新時代の女性シンガー像を鮮やかに示
したカーリー・サイモンの傑作『ノー
・シークレッツ』
70年代の一時期、女性シンガーといえば必ず彼女の名前が入るほど、一時代を築いたひとりだと言っていい。キャロル・キング、ジョニ・ミッチェル、リンダ・ロンシュタット、そしてカーリー・サイモン。さらに並べ始めれば、ローラ・ニーロも入れたい、日本ではジャニス・イアンも人気だった、忘れてはならないカレン・カーペンター、通好みでマリア・マルダーも…と続くが、同世代のシンガーの中で、「You're so vain」(邦題:うつろな愛)のメガヒットを飛ばし、セクシーな容貌でメディアを賑わしたカーリー・サイモンの存在はとてつもなく大きかった。今回はその「You're so vain」を収録した彼女の大ヒット作『No Secrets』('72)を取り上げてみたい。
通算三作目、超豪華メンバーの参加も目
を惹く大傑作
このベースを弾いたのは英国のバンド、マンフレッド・マンのベーシストだったクラウス・フォアマンである。クラウスはベーシストというよりは、画家、イラストレーターとしての仕事もよく知られ、ビートルズの『リヴォルバー』('66)のジャケットのイラストを手がけた、と言えば分かりやすいだろうか。ビートルズのメンバー、特にジョン・レノンとジョージ・ハリソンと親交が熱く、彼らのアルバムやコンサートでも頻繁に共演したクラウス・フォアマンである)。近年公開された彼の『Klaus, A Sideman's Journey』という映像作品の中で、クラウスが米国東海岸の島(マサチューセッツ州マーサズ・ヴィンヤード)に住むカーリー・サイモンの住まいを訪ねて、何十年振りかの再会を喜び合いながら、あの「You're so vain」のイントロについてふたりで語り合うシーンがあった。
まず、ビッグなところからいくと、収録曲「Night Owl」でポールとリンダのマッカートニー夫妻がバッキングヴォーカルで参加している。それから、レコーディング時は恋人同士だったジェームス・テイラーが「Wanted So Long」でやはりコーラスで参加している。同曲にはまたリトル・フィートのロウエル・ジョージがスライドギターで、ビル・ペインがキーボードでサポートしている。
リズム隊にはアンディ・ニューマークとジム・ゴードン、ジム・ケルトナー、ベースには前述のクラウス・フォアマンとすごすぎる面子がズラリ。
また、ストリングスのアレンジにエルトン・ジョン、マイルス・デイヴィスとの仕事でも知られるポール・バックマスターが関わり、その関連でキーボードでピーター・ロビンソン(ザ・クォーターマス)も参加している。キーボードの参加者はとりわけ豪華で、他にもローリング・ストーンズ、ジェフ・ベック・グループ、クィックシルヴァー・メッセンジャーズ・サービス、ジョージ・ハリソンといった一流どころと仕事をこなしているニッキー・ホプキンスも加わっている。
と、いい加減、目がクラクラしてきそうだが、他にもパーカッションにレイ・クーパー、サックスにボビー・キーズ、コーラスにボニー・ブラムレット、ドリス・トロイとため息が出そうな名前が連なっている。そして、極めつけとなるのが、大ヒット曲「You're so vain」でバッキングヴォーカルで参加したミック・ジャガーということになる。
ミックの参加は今では周知の事実だが、アルバムリリース時、そして現在も正式にはクレジットされておらず、表向きは「ミックも参加しているらしい」という程度に名前は伏せられているのだが、サビの部分で上手く裏メロを取りながら抜群のコーラスを決めている声がミック・ジャガーであるのは疑いようがないものだ。ミックが参加した経緯はたまたまのことで、本来はハリー・二ルソンが担当するはずだったのだが、スタジオに居合わせたミックが試しに歌ってみたところ、そのヴァージョンを聴いたニルソン本人が絶賛して自分が歌うのを拒否、ミック参加ヴァージョンが本採用になったという話である。
次代に先鞭をつけたサウンド、アレンジ
面での新しさ
