フランク・ザッパの『ホット・ラッツ
』は60’sロックを代表する屈指の名
盤だ!

1993年に亡くなったフランク・ザッパは、20世紀における最も天才的なアーティストのひとりである。その活動はロックにとどまらず、ジャズ、フュージョン、現代音楽に至るまで幅広い。彼が生前に発表したアルバムだけでも60枚以上にのぼり、発掘音源やライヴ、コンピレーションなどを含めると現在までに100枚以上の作品がリリースされている。その中にはある程度ポップなものから難解なものまでさまざまな形態があり、入門作品として何を聴けば良いかは、なかなかの難題である。僕もザッパの熱心なファンとは言えないが、今回はこれまでに聴いた30余りのアルバムの中から、ロックファンにもオススメできる『ホット・ラッツ』を紹介しようと思う。

難解なものも少なからずあるザッパの作

僕が初めてザッパのことを知ったのは、中学2年生の頃。行きつけのレコード店で、不思議なジャケットと出会った。そのアルバムは白地に鉛筆で殴り書きしただけの海賊盤のような体裁であった。それがフランク・ザッパ率いるマザーズのライヴアルバム『フィルモア・イースト、June 1971』(‘71)で、センスの良いデザインに惹かれて購入したのである。当時、もちろんインターネットもケータイもなかったが、その代わり作品には丁寧な解説書が付いていたので、ザッパのことを知ることができた。
このライヴ盤までに、すでに10枚もの作品がリリースされていることや、ザッパがグループ(マザーズ・フロム・インヴェンション、マザーズ)を率いていることに加えて、ソロアルバムもリリースしていることをライナーノーツで知ったのだが、当時読んでいたロック雑誌には記事はほとんど登場していなかった。駆け出しロックファンの中学生としては、当時ザッパが他のロックミュージシャンと立ち位置の違うことが理解できず、「エルトン・ジョンやレッド・ツェッペリンは雑誌に出ているのになぁ…」と不思議に感じていたものだ。ワーナーブラザーズが配給元だったので、アルバムの広告はイエス、ツェッペリン、キング・クリムゾンなどと並んで出ていたのに、ラジオでもオンエアされることはほとんどなかったと記憶している。
で、『フィルモア・イースト、June 1971』の内容はどうだったのかと言えば、当時は正直よく分からなかった。それはもちろん、僕の聴く能力がなかっただけで、ザッパには何の責任もないわけだが、このアルバムではプログレ風の曲とタートルズの大ヒット「ハッピー・トゥゲザー」を繰り返し聴くだけにとどまっていた。タートルズは60年代に人気のあったフォークロック系のポップスグループで、中心メンバーのフロー&エディー(マーク・ヴォルマンとハワード・ケイランの別名)が、タートルズ解散後にヴォーカル要員としてマザーズのメンバーになっていたから、この曲が演奏されていたわけである。

正統派ロッカーとしてのザッパ

次に買ったのはザッパのソロ名義の『チャンガの復讐』(‘70)というアルバム。これは攻撃的なザッパの顔が印象的なジャケットで、当時好きだったクラプトンやジェフ・ベックみたいにギターが前面に出た正統派のロック作品で、大好きになった。しばらくは毎日聴きまくったのだが、演奏が上手いことは子供にも理解できたし、ブルースやR&Bに混じってフュージョン的なものやフリージャズ的なナンバーも収められるなど、今から思えばアグレッシブかつ革新的なアルバムであった。彼の作品の中ではベスト5に入るほど大好きなアルバムである。この作品でのザッパのギターは強力で、世界的に見ても1970年にこれだけの演奏ができるプレーヤーは少なかった。余談であるが、当時の邦題は“チュンガの復讐”で、CDでリリースされた時に現邦題に変更されている。

変幻自在のザッパの音楽

ザッパがグループ名義やソロ名義でリリースした多くの作品は、リスナーを選ぶものであることは間違いない。多くのヴォーカル曲において、英語が分からないと理解できないものがあるし、インストナンバーでも、ブルースから現代音楽まで登場するその幅広さは、聴く者が持っている音楽の知識量によって、その理解度が大きく変わってくる。
彼のアルバムではヴォーカルナンバーとインストナンバーが差別なく共存している。ヴォーカルものに関しては、ある程度ポップなもの、歌詞の意味に重きを置いているもの、ナレーションが多いものなどがある。インストものに関しては、ジャズ、フュージョン、ロック、ドゥーワップ(1)、現代音楽、ブルース、ワールドミュージック…的なものを感じさせるサウンドが少なくない。ザッパは“ロック”の枠にまったくとらわれず自由な音楽を創造しているだけに、前述したように彼の音楽に触れる際は、リスナーが聴く力を養っておかないと理解しづらくなる。
そういう意味では彼の音楽は単なるポピュラー音楽とも言えず、それだけにロック雑誌に記事が載ることが少ないわけである。そのことに気付くまで僕には長い時間がかかったのだが、ヒットチャートに登場する曲とは異なるスタンスの、違った切り口の音楽があってもいい。ザッパの音楽は軽々しく消費できない非商業的音楽で、芸術的要素が高いのだ。

本作『ホット・ラッツ』について

先に述べたライヴ盤『フィルモア・イースト、June 1971』で最初はそんなに好きになれなかったのだが、繰り返し聴くうちに「ピーチズ・エン・リガリア」と「ウィリー・ザ・ピンプ」の2曲が好きになってきた。この2曲の初出を調べていたら、どちらも69年リリースの『ホット・ラッツ』というアルバムに収録されていることが分かった。早速入手したのだが、これがまた持っていた2枚のザッパサウンドとは違っていた。全6曲収録されているうち、長尺曲が多く、1曲を除いてインストばかり。当時の感覚では本作はプログレと呼ぶ他はなかったような気がするが、今から見ればジャズロックやジャムバンド的なアプローチである。本作はザッパのソロ名義としては2作目となる。
参加メンバーは、マックス・ベネット、ジョン・ゲリン、ポール・ハンフリー、ジャン=リュック・ポンティら、ジャズやポピュラー界で活躍する一流のセッションミュージシャンら。アルバム全編、おそろしくレベルの高い音楽を繰り広げているにもかかわらず、すっきりした分かりやすいサウンドになっているのが本作のミソ。1969年の時点でこれほどハイクオリティーな音楽を提供できたのは、ザッパの他にはいなかったはずだ。中でもザッパの右腕として知られるイアン・アンダーウッドはキーボードだけでなく管楽器も担当、随所で素晴らしい演奏を披露している。面白いのはジャズヴァイオリンのジャン=リュック・ポンティと、フィドル(2)のドン・シュガーケイン・ハリスのふたりを使い分けているところ。この辺にザッパの音楽知識の深さとユーモアが見て取れる。
なお、本作はアメリカ本国よりもイギリスで認められ、メロディーメイカー誌ではツェッペリンの『II』をおさえて1位になり、同誌の年間最優秀アルバムにも選ばれている。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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