G・ラブの『フィラデルフォニック』
はヒップホップとブルースを融合させ
た革新的なルーツロック作品

50年代から黒人のブルースに魅せられた白人ロッカーは数多いが、ギターテクニックを磨くことで人気を得る場合が少なくない。ところが、94年にデビューしたG・ラブはエレキギターを中心にしたシカゴブルースではなく、古いデルタブルースのスタイルを基にしてヒップホップ的なサウンドを加味するという、それまでにまったくなかったスタイルを創り上げた。21世紀になってからはオーガニック系のサーフミュージックの旗手としても認知されるようになったが、デビュー当初から彼の基本的なスタンスは変わっていない。今回はオーガニック系と呼ばれる要因となった、ジャック・ジョンソンとの初のコラボ作『フィラデルフォニック』を紹介する。

初めて白人ミュージシャンと契約したオ
ーケーレコード

94年にG・ラブがデビューした時、CD盤のロゴを見て、僕はぶっ飛びそうになった。そこに「OKeh」(オーケー)という見慣れた大きな文字があったからだ。
オーケーレーベルは1918年に設立された“黒人音楽専門”の老舗レーベル。1920年、黒人女性ブルース歌手メイミー・スミスの「Crazy Blues」が大当たりしてからは、多くの黒人アーティストを抱えR&Bやブルース、ジャズ等のレコードを次々にリリースしていく。特に1920〜50年代の充実度は抜きん出ていて、スクリーミン・ジェイ・ホーキンス、チャック・ウィリス、ルイ・アームストロング、ブラインド・レモン・ジェファーソンら、のちのロックンロールやモダンジャズを生み出す巨人たちの多くがオーケーからレコードをリリースしている。
ただ、60年代以降になると、新興レーベルの台頭などもあって、オーケーの勢いは衰え、定かではないがおそらく70年代半ばまでにはオーケーの活動はストップする。その後、ソニーミュージックが版権を取得し、若手ブルースミュージシャン専門のレーベルとして復活させたのが94年のことである。
その第1号として契約したのが、G・ラブ&ザ・スペシャル・ソースであった。オーケーの長い歴史の中で彼らが白人として契約した初めてのアーティストであり、それも新人であっただけに、いかに彼らが期待されていたかがよく分かる。

まったく新しいオルタナティブ・ルーツ
ロックの提示

G・ラブが『G・ラブ&ザ・スペシャル・ソース』でデビューした時、リーダーのG・ラブことギャレット・ダットンはまだ21歳、自他ともに認める音楽オタクであった。小学校低学年の頃からギター教室に通い、ビートルズやチャック・ベリーのレコードを聴きながら練習し、15歳の頃にボブ・ディランに衝撃を受け、ハーモニカと生ギターというスタイルで活動するようになる。彼は72年生まれなので、そういったアーティストとの直接の接点は少ないはずであるが、流行の音楽を聴くよりは、古い音楽を探して聴くのが好きだったようだ。おそらく、彼の父親がかなりの音楽マニアだったのだと思われる。
そして、やがてフォークからブルースへと興味は移り、ルーツへの探求が始まる。B.B.キングやアルバート・キングらに代表される電気を使ったシカゴブルース(1)ではなく、ロバート・ジョンソンやビッグ・ビル・ブルーンジーのように生ギターを中心にしたデルタブルース(2)に惹かれたようだ。17歳の頃には地元のフィラデルフィアでストリート活動を始めている。
その後、ボストンで、スペシャルソースのメンバーとなるジェフ・クレメンズ(ドラム)やジミー・プレスコット(ベース)と出会い、それまでにないまったく新しい音楽を生み出すことになる。それがオーケーからリリースされたデビューアルバム『G・ラブ&ザ・スペシャル・ソース』(‘94)だ。
実際、このアルバムは90年代にリリースされた作品で、僕はもっとも注目すべき作品のひとつだと思っている。ヒップホップとブルースを融合させるという、一見無謀な実験も、メンバーの卓越した才能が自然なグルーブ感を醸し出していて、デルタブルース、ファンク、ジャズ、ヒップホップなどの根本にある要素をギュッと凝縮したサウンドは“オルタナティブ・ルーツロック”とも言うべきまったく新しい音楽になっているからだ。入門という観点から言うと、このデビューアルバムは「シブすぎ」だとも思うので今回はあえて取り上げないが、個人的にはこの1枚目こそがG・ラブの最高傑作だと考えている。

サーフロックと呼ばれる違和感

アメリカでは、50年代からサーファー向けの音楽というものが存在する。古いものではディック・デイル(タランティーノ映画でお馴染み)、ジャン&ディーン、ビーチ・ボーイズなどがいるのだが、70年代になるとパブロ・クルーズをはじめ、サーフィンの本場ハワイからカラパナ、カントリー・コンフォートのようなグループも参入して、ウエストコーストロックをもっとポップにしたようなサウンドをサーフロックと呼ぶことが多かった。
時代が今に近づくにつれ、よりアコースティックで、よりくつろいだ音楽がサーフロックと呼ばれるようになった。90年代には日本でも絶大な人気を誇るジャック・ジョンソン(3)が登場し、ドノヴァン・フランケンレイターやジェイソン・ムラーズなど、オーガニック系サーフロックと呼ばれるミュージシャンがフェスでも人気を博している。
なぜか、G・ラブもいつしかオーガニック系サーフロックのような“くくり”で紹介されている。ジャック・ジョンソンとの深い関係や類似した音楽性(どちらもアコースティック感覚を生かしたゆったりしたサウンド)を持っているので、表面的に似通った部分は確かにあるものの、「G・ラブ=黒人音楽」「ジャック・ジョンソン=白人音楽」と、実際にはそのバックボーンが大きく違うのは明らかなので、僕にはかなりの違和感がある。今年は5年振りに『フジロック』への参加が決まっているので、フェスに行く人はG・ラブの黒っぽさをしっかり見極めてきてほしい。

本作『フィラデルフォニック』について

本作は先に述べたジャック・ジョンソンとの関係がスタートしたアルバムで、通算4作目となる。ジャック・ジョンソンがG・ラブに書き下ろした希代の名曲「ロデオ・クラウンズ」が収録されているだけでなく、これまでのアルバムと比べ、美しいメロディーの曲が多いことに注目すべきだ。もちろん、例によってヒップホップを基調とした16ビートのファンキーなナンバーや、生ギターとマウスハープを中心にしたデルタブルース風のナンバーも快調そのものである。ダットンの枯れたヴォーカルとラップ風の歌い回しは、伝統へのリスペクトを持ちつつ、現代的なサウンドの追究も決しておろそかにしないという彼の筋の通った美学がしっかり伝わってくる。21世紀を前にしてリリースされた彼らの渾身のサウンドがつまった作品が『フィラデルフォニック』なのである。

そして現在は…

2004年、彼はジャック・ジョンソンの設立したブラッシュファイアレコードに移籍し、現在までに6作品をリリースしている。最新作『Love Saves The Day』(‘15)では、デビュー当時のブルース寄りのサウンドに回帰していて、今後の新たな展開にも目が離せないところ。今年の『フジロック』公演で、彼らがどんな演奏を聴かせてくれるのか楽しみだ。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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