ギターを弾くために生まれてきた、
ジェフ・ベックの傑作
『PERFORMING THIS WEEK:
LIVE AT RONNIE SCOTT'S JAZZ』

 来日間近!  今回は永遠のギター・ヒーロー、ジェフ・ベックの数あるアルバムの中から、ライヴの予習復習にぴったりな傑作『PERFORMING THIS WEEK: LIVE AT RONNIE SCOTT'S JAZZ』('08)を紹介します。旧作からの代表曲もバランス良く配したこのライヴ・アルバムを聴けば、ジェフのギターの凄さがたちどころに分かる。

 孤高の天才、勝手気ままな一匹狼、独裁者、気難し屋、非情なバンド・リーダー…と、かつて彼、ジェフ・ベックを語る時によく形容される言葉には、どこか温かみを欠いたものが多かった。そう言われる理由には、彼がメンバーと折り合いうまくいかないのが常で、自分の気に入らないプレイヤーには、あっさりクビを言い渡す、進行中のプロジェクトに飽いてしまうと、完成間近であっても一切を放り出してしまう、というものがあった。彼の存在を知った70年代のはじめなどは、今と違って通り一遍の情報以外はほとんど伝わってこないというのが普通だかったから、ジェフ・ベック・グループのようにアルバムを2枚作れば解散してしまう、あれほど騒がれたスーパー・トリオ、BB&A(ベック・ボガート&アピス)でさえ、たった1枚のスタジオ作(日本でのみ来日公演を収録した『ライヴ・イン・ジャパン』も発売)だけ残してご破算に、といった事実から、歪曲して伝わってくる噂さえ鵜呑みにして“きっと本当なんだろうね”と仲間内では話していたものだ。
 自分に対抗してくる存在、例えばヤードバーズ時代にはあとから参加してきたジミー・ペイジが目立つギターを弾いたものなら、別の日に用心棒を雇って殴らせたとか、先のジェフ・ベック・グループでは本当はサイドギターのはずだったロン・ウッド(現ローリング・ストーンズ)に、ギターは自分ひとりで充分だからとベースギターに転向させたり、看板ヴォーカリストのロッド・スチュワートが人気を得ると、せっかくの逸材であるにもかかわらずクビにした。第二期ジェフ・ベック・グループでヴォーカルを務めたボブ・テンチに対しては、“前のヴォーカルはもっと歌えたぞ”と言って過剰なプレッシャーを与えてシゴいた上、やっぱりアルバム2枚であっさりクビ、とか。そのうちの、幾つかは事実だったのかもしれないが、どれも噂のひとり歩きというやつだった。それにあのルックスである。やせっぽちで黒髪、少しエキゾチックな顔でレスポールを、ストラトキャスターを構えた姿はいかにも孤高のギタリストのイメージそのものだった。

