ライ・クーダーとの出会いにより
世界的にも知られるようになった
ハワイアン&
スラック・キー・ギターの
巨星ギャビー・パヒヌイの傑作

スラック・キー・ギター
(Slack Key Guitar)

ライのアルバムを手にした時、ギャビーの名前のところにスラック・キー・ギターとクレジットされているのを、初めて目にした。スラック・キー・ギター(Slack Key Guitar)? なんだそれは? 当時は情報が伝わらず、解説する者もいないのでなかなか分からなかったのだが、それはギターの筐体を指すのではなく、チューニングのことだった。英語でSlack(ゆるい)キーという名前がつけられたそれは、ハワイアンが開発した独自のチューニングと奏法によるギタースタイルを指すのだが、代表的なものに「タロパッチ」チューニングというのがあり、6弦側から1弦に向かってDGDGBDに合わせていく。と、これは要するにオープンGチューニングということになる。その変形で3弦を半音下げるた「ワヒネ」チューニングというのもある(DGDF#BD)。他にもいろいろあり、それぞれのチューニングにハワイ語の名前がつけられているらしい。それにしてもギターの響きの多彩さ、コード弾き、ピッキングの多様な展開を追っていると、スラック・キー・ギターはなかなか奥が深そうである。

「タロパッチ」に代表されるスラック・キーのオープンチューニングを知った時、ライ・クーダーは夢中になっただろうと思う。ボトルネック(スライド)奏法の達人である彼は当然、オープン・チューニングにも精通してるわけで、すぐに弾きこなせたはずだ。それでも、自分がいつものようにやればブルースっぽくなってしまうところが、ギャビーが同じチューニングで弾けばハワイアンになるのだから、それはもう彼にとっては目からウロコだったろう。

2枚のアルバム,特にVol.1のほうではライたち本土組の参加に対し、ギャビーたちもそれなりに気を使ったのだろうか、随所に彼らの見せ(聴かせ)場もセッティングされている。特に3曲目の「プウアナフル(原題:Pu’uanahulu)」ではニック・デ・カロのストリングスアレンジが効いていて、これはライ・クーダーのアルバムに入っていても違和感ない作りである。また、このアルバムではライ自身は多くの曲でフラットマンドリンに専念するほか、ティプルというラテンアメリカで使われている珍しい12弦ギターをいくつかの曲で弾いている。スラック・キー・ギターはギャビーの盟友アッタ・アイザックスが弾いている。ギャビー、アッタ・アイザックス、サニー・チリングワース、ブラ・パヒヌイ、シリル・パヒヌイら、バンドのメンバーらによるハワイ語で歌われるおおらかなヴォーカル,コーラスが何と言っても魅力だ。ギャビーはもっぱらスティールギターを弾いているが、これはもう神業と言いたくなる素晴らしさだ。

音楽、とりわけ楽器演奏を齧った人間はつい、身についた癖のようにスラック・キー・ギターを操る手ぎわ、スティールギターとのアンサンブルが…と細部のディテールに注視しがちだ。それも結構だが、このアルバムで聴ける演奏というのはごく一般の、BGMでハワイアンが鳴っていたら,それはそれで満足で「別に鳴っていたらどんな音楽でもいいけど」という程度の人をも唸らせるぐらいの極上だということだ。気を引くようなアドリブなんてない。譜面など存在しないのだと思うが、呼吸するみたいに自然体。この安息感に包まれ、目を閉じていると、確実に日常を忘れる。「何この芳醇で幸せな気分にしてくれる音楽は?」と。Vol.2は翌年にレコーディングされ、1977年にリリースされている。こちらにはライ・クーダーは単身参加していて、そのぶんギャビー、アッタ・アイザックスを筆頭にハワイアンバンド本来のスタイルになっているのだと思う。ギャビーはスティール・ギターのほかにスラック・キー、12弦ギター、ウクレレ,ベース、そしてヴォーカルとマルチプレイヤーぶりを発揮している。ライはマンドリン、ティプルのほか、本作ではギターも弾いている。随所で一聴して彼とわかるプレイを聴かせるが、Vol.1でもそうだが彼はあくまでは黒子に徹している。わきまえているというか。

あと、ギャビーは作曲には関わっていなくて、トラディショナルのものや外部のソングライターの曲を選んでいるようなのだが、私には選曲のセンス、アレンジにハワイ音楽の枠をこえるものを感じてしまうのだ。何だろう…垢抜けているというか、アーバンなセンス?
前のほうでライ・クーダーのアルバム『チキン・スキン・ミュージック』にギャビーたちハワイ組が参加していること、演奏したのはカントリー、ジャズ曲だったことに触れた。そこに何か鍵があるような気がした。

OKMusic編集部

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