その後のAORとメローハードロックの
指針となったTOTOの傑作『TOTO IV ~
聖なる剣』
3年ぶりの来日がスタートするTOTO。メンバーの死や闘病で、一時は解散を余儀なくされた彼らだが、そのたびに甦ってきた。彼らの全盛期と言えば、デビューした78年から82年にかけてであることは誰しもが認めるところだろう。中でも、4枚目の『TOTO IV(邦題:TOTO IV ~聖なる剣)』は、ビルボードチャートで全米4位を獲得しただけでなく、グラミー賞の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」ほか、数々の受賞を果たした名作である。40歳以上の人なら、このアルバムに収録された「Rosanna」(全米2位。グラミー賞、レコード・オブ・ザ・イヤー受賞)や「Africa」(彼ら初の全米1位)といったシングル曲は、ファンならずとも必ず耳にしたことがあると思う。
かつてのロック少年が成長し、ロック青
年となったときに生まれたAOR
70年代中期からロックの世界ではリスナーの成熟に伴って、AORとパンクの2極化が進んでいた。若者たちは登場したばかりのパンクやハードロックを聴いていたが、既に社会人となったロック青年にとっては、大人が聴ける新しい音楽を求めていた頃である。レコード会社は大きな利益が見込める大人のリスナーに対して、新たなスタイルを提示するために模索していた。そんな時代の要請に応えたのが、ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』(’76)であり、デュアン・オールマンの再来と言われたレス・デューデックの1st『Les Dudek』(’76)や2ndの『Say No More』(’77)、そして商業的には失敗したがフールズ・ゴールドの2nd『Mr. Lucky』(’77)などのアルバムであった。その特徴はと言えば、都会的なサウンド、巧みで落ち着いたボーカル、耳の肥えたリスナーを満足させるだけの演奏技術などが挙げられるだろう。いつしか、こういった特徴を持つ作品を“AOR”(Wikipedia)と呼ぶようになった。
これら、多くの新時代のアルバムにおいて、バックミュージシャンとして参加していたのが、ドラマーのジェフ・ポーカロ(1992年逝去)、キーボードのデビッド・ペイチ、ベースのデビッド・ハンゲイトら、TOTOの主要メンバーである。特に、ボズの『シルク・ディグリーズ』は時代の先端を行くサウンドで、多くの音楽ファンが注目したし、商業的にも大成功した。日本でもレコード(今はCD)を買う際に参加ミュージシャンをチェックする人が増えるなど、スタジオミュージシャンは大きな注目を集めることになった。日本でAORやフュージョンが流行したのも、彼らスタジオミュージシャンの優れた仕事にあったことは間違いない。
TOTO結成から『TOTO IV ~聖なる剣』ま
で
TOTOはAORという方法論を取ったために、一般のリスナーを取り込むことができ、大きなセールスにつながったのだと言える。ただ、緻密に計算され尽くしたその作品群は、一見メーターが振り切っていないように見えることから、“商業的すぎる”とか“産業ロックみたいだ”といった批判を呼ぶことになるのだが、TOTO出現以降のAOR作品は、その多くが彼らの手法を踏襲したものになっている。というのも、バックを受け持つミュージシャンが、ほとんどTOTOのメンバーで占められているというのが主理由で、いわゆる“一党独裁”みたいなもの。今振り返ってみると、彼らのやり方はやはり間違っていなかったと見るべきだろう。このアルバムは、全米チャートで9位まで上昇している。
この間に時代は70年代から80年代へ突入、AORは既に成熟期に達しており、巷ではテクノやディスコ向けの音楽が流行し始めていた。一方、パンクはと言うと大手レコード会社に取り込まれ、エネルギーを吸い取られるかのように、当初の破壊的なサウンドは影をひそめていく。こんな中で、TOTOは試行錯誤を繰り返していた。次のアルバムはこれまでにないレコーディング期間を設け、多くのゲストやオーケストラの導入など、さまざまなチャレンジを通して作品づくりを行ない、起死回生を狙っていた。
この時期のTOTOは、楽曲の完成度にしても、演奏の緊迫感や存在感にしても、AOR界で最高のレベルに達していたと思う。このアルバムのリリース後、ヴォーカルのボビー・キンボールやベースのデビッド・ハンゲイトらの脱退、ツアー疲れなども重なって、グループのテンションは徐々に微妙なズレを生じるようになっていく。異論はあると思うが、僕はこの作品こそが彼らの頂点だと考えている。
余談になるが、家庭を大切にしたいという理由で脱退したデビッド・ハンゲイトは、カントリー音楽のスタジオミュージシャン兼プロデューサーとなり、大成功を収めている。
『TOTO IV ~聖なる剣』の収録曲につい
て
3曲目「I Won't Hold You Back」は、スティーブ・ルカサーの手になる曲。これまたシングルカットされ、10位となった。しっとりとしたバラードで、彼らの得意とするスタイルであるが、ここではストリングスがふんだんに使われているだけに音が厚い! コーラスではゲストであるティム・シュミット(ポコ~イーグルス)の声がよく聞こえる。
そして、最後を締めるのが「Africa」。第三弾シングルとしてリリースされ、全米1位を獲得した、「Rosanna」と並ぶ彼らの代表的なナンバー。パーカッションとドラムのイントロで始まり、ガムラン(Wikipedia)風のシンセが優しく響きつつ、静かに進行していくのが心地よい。民族音楽とワールドミュージック、そしてヒーリングミュージックが合体したようなサウンドは、80年代初頭のアナログからデジタルに移行するあの時期だからこそ生み出されたのだと思う。名曲!
著者:河崎直人