バングルズのスザンナ・ホフスが久々
にリリースした3rdソロ『サムデイ』

80年代、バングルズのリードヴォーカリストとして大いに注目されたスザンナ・ホフス。キュートなヴォーカルとルックスで、Go-Go’sのベリンダ・カーライルと並んで、日本でも人気が高かった彼女だが、そんなこともすっかり忘れていた2012年、突然3枚目のソロアルバムがリリースされていた。ホフスは1959年生まれなので、この作品がリリースされたのは彼女が50歳を過ぎてからのことだ。でも、衰えていなかった…っていうか昔より良い。本作『サムデイ』は彼女のみずみずしいヴォーカルと練り上げられた楽曲群がいっぱい詰まった愛すべき作品に仕上がっている。これだけのアルバムにはなかなか出会えないと思うので、昔のファンも彼女を知らない若い人もぜひ聴いてみてほしい。

ガールズグループの元祖とは?

今でこそガールズグループは少なくないが、僕がロックを聴き始めた60年代後半から70年代にかけては本当にいなかった。ロックの世界では、ジャニス・ジョプリン、キャロル・キング、カーリー・サイモンなど、ソロで活躍する女性歌手は星の数ほどいたが、楽器を演奏しながら歌も歌う…要するに女性グループはいなかった。それはなぜだろうか。基本的に楽器は男性向きに作られているから、手が小さいとか力がないとか、当初はそういう身体的な問題で楽器を弾く女性が少なかったのかなと思う。これって男女どちらもが感じていることなのだろう。少なくとも昔のギターやドラムって、安物が弾きにくかったことは間違いない。今は2万円ほど出せば、音はともかく弾きやすい楽器が出回っている時代なので、手が小さくても力がなくても可能性は広がっているはずなのだ。だから、今、女性グループが多いのかどうかは分からない。
僕が中学生の時、初めて知ったガールズグループがある。バーサ(Birtha)というアメリカのロックグループで、2枚ほど日本盤も出ていた。そのバーサには1982年の角川映画『汚れた英雄』の主題歌を歌っていたローズマリー・バトラーがベースで参加していて、かなりレベルの高いハードロックを演奏していた。
もうひとつ、ファニー(Fanny)というフィリピン系のヴォーカリストが参加しているグループもあって、こちらはロック番組に出演している姿しか観たことはないが、グループのメンバー全員がジャニス・ジョプリンのようなすごいシンガーを揃えているという印象であった。
バーサもファニーも、後のガールズグループ結成にとって大きな意味を持つと僕は考えている。彼女らがいたからこそ、80年代にあれだけガールズグループが続々登場できたのだし、今すっかり忘れられているのは悲しいことだ。70年代には他にも、グループではないが、ハードロックグループのラマタム(Ramatam)のギター奏者がエイプリル・ロウトンという女性で当時は大きな話題になったし、そう言えば、スージー・クワトロもベース弾きながら歌ってたな。スージー・クワトロのお姉さんのパティ・クワトロは後期のファニーにギタリスト&シンガーとして参加してるので興味のある人は聴いてみてほしい。
次に登場したのが、76年デビューのザ・ランナウェイズ。後にソロとなるジョーン・ジェットをはじめ、ヴォーカルのシェリー・カーリーやギターのリタ・フォードなどカリスマ性のあるメンバーを揃えていたこととパンクブーム(ランナウェイズはパンクではないが)もあって、かなり売れた。彼女たちは特に日本での人気が高く、ランナウェイズを知ってロックをやるようになった女性は少なくないだろう。ただ、バーサやファニーと比べるとランナウェイズは演奏力に乏しく、アメリカではさほど売れなかった。日本で大ヒット(オリコン洋楽チャート1位)した「チェリー・ボム」もアメリカのチャートでは100位にも入らず、デビューから3年ほどで解散する。

