラシックまで演奏するなど、このアルバムがリリースされるまで誰もやっていなかった試みを披露しており、本作でかなり大きな役割を担っていると言える。

このアルバムがリリースされてから、日本のロックアーティストの多くがニッティ・グリッティ化し、アメリカンルーツにのめり込んでいった。特に「ミスター・ボージャングル」(全米チャート9位)は日本やイギリスのロックシーンに大きな影響を与えた。ちなみに、当時無名だったケニー・ロギンスの曲を4曲も取り上げ、ロギンスが認められるきっかけを作ったのも本作である。

『アンクル・チャーリーと愛犬テディ』は70年代アメリカンロックの進む方向を示唆したエポックメイキングな傑作であり、収められた数々の名曲は今も全く色褪せていない。

TEXT:河崎直人

アルバム『Uncle Charlie and His Dog Teddy』1970年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. サム・オブ・シェリーズ・ブルース/Some Of Shelly's Blues
    • 2. 放蕩息子の帰郷/Prodigal's Return
    • 3. 治療/The Cure
    • 4. トラベリン・ムード/Travelin' Mood
    • 5. チッキン・リール/Chicken Reel
    • 6. ユーコン鉄道/Yukon Railroad
    • 7. リビン・ウィズ・アウト・ユー/Livin' Without You
    • 8. クリンチ・マウンテン・バックステップ/Clinch Mountain Backstep
    • 9. レイブ・オン/Rave On
    • 10. ビリ・イン・ザ・ロウ・グラウンド/Billy In The Low Ground
    • 11. ジェシー・ジェームス/Jesse James
    • 12. アンクル・チャーリー・インタビュー/Uncle Charlie Interview
    • 13. ミスター・ボージャングルズ/Mr. Bojangles
    • 14. 作品36番・クレメンティ/Opus 36
    • 15. サンタ・ローザ/Santa Rosa
    • 16. 近親/Propinquity
    • 17. アンクル・チャーリー/Uncle Charlie
    • 18. ランディ・リン・ラグ/Randy Lynn Rag
    • 19. プー横丁の家/House At Pooh Corner
    • 20. スワニー・リバー/Swanee River
    • 21. アンクル・チャーリー・インタビュー#2〜ジ・エンド/スパニッシュ・ファンダンゴ/Uncle Charlie Interview #2 - The End / Spanish Fandango
『Uncle Charlie and His Dog Teddy』(’70)/Nitty Gritty Dirt Band

OKMusic編集部

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