フー・ファイターズの『ソニック・ハ
イウェイズ』は、アメリカ音楽全体を
俯瞰した大作

2014年にリリースされたフー・ファイターズの8thアルバムは、アメリカのポピュラー音楽を生み出してきた著名な8つの土地に出向き、レコーディングされた作品だ。各地で収録された全8曲は、1曲ごとに物語がある。決して録音場所と曲の内容がリンクしているわけではないが、本作はデイブ・グロールのアメリカ音楽(ロックだけではない)への想いがしっかりと伝わってくる力作となった。この作品が他のロック作品と異なっているところは、各曲が収録された場所についてのドキュメンタリー番組がCD発売に併せて放映されたことにある。一昨年、日本でもWOWOWで8時間(1曲について1番組、計8時間弱)分を放映していたのを観たが、どれもかなりの予算で作られており、後世に残すべき名ドキュメンタリーに仕上がっている。そんなわけで、今回はフー・ファイターズの20周年記念作『ソニック・ハイウェイズ』を取り上げる。

デイブ・グロールの熱い想いが詰まった
ドキュメンタリー

1回1時間、計8回のドキュメンタリーは、アルバム『ソニック・ハイウェイズ』に収録された曲順にスタートする。
1曲目の「サムシング・フロム・ナッシング」は、ブルースのメッカとして知られるシカゴ(イリノイ州)での収録だ。生楽器中心のブルースをカントリーブルースとかデルタブルースと呼ぶのに対して、電気楽器を使ったブルースをシカゴブルースと呼ぶことからもそのことは分かるが、この回ではブルース界の重鎮であるバディ・ガイや、最高の女性ロッカーのひとりボニー・レイットなどがインタビューで登場し、シカゴの音楽の魅力を語ってくれる。チープ・トリックのリック・ニールセンや、デイブ・グロールが在籍したニルヴァーナの『イン・ユーテロ』(‘93)でレコーディングエンジニアを務めたスティーブ・アルビニまで登場するなど、全8回の初回だけに見どころの多い回である。
2曲目の「ザ・フィースト・アンド・ザ・ファミン」はワシントンD.C.(アメリカの首都)での収録。この回は黒人ロックグループのバッド・ブレインズやハードコアパンクのフガジ、そして初期のヒップホップグループのトラブル・ファンクを迎え、みんなグロールがリスペクトする存在だけに、彼らが登場してきたときの衝撃がよく分かる内容となっている。グロールの出身はここワシントンD.C.(東部)で、ワシントン州(西海岸北部)とは正反対の場所なので注意。グロールは出身地のことを大切にしており、番組の中でも「どこで活動していても、ワシントンD.C.出身であることは絶対に忘れない」と語っている。ミュージシャンの資質は、育った環境や土地柄に依るところが大きいとグロールが感じたことが、このドキュメンタリーを作る大きなきっかけともなっているのだ。
3曲目の「コングリゲイション」はカントリー音楽のメッカ、ナッシュビルの録音だ。グロールはニルヴァーナの頃からグランジやオルタナティブロックのミュージシャンではあるが、カントリーやブルースなど古くからあるアメリカの伝統的な音楽にも造詣が深い。この回ではグラミー受賞者でもあるザック・ブラウン・バンドのリーダー、ザック・ブラウンの紹介にかなりの時間を費やしていて、他にもカントリー界のスーパースターである天才シンガーソングライター、ドリー・パートン(ホイットニー・ヒューストンの大ヒット「I Will Always Love You」の作者)に自らインタビューするなど、良いものを世間に認知してもらいたいというグロールの意志を感じさせる回となった。ザック・ブラウンとは大の仲良しのようで、この曲にはゲストミュージシャンとして参加している。
4曲目の「ホワット・ディド・アイ・ドゥ/ゴッド・アズ・マイ・ウィットネス」はオースティン(テキサス州)での収録。オースティンは音楽フェスの『SXSW』(1)が開催されることや、多くのミュージシャンがこの街を拠点にしていることなどでも知られている。特にプログレッシブ・カントリーの充実度は高く、伝統的なスタイルが多いナッシュビルとは好対照だと言えるだろう。グロールは変人集団として愛されて(?)いるバットホール・サーファーズや、アウトローカントリーの大御所ウィリー・ネルソンらにオースティンの魅力を存分に語らせている。もうひとつ、ガレージロックの大御所ロッキー・エリクソン(サーティーン・フロア・エレベーターズのリーダーで奇人として知られる)やインテリ・ブルースロッカーのゲイリー・クラーク・ジュニアも登場し、オースティンの懐の深さを再認識させてくれる。
5曲目「アウトサイド」はロサンジェルス(カリフォルニア州)での収録。西海岸はウエストコーストロックをはじめ、ヘヴィメタル、ヒップホップ、ファンクなど、さまざまな音楽が集積するアメリカきっての大拠点である。この回ではランナウェイズ、モトリー・クルー、ベックらが登場し、グロールが子供時代にどんな音楽に興味を持っていたのかを明らかにする。他にグロールがリスペクトするインディーズのカイヤスについて、長い時間が割かれている。カイヤスはストーナー・ロック(2)のグループで、60~70年代のヘヴィメタルをリスペクトしつつオルタナティブな感性を持って活動しているグループだ。それにしてもロスは音楽的な拡がりが広大なせいか、他の回と比べるとイマイチまとまりがないように感じた。
6曲目の「イン・ザ・クリアー」はニューオリンズ(ルイジアナ州)での録音。ここはジャズ発祥の地というだけでなく、ロックンロールの直接の先祖がニューオリンズ産R&Bにあることでも知られているだけに、グロールの興味も尽きず、ネヴィル・ブラザーズ、ミーターズ、ドクター・ジョン、アラン・トゥーサン(2015年11月に逝去)といった大御所たちが登場している。珍しいところでは、U2、ボブ・ディラン、ネヴィル・ブラザーズのプロデューサーとして著名なダニエル・ラノワとグロールが対談、ニューオリンズ音楽のリズム(セカンドラインと呼ばれる独特のグルーヴ)について語り合っている(使われているのが短時間で残念)。このニューオリンズ編は、全8回の中でも最も充実した内容だと思う。
7曲目は「サブテレニアン」。収録されたのはシアトル(ワシントン州)で、シアトルといえばニルヴァーナをはじめ、パールジャムなどグランジの発祥地として知られている。グロールは自分の音楽の出発点としてシアトルを選んだのだろう。パンクやグランジの元祖と言われる60sグループ、ソニックスのメンバーに、長い時間を割いて当時の話をさせている。グロール自身、ニルヴァーナ時代からソニックスには大きな影響を受けている。他に女性ロックグループのハートや、グランジブームの原点ともなったインディーズレーベルのサブポップについても大きく取り上げている。サブポップはニルヴァーナをはじめスマッシング・パンプキンズ、マッドハニー、ソニック・ユースなどが在籍していたレーベルで、サブポップが存在しなかったら現在のロックシーンは相当変わっていたであろう。それだけグランジやオルタナティブのミュージシャンにとって重要なレーベルなのである。
アルバム最後の曲「アイ・アム・ア・リバー」はニューヨーク録音だ。ニューヨークはさまざまな音楽が生まれたアメリカを代表する大都会だけに、最後の曲に相応しいと言えよう。ラモーンズやパティ・スミスに代表されるニューヨークパンクや、L.L.クールJ、パブリック・エネミーらのヒップホップ勢、世界中からレコーディングに訪れるミュージシャン、CBGBやマックス・カンザスシティなどのライヴハウスのことなど、世界のポピュラー音楽シーンをリードする都市として語られるのはもちろんのことだが、ボブ・ディランやウディ・ガスリーといった社会派フォークシンガーのことについて、しっかり取り上げているところにグロールの音楽に対する誠実さを感じた。ガレージロックの秀作コンピ『ナゲッツ』(‘72)をプロデュースしたレニー・ケイ(パティ・スミス・グループ)にインタビューしているところも見逃せない。パンクロックの人気者を多数送り出したライヴハウスのCBGBが“Country, Blue Grass, Blues”の略だと知ってる人は少ないと思うが、それが番組の中で明らかにされるのもグロールの思惑のひとつだろう。
これら8回の放送を通してデイブ・グロールが伝えたかったことは、どんな音楽も平等に素晴らしいということだと思う。このドキュメンタリーの監督およびインタビュワーは、デイブ・グロール自身が務めている。それだけに、彼の意志や考え方が直接伝わる。こういった手法は、これまでのロックシーンにあまりなかっただけに新鮮であった。

