リミックス制作の先駆者として
知られる才人・ニルソンの
傑作『空中バレー』

『Aerial Ballet』(‘68)/Nilsson

『Aerial Ballet』(‘68)/Nilsson

1968年、世界的なスターとなっていたビートルズが会見の席で「アメリカで注目しているアーティストは?」との質問に、ジョン・レノンとポール・マッカートニーがひとりのアーティストの名前を挙げ大きな話題となった。それがニルソンである。ニルソンはスタンダード曲のような本格的なポピュラー音楽のスタイルとサイケデリックなポップを混ぜ合わせたり、一人多重録音による斬新なヴォーカルアレンジを提示したりするなど、ポピュラー音楽界で独特の立ち位置を獲得したアーティストである。彼の歌う「うわさの男(原題:Everybody’s Talkin’)」は日本でも未だにさまざなメディアで使われているので聴いたことがあるのではないだろうか。今回は、その「うわさの男」を収録した3rdアルバムとなる初期の傑作『空中バレー(原題:Aerial Ballet)』を取り上げる。

日本にない“スタンダード”という
音楽スタイル

音楽ファンであれば、一度は“スタンダード曲”という言葉を耳にしたことがあると思う。スタンダード曲とは同じ国に住む人なら老若男女を問わず誰もが絶対に知っている楽曲群のことである。スタンダード曲はロックンロールが誕生した1950年代後半に縮小してしまうのだが、ジャズの世界では今でもちゃんと通用する言葉であり概念だ。アメリカのエンタメ界にはミンストレルショーやヴォードヴィルなどから派生した、劇中に台詞を歌で表現するミュージカルのスタイルが古くからあったが、ミュージカル映画の登場で一気に全米に広がっていく。基本的にスタンダード曲はミュージカル(ミュージカル映画も含む)の中で使われた曲で、長い間愛され、いつの間にか誰もが知る曲になったものを指す。

スタンダード曲の有名なところでは、ホーギー・カーマイケルの「スターダスト」「我が心のジョージア」、ジェローム・カーンの「オール・ザ・シングス・ユー・アー」「煙が目にしみる」、コール・ポーターの「ラブ・フォー・セール」「ナイト・アンド・デイ」、アーヴィング・バーリンの「ホワイト・クリスマス」「ブルー・スカイ」、ロジャース&ハマースタインの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」、ヘンリー・マンシーニの「ムーン・リバー」「酒とバラの日々」などがあり、これらは今でもジャズのジャムセッションではよく演奏されている。

ニルソンの音楽的バックボーン

ニルソン(本名はハリー・ニルソン)の曾祖父母はサーカスの芸人で、祖母はピアノが得意であった。近い親戚にも楽器を弾ける者がいて、ハリー少年は音楽的には恵まれた生活を送っていたと言えるだろう。ただ、家庭は貧しかったので、劇場で働くようになる。この頃から徐々にミュージカル音楽などの職業作家への憧れが強くなり、昼は作詞作曲、晩は銀行のコンピューター部門で働いている。60年初頭になると、レイ・チャールズのリズム(R&B)とエバリーブラザーズのコーラスに影響を受け、1963年には22歳でソングライターとしてデビュー、リトル・リチャードなどに曲を提供している。

この後、当時一世を風靡していたフィル・スペクターに教えを乞い、彼とソングライターチームを組んで曲を書くかたわら、自身のデモテープ作りも始めている。66年には自身のシングルを数枚とそれらシングルをまとめたデビューアルバム『スポットライト・オン・ニルソン』をインディーズレーベルからリリース、グレン・キャンベル、ヤードバーズ、フレッド・アステア。モンキーズといった人気アーティストにも曲を提供するのだが、彼自身はこれといった注目を浴びることはなく、相変わらず晩は銀行に勤め昼間に作詞作曲をするという生活を続けていた。ところが、RCAからアーティスト契約(歌手及びソングライター)の話が舞い込み、念願のメジャーレーベルでのデビューが決まる。

OKMusic編集部

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