最新の音楽探究に実は貪欲

 今となってみれば、彼がほぼアルバム2枚ごとにプロジェクトを解体するのは、しごく納得のいくことだった。ブルースをバックグラウンドにしたギタリストと違い(もちろん、ブルースも得意だが)、ロカビリーからカントリー、ロック、ジャズ、フュージョン…etcと、あらゆるジャンルのプレイスタイルに精通しているからか、ジェフは気持ちのおもむくまま、ひとところに留まらず、やりたい音楽に自分の指向をさっさとシフトしていく面がある。また、不器用そうに見えて、実は流行っている音楽に対しても敏感にアンテナを張っているらしい。そう確信したのは、1999年に10年もの沈黙を破って発表した『WHO ELSE !』以降、大胆なテクノやダンスビートを導入したり、20代の実験的なインディーズ系バンドがやりそうなインダストリアル・サウンドまで、精力的に取り入れた作品を矢継ぎ早に発表するのを目の当たりにしてからだ。経験値の少ないジャンルに対しても、驚くほど順応していくのだ。そこから振り返ってみれば、ハードロック路線のあとに大胆に舵を切り、ジェフ・ベック・グループをソウル、R&B路線に向けたのも、当時のジェフにすればブッカーT&ザ・MG'Sのいるスタックスサウンドやスティービー・ワンダー、マーヴィン・ゲイのいるモータウンのサウンドに心惹かれていたからであり、それを実践するにはメンバーを替えなければならないのは必然のことだったのだろう。
 もっとも、その流れで考えると不思議でならないのがBB&A(ベック・ボガート&アピス)で、現在ではこのトリオは第一期ジェフ・ベック・グループ解散後に、より強力なハードロック路線を実現するために結成されるはずだったのだが、ジェフの交通事故によって一度は流れてしまったプロジェクトだった。それが第二期ジェフ・ベック・グループ解体後に再燃するかたちで組まれたのには、どうやら契約の問題があったかららしい。きっと、その頃すでにジェフの頭には数年後に実現するギター・インストゥルメンタル構想があったに違いない。
 すっかり興味を失っていたBB&Aを組まなければならない。渋々ジェフはアメリカ人プレイヤーふたりとスタジオ作を1枚制作するわけである。やる以上はすごいものを聴かせてやるぞと、それでもジェフは圧巻のプレイを残すのだが、きっと徒労感を伴ったことだろう。昨秋、このパワートリオが残した、日本でのみ発売が許可された『BB&A ライヴ・イン・ジャパン40周年記念盤』が発売されたが、リマスタリングされ、音質、臨場感が増した新装版で聴いてみても、このトリオの凄まじいばかりの音圧は人気絶頂のレッド・ツェッペリンさえ吹っ飛ばさんばかりの迫力なのだが、どこかジェフの演奏にはやけっぱち気味なところがあり(それでも充分にすごい)、“早くこれを終えて家に帰りたい(次のプロジェクトに取りかかりたい)”感が漂っているように思えるのは、気のせいだろうか。
 そういうわけで、周囲からは惜しまれつつBB&Aを解散させると、翌年、1974年にはジェフは次のプロジェクトを実現すべくスタジオ入りする。本当にやりたかったそのアルバム制作のレコーディングは、所属レーベルからの要請があって動き出したのではなく、自ら共演者を選び、自費でスタジオの予約を入れるほど、気合いの入ったものだったという。

念願のギター・インストゥルメンタルの
世界へ

 少し寄り道をするが、もうひとつ、やはりジェフ・ベックという人は、当たり前のことだけれど、アタマの先からつま先までギタリストなのであり、弾かずにはいられないのだと思う。ヤードバーズ、ジェフ・ベック・グループ、そしてBB&Aと曲がりなりにもヴォーカル・パートのあるバンド形態でジェフはギターを弾いてきたが、彼のギターと拮抗するようなシンガーは残念ながら過去にはひとりもいなかった。とりわけ20代~30代の自己主張の強い時期、ジェフには、例え“歌伴”という、本来なら立ち位置を少し引いてヴォーカルを引き立たせるようなプレイをしなければならない場合も、他人ならそうするだろうが、自分はそうするという気持ちなどさらさらなかっただろう。スティーブ・ウィンウッドやヴァン・モリスンのような、それこそジェフ好みの黒さを持ったシンガーがいないわけではなかったけれど、それぞれがリーダーを張るような立場と存在感を持つシンガーであり、仮に組んだとしても、ジェフとうまく折り合いが付けられたとは思えない。それは、ロバート・プラント(シンガー/レッド・ツェッペリン)でも不可能だったろう(プラント自身はロッド・スチュワート在籍時のジェフ・ベック・グループのスタイルを模倣して成功を収めたのだが)。もしかすると、米国に渡り、アフリカ系アメリカ人のシンガーの中を探せば、彼が理想とするシンガーが見つかったかもしれないけれど、そんな面倒なプロセスを踏むまでもなく、彼は一番理想的なかたちで自分の音楽を開花させる方法を見つけたのだった。それがギター演奏を中心に据えたインストゥルメンタル(ヴォーカル抜きの器楽曲)へと向かうことだった。

