まさに英国の華と言いたくなる、
レスリー・ダンカンの
珠玉の歌を覚えていてほしい

1枚選べと言われたら
『ムーン・ベイジング』

今回取り上げた編集盤、特にその核となる『ムーン・ベイジング』 (‘75)はレーベルをGMに移籍して通算4作目、メジャーアーティストとの仕事でネームバリューも上がり、ある意味ピークとも言える時期に発表したアルバムだ。これまた全曲レスリーが書き下ろしている。前3作に比べると、アメリカのマーケットを意識したようなR&B、フュージョン風味のアレンジの曲が増えている。とはいえ、フォーキーさを湛えた情感あふれる曲もバランスよく配置され、タイトルチューンの「ムーン・ベイジング」で聴かれるようなアコースティック曲の味わいは格別だ。この曲ではレスリーはマンドリンも弾いている。レスリーがアコギを弾いている「ファイン・フレンズ」のピースフルな曲の味わいもいい。また、ほぼ全曲で英国きってのセッション・ギタリスト、クリス・スペディング(ニュークリアス→シャークス→ブライアン・フェリー・バンド→ロバート・ゴードン…etc)が随所で見事なギター、ソロで寄り添っている。そのスペディングを含め、手練のセッションミュージシャンらがバックを固め、当時レスリーの夫でプロデュースも務めているジミー・ホロビッツがピアノを弾く「レディ・ステップ・ライトリー」「ロッキング・チェアー」といった美しい曲などは、エルトン・ジョンが歌っても合いそうだ。

編集盤『レスリー・ステップ・ライトリー:GMレコーディング・プラス1974-1982』には『ムーン・ベイジング』の全曲、3作目の『エヴリシング・チェンジズ』(’74)の全曲、最後のソロ作となった『メイビー・イッツ・ロスト』(’77)の全曲に加え、レスリーが残した貴重なBBCラジオ音源、ライヴ音源が数多く収められ、「シング・チルドレン・シング」や初期の代表曲、とりわけ彼女によるオリジナルの「ラヴ・ソング」のライヴバージョンも聴け、この類まれな英国女性シンガーソングライターの仕事を俯瞰することができるかもしれない。
先に彼女のファーストシングル(初レコーディング)の動画/音源を紹介したので、彼女の後期の録音もお聴きいただきたいと思う。ビートルズのアルバム『アビー・ロード』、ピンク・フロイドの『狂気』でエンジニアを務めた鬼才アラン・パーソンズの要請でアルバムのエンディングにレスリーが1曲リードシンガーを担当している。この先の彼女の人生を思う時、美しいメロディーとレスリーの絶唱、その消えそうな灯火のような切なさに胸が詰まりそうになるが、これは大名曲である。
レスリーはアラン・パーソンズとの仕事の後、徐々に音楽活動を縮小していく。理由は分からない。再婚を機に家庭での時間を優先したのかもしれない。最晩年の録音としてはボブ・ディランの「戦争の親玉(原題:Masters of War)」(’82)のカバーが残されている(彼女には珍しいパンキッシュな歌いっぷり)。
※本編集盤にも収録されている「戦争の親玉」のカバーは平和目的のチャリティーで録音されたものらしいが、発売の数日後にフォークランド紛争が勃発し、一部からは不快感を抱かれることになったとインタビューで語っている。

やがて、彼女は1996年にスコットランドのマル島に移り住むと、音楽活動から完全に離れ、ガーデニング、障害者のボランティアなどに取り組むほかは、ひっそりと暮らす生活を選ぶ。近隣の住民は彼女がシンガーだったことも一切知らなかったそうだ。そして、残念なことに彼女は病に侵されてしまう。長く闘病生活を続けたものの、惜しまれつつ2010年に亡くなった。享年67。

ヴァレリー・カーターもそうだったが、レスリー・ダンカンもバッキングヴォーカルに仕事を通じて多くのミュージシャン、アーティストに信頼され、愛されてきた、まさにミュージシャンズ・ミュージシャン(シンガー)だったのではないか。ビッグヒットこそ残さなかったし、アルバムは傑作でありながらも、小品という趣きだ。それでも味わい深く、いつまでも忘れず、棚にコレクションしておきたい気にさせられる。ぜひ一度、聴いてみてほしい。

TEXT:片山 明

アルバム『ムーン・ベイジング(原題:MOON BATHING)』1975年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.I Can See Where I'm Going
    • 2.Heaven Knows
    • 3.Moon Bathing
    • 4.Rescue Me
    • 5.Lady Step Lightly
    • 6.Wooden Spoon
    • 7.Pick Up The Phone
    • 8.Helpless
    • 9.Fine Friends
    • 10.Jumped Right In The River
    • 11.Rocking Chair
アルバム『レスリー・ステップ・ライトリー:GMレコーディング・プラス1974-1982(原題:Lesley Step Lightly: GM Recordings Plus 1974-1982)』2019年発表作品
    • <収録曲>
    • ■Disc 1
    • 1.MY SOUL
    • 2.BROKEN OLD DOLL
    • 3.THE SERF
    • 4.HOLD ON
    • 5.EVERYTHING CHANGES
    • 6.LOVE MELTS AWAY
    • 7.SAM
    • 8.YOU
    • 9.WATCH THE TEARS
    • 10.WE'LL GET BY
    • 11.MY SOUL
    • 12.SAM
    • 13.FORTIETH FLOOR
    • 14.LOVE SONG
    • 15.THE SERF
    • 16.EARTH MOTHER
    • 17.SING CHILDREN SING
    • ■Disc 2
    • 1.I CAN SEE WHERE I'M GOING
    • 2.HEAVEN KNOWS
    • 3.MOON BATHING
    • 4.RESCUE ME
    • 5.LADY STEP LIGHTLY
    • 6.WOODEN SPOON
    • 7.PICK UP THE PHONE
    • 8.HELPLESS
    • 9.FINE FRIENDS
    • 10.JUMPED RIGHT IN THE RIVER
    • 11.ROCKING CHAIRBONUS TRACKS
    • 12.COULD'VE BEEN A WINNER
    • 13.EARTH MOTHER
    • ■Disc 3
    • 1.THE SKY ON FIRE
    • 2.MAYBE IT'S LOST
    • 3.SLIPPING SIDEWAYS
    • 4.LIVING IT ALL AGAIN
    • 5.ANOTHER RAINY DAY
    • 6.RIDE ON THE WIND
    • 7.LET IT ROLL
    • 8.WALK IN THE SEA
    • 9.FALLING LIKE A LEAF
    • 10.DON'T WORRY 'BOUT IT
    • 11.DRIFT AWAYBONUS TRACKS
    • 12.THE MAGIC'S FINE
    • 13.PAPER HIGHWAYS
    • 14.SING CHILDREN SING
    • 15.RAINBOW GAMES
    • 16.DON'T CRY ANITA
    • 17.THE WRONG WOMAN
    • 18.WALKING OUT INTO A BAD DREAM
    • 19.YESTERDAY
    • 20.YOU'RE A SLY ONE
    • 21.MASTERS OF WAR
    • 22.ANOTHER LIGHT GOES OUT
『MOON BATHING』(’75)/Lesley Duncan
『Lesley Step Lightly: GM Recordings Plus 1974-1982』(‘19)/Lesley Duncan

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着