悲運のバンド、
バッドフィンガーを率いた
故ピート・ハムが残した
『セヴン・パーク・アヴェニュー』

ワーナーに移籍し、
充実作を出す一方で悲運に見舞われる

バッドフィンガーに話を戻すと、ここまでの紹介だとバンドは順風満帆、ビートルズ・ファミリーの庇護のもと、恵まれた環境で…と思われそうなのだが、実際はそうではなかった。デビューはしたものの、親会社とも言うべきビートルズの設立した「アップル」の経営はガタガタで、ビートルズ自身の存続さえ危ぶまれる内紛状態にあった。バッドフィンガーに対し、アップルからは何のプロモーションもバックアップも、援助もなかった。おまけに、バンドが契約した米国人のマネージャーが実はマフィアに通じる詐欺師のような人物で、バンドにとって不利益な内容の契約を結ばれていた。どうしてそのような契約になり、破棄もできなかったのか不思議というか謎なのだが、バンドはヒット作を出しているというのに、メンバーは極貧で衣食住にも事欠く生活だったというのだ。いいアルバムを作ればいつかは報われる…それだけを心の張りに、「アップル」への当てつけのようなタイトルをつけた4作目『アス(原題:Ass)』をリリースし、バンドはワーナーに移籍する。契約の関係で『涙の旅路(原題:Badfinger)』(’74)、『素敵な君(原題:Wish You Were Here)』(’74)と年に2作という尋常ではないレコーディングが行なわれているのだが、内容は悪くないというか、「涙の旅路(原題:I Miss You)」「ロンリー・ユー(原題:Lonely You)」「Just A Chance(原題:ジャスト・ア・チャンス)」をはじめ、楽曲は粒揃い。プロコルハルムやピンク・フロイド、ロキシー・ミュージックを手がけた経歴の名匠クリス・トーマスのプロデュースのもと、聴き応えのある仕上がりになっている。ところが、ワーナーとの契約金を横領し、召喚された公聴会での証言を拒み、使途不明のままマネージャーが失踪する。この問題がバンド側とワーナーとの間で訴訟問題に発展し、出回っているアルバムがストアから撤去されるという事態になる。

バンドは辛い現実から目を逸らし、音楽だけに集中するように休む間もなく古巣アップルのスタジオで次作となるレコーディングを行なっているのだが、ワーナーはバンドの一切のアルバムの配給を停止し、レコーディングした音源は全てお蔵入りとなる。バンド内の人間関係も乱れ出し、ジョーイ・モーランドが脱退するという段階になって、ピートは将来を悲観し、ついに自ら命を絶ってしまうのだ。その数年後にはトム・エヴァンスまでが命を絶つという悲劇の連鎖が起こっている。
※2000年になって、ワーナーがリリースを差し止めた1975年に録音した幻の音源が『ヘッド・ファースト(原題:Head First)』のタイトルでリリースされ、ファンを驚かせた。ジョーイ・モーランドは脱退して不参加。アルバムの完成度、ピートの書く楽曲のレベルは苦境にあっても高く、当時の音楽シーンをきちんと見据え、スワンプロック的なアーシーなサウンドにも取り組んでいる。絶望的な中にあっても、ピートがバンドとともになおも前に進もうとしていたことが聴き取れる。

閑話休題 ポピュラー音楽史上に残るラヴバラードの傑作「ウィズアウト・ユー」

「ウィズアウト・ユー(原題:Without You)」はハリー・ニルソンがアルバム『ニルソン・シュミルソン(原題:Nilsson Schmilsson)』(’71)でカバーし、これが大ヒット、米英ともにチャート1位を獲得している(ニルソンは同曲はポール・マッカートニーの作だと思い込んでいたらしい)。それから23年後、今度はマライア・キャリーがアルバム『ミュージック・ボックス(原題:Music Box)』(’94)の中でカバーし(ニルソンのバージョンを)、これも米国3位、英国1位という大ヒットになっている。このふたりに留まらず、この曲はこれまでに200近いアーティストにカバーされているらしい。それに対し、バッドフィンガー好きはよく言ったものだ。「とても喜ばしいよね。あの曲の素晴らしさが多くに認められてるんだから。ピートとトムの曲だという認識があるのかはともかく」。そして、コーラス・パートを思いっきり劇的にアレンジしたニルソンの、あるいはソウルシンガー風にエモーショナルに歌い上げたマライアのバージョンよりも、抑揚を抑え、切々とピートが歌ったオリジナルのバッドフィンガーのバージョンを絶賛するのだ。

決して多くに支持されることもなく、はかない末路をたどったバンド、バッドフィンガー、そのリーダーであり、悲劇的な最期を遂げてしまったピート・ハム。そんなこともあって、なかなか陽気には語れないのだけれど、仲間で飲んだりしていると、きまって誰かが「バッドフィンガー / ピート・ハム、好きなんだよな…」と言い出したりすることがあり、コアなファンには忘れがたい存在であることは間違いない。そして、たぶん一度好きになると、ずっと好きなままなのだ。2013年にはピートの故郷、ウェールズのスウォンジーという町の、彼がバンドと練習をしていた建物の壁に、生前のピートの功績を称え、プレートが飾られたという。娘のペトラ・ハムが除幕し、式にはジョージ・ハリスンの未亡人オリヴィアも立ち会ったそうだ。残された音楽はほんとうに素晴らしい。ぜひ聴いてみてください。

TEXT:片山 明

アルバム『Seven Park Avenue』1997年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. キャサリン・ケアズ/Catherine Cares
    • 2. コバトーン・ブルース/Coppertone Blues
    • 3. イット・ダズント・リアリー・マター/It Doesn't Really Matter
    • 4. リヴ・ラヴ・オール・オブ・ユア・デイズ/Live Love All of Your Days
    • 5. ウッド・ユー・ディナイ/Would You Deny
    • 6. ディア・ファザー/Dear Father
    • 7. マッテド・スパン/Matted Spam
    • 8. 嵐の恋/No Matter What
    • 9. リーヴィング・オン・アミッドナイト・トレイン/Leaving on a Midnight Train
    • 10. ウィープ・ベイビー/Weep Baby
    • 11. ハンド・イン・ハンド/Hand in Hand
    • 12. シル・ベブ/Sille Veb
    • 13. アイ・ノウ・ザット・ユー・シュッド/I Know That You Should
    • 14. アイランド/Island
    • 15. ジャスト・ルック・インサイド・ザ・カヴァー/Just Look Inside the Cover
    • 16. ジャスト・ハウ・ラッキー・ウィー・アー/Just How Lucky We Are
    • 17. ノー・モア/No More
    • 18. リングサイド/Ringside
    • 19. ジャスト・ア・チャンス/Just a Chance
    • 20. ア・ハート・ザット・キャント・ビー・アンダー・ストゥッド/The Heart That Can't Be Understood
    • 21. カム・カム・トゥモロウ/Come Come Tomorrow
    • 22. ブレッシング・イン・ディスガイス/Blessing in Disguise
    • 23. ノウ・ワン・ノウズ/Know One Knows
『Seven Park Avenue』(’97)/Pete Ham

OKMusic編集部

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