永遠に色褪せない名盤『BLOW BY BLOW』
、『WIRED』

 こうして、1975年に発表された『BLOW BY BLOW』と、翌76年に完成した『WIRED』の2作品は発売当時はもちろん、現在においてもギター・インストゥルメンタル・アルバムの金字塔として、また、約50年余にもわたるジェフのキャリアの中でも最高傑作の評価を得ている。筆者もよほど、本稿用に選ぶ名盤1枚を上記の2枚のどちらかにしたかったのだが、近年の活動まで含めた中での選択を考えた場合に、苦し紛れにこの2枚の名作からの曲も含まれたライヴ作を選ぶこととなった。
 この2作品の成功はジェフの狙いも鋭かったのだが、プロデューサーにビートルズとの仕事で知られるジョージ・マーティンを起用したのが何よりも大きかったのだと思う。並ぶ者のいないギタリストとしての腕前、その時代の最先端の音楽を掴み取る才覚には恵まれているものの、アルバム全体を俯瞰して眺めるプロデューサー的な能力は、残念ながらジェフは持ち得ていないのかもしれない。それがジェフの評価を落としているわけではないが、これまで残したアルバムには、正直言って散漫な内容に収束してしまっていると感じるものが少なくない。第二期ジェフ・ベック・グループのセカンド作などはスティーブ・クロッパーと、『FLASH』('85)ではナイル・ロジャース、そしてブルース・スプリングスティーンの『BORN IN THE U.S.A』を手がけたことでも知られるアーサー・ベイカーと組むものの、中途半端なものに終わっている。
 ところが、『BLOW BY BLOW』と『WIRED』においては、オリジナルに加え、ビートルズの「SHE'S A WOMAN」を取り上げるなど、カバー曲にもチャレンジしているのだが、全編ギターを弾きまくっているものの、トリッキーなプレイは抑えられ、徹頭徹尾、要所を締めた腰の据わった演奏が見事に決まっているのだ。このあたり、楽曲、ギターパートのアレンジといった部分まで、ジョージ・マーティンのアドバイスがあったのだろう。演奏もさることながら、アルバムのバランスというか、クオリティーが他の作品と比べて並外れて優れているのだ。ついつい弾いてしまうジェフも、さすがにジョージ・マーティンの指示には従ったのだろうか。ギター・インストゥルメンタル・アルバム2作を制作するにあたって、ジェフが下敷きにしたのがジョン・マクローリン(JOHN McLAUGHLIN=一般にはこれまで“マクラフリン”表記が一般的だが、これには違和感を感じる)率いるマハヴィシュヌ・オーケストラで、彼らの『APOCALYPSE』('74)をジョージ・マーティンがプロデュースしていたことから、白羽の矢を立てたのだろう。
 『BLOW BY BLOW』に収められた「SCATTERBRAIN」、『WIRED』の「LED BOOTS」などは現在でもライヴの重要なレパートリーになっているが、天空を駆け上っていくようなスリリングな速弾きとハードなアタック、息もつかせぬインタープレイはまさにジェフの真骨頂といったところだろうか。前者ではリチャード・ベイリー、後者ではナラダ・マイケルウォルデンと、当時は新進気鋭のドラマーの起用も大正解だった。それにしても『BLOW BY BLOW』の発売時の邦題は“ギター殺人者の凱旋”となっていた。これを付けた担当者のセンスには未だに首をかしげずにはいられないけれど、40年近くたった今でも覚えているという…インパクトだけは強烈だった。