ちなみに、夫君が大きく制作にも関わっていたキャロル・キングのこれまた記録的な大ヒット作『Tapestry(邦題:つづれおり)』('71)は本作がリリースされる前年に出ている。本作が出て、「You're so vain」がヒットチャートを駆け上っている時には、同じチャート内にキャロル・キングの曲も同居していた可能性は大いにある。まさに同時代を代表する女性シンガーの2作。奇しくもどちらにもジェームス・テイラーが関わっていながら、それでも、両作は微妙に感触が違う。
キャロルの『Tapestry(邦題:つづれおり)』はいかにもシンガーソングライターのアルバムという手触りを感じさせるものだったが、カーリーのアルバムから伝わってくるのは、どことなく来るべきクロスオーヴァー/フュージョン的なサウンド到来を予感させるものがある。そのあたりはジェームス・テイラーの影響が大きいのだろうと思う。自身のバックバンドともいうべきザ・セクションともに制作されたジェームス・テイラーの初期の諸作などは、今聴いても時代に先駆けていると思わせるジャズ、フュージョン的なミニコンボとヴォーカルの極めて洗練されたアンサンブルだから。
もっとも、フォークシンガーとしてスタートしながら、クロスオーヴァー/フュージョン的なアプローチにシフトして意欲作を発表し続け、成功を収めるのはジョニ・ミッチェルだと思われる。しかし、彼女がその方向へとシフトチェンジするのは『Court and Spark』('74)からであり、同時期、またジョニのほうはシンプルなフォークシンガー然とした(それでも変速チューニングを駆使したギターでかなりコンテンポラリー感たっぷりだったが)作品を発表し続けている段階だった。そういう意味では、カーリー・サイモンはジェームス・テイラーと出会ったことで、少し時代に先駆けることができたのかもしれない。
次作となる『HOTCAKES』('74)となると、そのクロスオーヴァー/フュージョン的なサウンド指向はさらに強まり、前作からほぼ同メンバーの面子に加え、ギターにロビー・ロバートソン(ザ・バンド)、ピアノにドクター・ジョンの参加が目を惹きはするものの、サックスにマイケル・ブレッカー、ハワード・ジョンソン、パーカッションにラルフ・マクドナルド、ドラムにビリー・コブハム、ギターにジョン・ピザレリ、デビッド・スピノザ、ベースにリチャード・デイヴィス…etcとジャズ、フュージョン系アーティストが大増量されている。
The Carter Family(ザ・カーター・ファミリー)こそは、米国フォークミュージックのみならず日本のフォークソングの模範となったグループで、1927年から1943年にかけて活動し、カントリーからブルーグラス、フォーク、ポピュラー音楽全般に大きな影響を与えたグループだ。彼らはアメリカ南部アパラチア山岳地帯で歌い継がれてきたバラッド等の民謡や、それをベースに作られたオリジナルをレパートリーとし、宗教や家族をテーマにした歌、そこにゴスペルのような独特のハーモニーを加えたことで知られている。「Keep on the sunny side」「Wildwood Flower」といった曲は、現在でも世界中で歌い継がれている名曲である。そんな彼らにリスペクトを示すように、アルバム中に“The Carter Family”とタイトルを付けた曲を加えているところに、カーリーのシンガーとしての気骨のようなものを感じる。そう「私はポップ・シンガーじゃないのよ」と。
『No Secrets』リリース後に結婚したジェームス・テイラーとはロック界きってのおしどり夫婦と呼ばれていたものだが、83年には離婚している。先にクラウス・フォアマンがカーリー・サイモンの訪ねて住まいのあるマサチューセッツ州マーサズ・ヴィンヤード島を訪れたというくだりを紹介したが、マーサズ・ヴィンヤード島は昔からアーティストコロニーとして画家や音楽家、セレブリティが暮らす有名なところで、かつてはジェームス・テイラーとカーリー夫妻も住んでいた。もしかすると、カーリーは離婚後も同じ家で暮らしているのかもしれない。
彼女も現在、御年70歳ということになる。近年も元気にステージで歌っている姿が動画サイト等にもアップされているのを観たが、声質こそさすがに低音気味になっているものの、昔と変わらないスタイルと大きな口で優雅に歌っている姿を披露していた(ますますスティーヴン・タイラーに似てきた感)。
著者:片山明