10ccの代表作と言えば、ロック史上に
残る名曲「I'm Not In Love」を収録
した『オリジナル・サウンドトラック

世代を問わず、誰もが1回は聴いたことがあるはずの「I'm Not In Love」。しかしながら、この曲を歌っていたのが誰だったのかは、意外と知られていない。もちろん、オリジナルはここで取り上げる10cc。彼らはスタジオミュージシャン出身のベテランだけに、優れた楽曲作りだけでなく演奏面でも当時のロックグループとしては抜きん出た存在であった。メンバーは4人、基本的にはグレアム・グールドマンとエリック・スチュアートの2人がポップスの王道をいく楽曲作りを手がけ、ロル・クレームとケビン・ゴドリーの2人が楽曲作りの他、ロック感覚にあふれたアレンジを手がけるという役割で活動を行なっていた。そんな10ccのオリジナリティーが玉手箱のように詰め込まれた傑作が、架空の映画音楽としてリリースされた『オリジナル・サウンドトラック』だ。

多様化を極めた70年代ロック

60年代の終わりから70年代中頃の期間は、ロックが飛躍的に進化した時代である。プログレッシブロック、カントリーロック、ハードロック、サイケデリックロック、グラムロック、サザンロックなど、ほぼ全てのスタイルがこの時期に生まれ、多くの名盤がリリースされていた。優れた作品と出会えるとあって、当時の多くの若者たち(僕も含めて)がロック三昧の日々を送っていた。
しかし、革新的なロック作品が毎日のようにリリースされると、良いことばかりではなく悪いことも起こる。世界中の若者たちがロックを支持することで、大手レコード会社は多大な利益を得て巨大化し、会社を維持するためにどんどん“売れるロック”を作り続けなければならない。その結果どういうことが起こるかと言うと、大規模の宣伝を通してリスナーを洗脳したり、映画やテレビ、一般企業等とタイアップすることで売上げを伸ばすといった、ある意味で“ロックスピリット”とは相反する営業戦略が取られることになるのである。
70年代中頃には、1千万枚単位の売上げとなるアルバムが続出するのだが、もちろんこれは前述したように大手レコード会社の商業政策によるもので、音楽性が高いから、革新的なアルバムだからという理由ではない。残念なことではあるが、レコード会社も企業である以上、大きな収益をあげるために仕方のないことではあった。
これら大レコード産業によるロックの商業化に反発したミュージシャンやリスナーらが、このあとすぐに“パンクロック”で反撃に出ることになるのだが、10ccの『オリジナル・サウンドトラック』はちょうどロックの変換期にあたる75年にリリースされたアルバムで、パンクロックが世界的に認知されるようになる、ほんの1年ほど前のことである。

全英1位に輝いた「I'm Not In Love」の
実験性

10ccが目指していたのは、巧みなバンドアンサンブルとコーラスワークを中心にした王道の…ではなく、ヒネリのあるポピュラー音楽である。言い換えれば、王道のポップスに実験的な要素を付け加えたサウンドだ。
本作ではサンプリング機器がまだ存在しない時代にもかかわらず、多重録音やテープループなどを駆使しサンプリング的な効果を出している。おそらく彼らは気の遠くなるような時間をスタジオで過ごしたに違いない。大ヒットした「I'm Not In Love」(1)では、そのままで十分な名曲であるにもかかわらず、厚みのあるコーラスやヴォーカル効果を付加するために、驚くような手間をかけて録音している。
エルトン・ジョンやカーペンターズが歌っても不思議でないぐらい上質なポップスに、グループの持ち味であるヒネリを加えることで、ロックのテイストをしっかり重ね合わせることに成功しているのだ。アメリカのミュージシャンでこの感覚に近いのはビーチボーイズ、スティーリー・ダン、トッド・ラングレンあたりだが、イギリスのグループでは彼らの他にはクイーンぐらいしか思い当たらない。

『オリジナル・サウンドトラック』の独
創性

75年、シングルリリースされた「I'm Not In Love」は全英1位、全米2位と大ヒットした。この曲のすごさは単に1975年にヒットしたというだけでなく、2016年の今でも愛されているところにある。この曲をカバーしているアーティストは星の数ほどいるし、どこかの国では今もコマーシャルで使用されているはずで、彼らのプロフェッショナルぶりが窺える普遍的な名曲だ。また、彼らがいかにポール・マッカートニーに影響されているのかがよく分かるサウンドだ。
しかし、本作はこの曲の栄光で成り立っているわけではない。アルバム冒頭の8分以上に及ぶ組曲「パリの一夜」は圧倒的なコーラスワークで聴く者を惹き付ける(クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」は、この曲にインスパイアされたのかもしれない)。2曲目が前述の「I'm Not In Love」。ファンキーなリズムの3曲目「ゆすり」は、珍しくスライドギターが活躍するアメリカっぽいサウンドで、彼らの幅広い音楽性がよく分かるナンバーだ。続くディープ・パープル・ミーツ・ポール・マッカートニーみたいな「2度目の最後の晩さん」も面白いし、オペラ風の「ブランド・ニュー・デイ」はアルバム中、最も美しい曲だろう。エイジアに影響を与えたと思われる「フライング・ジャンク」、ポップでお茶目な「人生は野菜スープ」と続き、イタリアのカンツォーネ(2)風の大作「我が愛のフィルム」で幕を閉じる。
本作はとにかく完成度が高く、聴き飽きない。グループの4人とも、メロディーメイカーとしての才能が並外れているし、ゴドリーとクレームのエンジニアとしての稀有な実力が大いに発揮されたアルバムだと言える。当時、本作はミュージシャンや評論家の間では大いに認められたが、「I'm Not In Love」以外は、その革新的で不思議なサウンドのせいか、あまり一般受けはしなかった。
76年、残念ながらケビン・ゴドリーとロル・クレームは、アタッチメント制作(後述)のためという理由で脱退、この後はゴドリー&クレームとして活動、スタジオの魔術師として音楽活動だけでなく、ミュージックビデオの制作でも頭角を表し、数多くの賞を受賞している。また、2人で開発したギター用アタッチメント『ギズモ』は、ゴドリー&クレーム名義のアルバムで使われ、シンセサイザー的な音が出せることで一時話題になったが、80年代になって安価なシンセサイザーが入手可能になると廃れてしまった。
結局、10ccの名前はグレアム・グールドマンとエリック・スチュアートの2人が引き継ぐことになった。現在はグールドマンのみが在籍している。ファンの間では、グールドマンらの10ccが表10cc、ゴドリー&クレームを裏10ccと呼んで、どちらも認知しているところが面白い。
今月の28日には大阪、29〜30日には東京(どちらもビルボード)で来日公演があるので、興味のある人はぜひ足を運んでもらいたい。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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