80sガールズバンドの成功

で、急に話は飛ぶ。80年代に入った途端、ポピュラー音楽は一変する。シンセを多用したテクノポップとディスコサウンドが大流行するわけだが、それに反発する人力演奏好きの人たちに愛されたのが、パワーポップとかニューウェイヴのアーティストたち。エルヴィス・コステロ、ニック・ロウ、エリック・カルメン(ラズベリーズ)のようなメロディー重視のポップロックがセールス的にはシンセポップに負けていたけど根強い人気があった。
その文脈で登場してきたのが、80sガールズグループの草分けであるゴーゴーズとバングルズのふたつのグループだ。デビューはゴーゴーズのほうが早い(1980年デビュー)が、まぁ似たような時期に活動をスタートさせているから、この頃アメリカではガールズグループが雨後の筍のようなブームになっていたことが推測できる。
ゴーゴーズもバングルズも、それまでのガールズグループと違うのは、等身大の女性として音楽を作っていたことだ。バーサやファニーなどに代表される男性的なハードロックや、パンク風でワルを売り物にしたランナウェイズみたいに、キャラを作って勝負するというのではなく、自分たちの生活と密着したシンガーソングライター的な感覚で音楽を作っているのが新鮮であった。ここにきてガールズグループ自体が落ち着いたライフスタイルのようになってきたのだ。もちろん、そういう意味ではその礎を作り上げてきた70sのガールズグループをリスペクトしなくてはいけないと思う。どんな世界も先達は偉大なのである。

スザンナ・ホフスの活動

スザンナ・ホフスが在籍していたバングルズは、ガールズグループとして優れていただけでなく、パワーポップのグループとしてもロック史に残る数曲の名曲をものにしている。プリンスが偽名で書いた「マニック・マンデー」や全米チャート1位に輝いた「エジプシャン」の他、日本人なら誰もが知ってる一世一代の名曲「胸いっぱいの愛(原題:Eternal Flame)」もある。これだけの曲をリリースしていると耳が肥えるというか、中途半端な曲は歌いたくなくなるのではないかと思う。ちなみに「胸いっぱいの愛」はマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」やシンディ・ローパーの「トゥルー・カラーズ」といった名曲を書いたトム・ケリーとビリー・スタインバーグのふたりが中心に作り、スザンナ・ホフスも共作者としてクレジットされている。
ホフスはバングルズを一旦解散してからはソロとなり、2枚のアルバム『When You’re A Boy』(‘91)と『Susanna Hoffs』(’96)をリリース。ヒットはしなかったが、どちらも良い作品であった。その後、親友のベリンダ・カーライル(ゴーゴーズのボーカリスト)のバックヴォーカルをしたり、デモ曲を書いたりして過ごしていたが、パワーポップの達人マシュー・スウィートと出会い、ポップスやロックの優れた曲をカバーするプロジェクトに参加。『Under The Covers Vol.1』(‘06)『Under The Covers Vol.2』(’09)『Under The Covers Vol.3』(‘13)をリリースし、名曲の勉強を通してホフスはその才能に磨きをかけていく。この3枚のアルバムはカバーアルバムとして素晴らしい仕上がりで、60s、70sの名曲がぎっしり詰まっている。

本作『サムデイ』について

本作『サムデイ』に収録されているのは全10曲で31分。CDの感覚で言えば短いが、聴き終わった後にじわじわと幸福感に満たされる。全編、60sポップスやロックへの愛が感じられて嬉しい。ホフスのヴォーカルもバングルズ時代のキュートさを残しつつ、カバー集などで鍛えられた熟練さも感じられる秀逸なものである。プロデュースは、ロス・ロボス、エルヴィス・コステロ、ボニー・レイット、ポール・マッカートニーらのプロデュースで知られる名手ミッチェル・フルーム。ストリングスやホーンは全て人力で、シンセは使用していない贅沢な作品だ。
バックを務めるミュージシャンもマイク・キャンベル、デイブ・ファラガー、ピート・トーマス、ボブ・グローブら、一流のミュージシャンばかりで、歌伴のなんたるかを知り尽くした演奏は滋味で深い。
この作品はホフスの代表作なのはもちろん、良い曲と良い歌を聴きたい人にはもってこいのアルバムだと思う。これだけの作品を作ってしまうと次作が大変かもしれないが、何年でも待つので彼女の素晴らしい歌をまた聴きたいと思うのだ。バングルズ時代の彼女もいいけど、僕は50歳半ばを過ぎた今がもっとも輝いているのではないかと確信している。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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