傑作ライヴで知る、今なお進化し続ける
ジェフのギター

 で、迷いに迷って選んだ本作『PERFORMING THIS WEEK: LIVE AT RONNIE SCOTT'S JAZZ』は、オフィシャル・ブートレッグ・シリーズとして公式にリリースされたもので、2007年に英国ロンドンの名門ジャズクラブとして知られるロニー・スコッツ・クラブで行なわれた演奏を収録したライヴアルバムだ。同公演の映像版ともいうべきDVD盤も発売されているので、ジェフのパフォーマンスをじっくり目にしたいという方は映像版を手に入れられるのも良いだろう。また、コンサートホールと異なり、客席とステージが近いのもこのライヴを魅力的にしており、カメラが向けられた先に有名人がそこかしこにいるのを発見するのも一興だろう。ライヴのエンディングには何とエリック・クラプトンがゲスト出演し、演奏も披露してくれる。ふたりのプレイ・スタイルの違いもよく分かって面白い。
 肝心の演奏はタル・ウィルケンフェルド(bass)、ヴィニー・カリウタ(drums)、ジェイソン・リベロ(keyboard)という布陣で、卓越した演奏力に支えられ、ジェフは縦横無尽に、圧倒的なギタープレイを披露している。特に、ジェフとの共演によりその才能を世間が知るところとなった若き女性ベーシスト、タル・ウィルケンフェルドとの掛け合いなどは、なかなか聴き応えがある。ウィルケンフェルドはこの時、若干21歳、後に一躍トップベーシストのひとりとして衆目の認めるところとなり、ハービー・ハンコックをはじめ著名なアーティストのセッションにも引っ張りだこの人気プレイヤーとして活躍している。そう言えば、ジェフはことベースプレイヤーとの出会いには恵まれているらしく、過去にスタンリー・クラークとは彼のソロ作『JOURNEY TO LOVE』('75)や『MODERN MAN』('78)等で共演し、壮絶なバトルを披露している。
 ジェフ・ベック・グループの1stアルバムに収録された「BECK'S BOLERO」で幕を開けたこのライヴは、ジェフのインストゥルメンタル路線へ影響を与えたとされるマハヴィシュヌ・オーケストラのナンバー「ETERNITY'S BREATH」、やはりクロスオーバー系の敏腕ドラマー、ビリー・コブハムの「STRATUS」といったテンションの高いカバー曲を披露しながら、『BLOW BY BLOW』、『WIRED』、『GUITAR SHOP』('89)などのジェフの過去のアルバムから、選りすぐりの曲が息もつかせぬ展開で次々と演奏される。難易度の高い曲として知られる「SCATTERBRAIN」なども、映像版のDVDで観ると、苦もなく弾きこなしている。自分のオリジナルとはいえ、圧倒的な速弾きを目にすると、この人には衰えというものがまったくないのではないかと思わせられる。ジャズベーシストの巨人、チャールス・ミンガスの「GOODBYE PORK PIE HAT」の絶妙のトーン・コントロールの素晴らしさはどうだろう。まさに神がかり的だ。痛烈な皮肉を飛ばすことで知られるミンガスが晩年レコードでこの演奏を聴いたそうだが、クサすことなく聴き通していたという。終盤のビートルズの「A DAY IN THE LIFE」の息を飲むような美しさ。これも長く語り継がれそうな名演だ。現在のツアーメンバーはこの時のライヴとはまた違ってしまっているが(ロンダ・スミス/ベース、リジー・ポール/バイオリン、ジョナサン・ジョセフ/ドラム、ニコラス・メイヤー/ギターというのが現時点で有力)、ジェフが選んだ腕ききのプレイヤーたちであることには間違いないだろう。
 このライヴの映像版DVDを観て、改めて気付かされたのは、ほとんどのギタープレイをジェフはピックを使わずに右手の親指を使って弾いていることだった。『THERE & BACK』('80)を出して以降、次第にそのスタイルが顕著になっていったということだが、演奏中に頻繁にトーン・コントロールでつまみを回したり、フェンダー・ストラトキャスターのトレモロ・アームを繊細に操るのに、ピックを持たないほうがやりやすかった、という本人が言う単純な理由だけではなさそうだ。筆者はギター演奏についての専門家でもないので、このあたりの細かな解説はできないのだが、指で弾くことによって以前にもましてタッチの柔らかさ、ギター表現の多彩さを身につけている。それにしても、指で弾けば音がまろやかになるのは間違いないはずなのだが、ハードな曲や鋭いフレーズを繰り出す時でさえ、ピックを使わずにそれをやれてしまっているのには驚かずにはいられなかった。
 来日公演が近づいてきた期待感もあって、ついつい長く書いてしまった。毎度驚きを与えてくれるジェフのライヴ。本稿を書いているうちにソワソワしてきた。そろそろ70歳に届こうかという年齢が信じられないほど、30代の頃からさほど見た目も変わっていない。いつもTシャツにジーンズだし、お洒落には無頓着なふうだけれど、贅肉もつかず、身動きはシャープそのものだ。ミック・ジャガーのように節制してエクササイズに取り組んでいるとは思えないのに、この若々しさはどうしてなのか。不摂生はしていないだろうが…。それから、冒頭で書いたような、孤高のギタリストという姿はすでにない。このあたり、年輪を重ねての余裕というか、鋭いインタープレイの応酬を繰り返しながらも、他のプレイヤーへの信頼を示すように、温かい眼差しを向けている。そんなところもジェフの魅力かと思う。
 自らがヴォーカルを取るのは皆無に等しく、MCさえほとんどしない。ひたすら黙々とギターを弾いている、という姿は文句なしにカッコ良かったのだが、親しみやすいキャラクターではなかった。しかもそのギターといったら、誰とも比べようのない独特のもので、切っ先鋭いナイフのようなフレージングは、同世代のジミー・ペイジやエリック・クラプトンといった他のギタリストともスタイルも、奏でる音も異なっていた。

著者:片山明

OKMusic編集部

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