本作『ソニック・ハイウェイズ』につい

これまで、『ソニック・ハイウェイズ』のドキュメンタリーについて解説してきた。冒頭でも触れたが、この作品に収録された曲がレコーディング場所にちなんだ音作りになっているかと言うと、そうではない。実際にはフー・ファイターズの8作目のオリジナルアルバムであり、サウンドもフー・ファイターズのものだ。これまでよりも地味な仕上がりになっていることは間違いないが、それがこの企画(グループ結成20周年記念で、8曲を8カ所でレコーディングする)とは関係ないと僕は考えている。
デイブ・グロールとフー・ファイターズのメンバーたちが、この作品を通して言いたかったことは、音楽というものはミュージシャンの育った風土や土地の匂いに大きく作用するものであり、ミュージシャンにとってそれが何より大切なのだということに尽きる。これまでロックはそうやって成長してきたわけで、だからこそ、ニューオリンズにはニューオリンズの、シカゴにはシカゴの音楽が生まれてきたわけである。
では、アルバムに参加しているゲストミュージシャンを全て挙げておく。
まずは、リック・ニールセン(チープ・トリックのギタリスト)、ピーター・シュタール&スキーター・トンプソン(どちらもスクリームのメンバー。スクリームはグロールが世界一好きなバンドだと公言している)、前述したカントリー界の若手スター、ザック・ブラウン(ザック・ブラウン・バンド)、ゲイリー・クラーク・ジュニア(若手ブルースロックギタリスト)、ジョー・ウォルシュ(ジェイムズ・ギャング→イーグルス)、プリザヴェーション・ホール・ジャズ・バンド、ベン・ギバート(大抜擢の若手オルタナティヴ・シンガー)、クリスティーン・ヤング&トニー・ヴィスコンティ(ヴィスコンティはデヴィッド・ボウイを世に出したことで知られる名プロデューサー。他にムーディー・ブルース、モリッシー、プレファブ・スプラウト、T・レックスをはじめ、名作と呼ばれるロック作品の多くを手がける。クリスティーン・ヤングもヴィスコンティが手がけるオルタナティヴ・シンガーソングライター)が参加している。
この作品を味わうためには、まずCDを聴き、次にDVDでドキュメンタリーを観る。その後でもう一度CDを聴くと、1回目に聴いたのとは違う印象を受けるはずだ。え、自分の好きに聴かせろって? あ、はい。すみません。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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