【NakamuraEmi ライヴレポート】
『NakamuraEmi Momi Release Tour』
2021年12⽉3⽇ at Zepp Haneda
そんなMCでの言葉どおり、彼女にとって実に2年振りとなった有観客ツアーの最終公演は、まさしく日常の中でホッとひと息つける珈琲タイムのように芳醇な時間だった。“コロナ禍に入って2カ月間、音楽と離れていろんなものが見えたおかげで、肩の力が抜けて新しいタームに来た気がします。コロナと関係ない曲を作りたかったけどできなくて。でも、代わりにやさしい言葉で書けるようになりました”とも語られたように、その歌声も歌詞も、よりやさしく、オーディエンスの心を温かくかき抱く。しかし、そのピュアなやさしさこそが聴く者の、少なくとも筆者の心をかき乱したのも事実。ホッとできる休息の裏には必ず激しい感情のうねりがあり、つまりは日常こそがドラマなのだと、改めて実感できた2時間でもあった。
アコースティックで21カ所、さらにバンド形態で4カ所を回る今回は、7月に発表された最新アルバム『Momi』のリリースツアー。加えて昨年2月の発売後、ツアーが全日程中止になってしまった『NIPPONNO ONNAWO UTAU BEST2』の楽曲を軸にセットリストは構成されていた。バンドメンバーに続いてステージに現れたNakamuraEmiが深々と一礼すると、ベスト盤をリリースするまでに辿り着けた感謝を歌い上げた「BEST」でツアーファイナルは開幕。バンドサウンドのオーガニックな響きは“籾”の名を持つツアーにぴったりで、彼女が叩くタンバリンの音色が土の匂いを感じさせてくれる。
続いて、まず一発目のうねりをもたらしたのが、カッティングギターから始まった「大人の言うことを聞け」。軽快なサウンドとクラップで贈られるライヴ登場率の高いナンバーだが、聴くたびに心の動揺が大きくなるのは聴くたびに此方が歳を取っているからなのだろう。“大人の言うことを聞け”という台詞の裏に隠された愛情と、最早その言葉をかけられることもなくなってしまった寂しさと、逆に自分がその言葉を若者に向ける時の歯痒さ。そんな名状しがたい感情のミクスチャーが、歳を取るほど濃度を増し、奏でられる音の軽やかさや演者たちの楽しそうな様子との反比例で、自分自身に襲いかかってくるのだ。言い換えるならば“死”に近づくほどに染みる曲――そんな曲を得られたことは、リスナーにとって今後、歳を重ねていく楽しみのひとつにもなるだろう。
リズミカルな「使命」や私小説的ロッカバラード「東京タワー」で、ラップを交えた躍動的ヴォーカリゼーションを堪能させると、MCではマイクスタンドの足元に飾られた籾(稲)を“実家から持ってきたNakamura稲です!”と紹介。さらに、珈琲がポタポタと落ちるさまを自分自身を見つめ直す時間になぞらえ、ドラマのような朝食風景をブルージーに描いた「drop by drop」からは、彼女のパーソナリティーに立脚とした日常という名のドラマが開幕する。例えば“儚いもの”を守るために夢を諦めようと思い悩む男心を綴った「スケボーマン」に、本当はやわらかめなご飯が好きな女性の「ご飯はかために炊く」は、ともに愛する人への献身を歌った曲。極めて現代的な価値観から言えば、片方が片方を完全に庇護するパートナーシップはバランスが悪いし、相手の望みを叶えるばかりでは“モラハラの餌食になりかねないよ!”と警告したくもなってしまうが、その裏にあるのは愛する人に対する絶対的な信頼だ。その根源にあるNakamuraEmiという人間の一途さ、途方もない純粋さは、歌声やサウンドが優しくなったぶんだけ際立ち、眩しすぎて目が潰れてしまいそうなほど。
しかし、その真面目さに彼女自身、苦しんだこともあったのは、“コロナ禍の中で読んだ本で知った“HSP”の言葉。自分を進めていくのは自分しかない”というMCに続いたボサノヴァ調の「1の次は」からも明らかだろう。自身の喜怒哀楽を日常の些細な事象に落とし込んで、リスナーにさりげなく染み込ませるのが彼女は本当にうまい。そして、時にそのドラマをサウンド面からもドラマチックにぶつけてくるのだから参ってしまう。肩の力を抜けない生真面目さから生まれた「一服」では、ギターとMPCのみという最小限の音数にもかかわらず、終盤に向けてのダイナミックな展開で観る者を圧倒し、アコースティックギターから始まった「私の仕事」では、会場を照らす星の光で壮大な世界観を創造。そこで囁かれる《私一人では 何もできずに》のリリックを全否定したくなるくらい、小さな身体から放たれる歌声は力強くも儚くて、観る者の心を揺さぶった。
惜しみない拍手を受けて“ずっとお客さん入れるのを我慢してたので、拍手で会話できるのが嬉しい”と顏をほころばせ、“なかなか育たない野菜と同期に置いて行かれる自分が重なった”と歌ったのは「畑」。グッズのエプロンをつけ、お洒落なピアノに乗って“美味しい”の与える力をイキイキと歌い、さらに「いただきます」でタンバリンをふるう朗らかな姿からは、台所の良い匂いまで漂ってきそうだ。
一転、“いつかマスク外して一緒に歌えますように!”と贈られた「YAMABIKO」では一転、ゲスト参加した市原ひかりの闊達なトランペットの音色に乗って籾を振り上げ、攻撃的なヴォーカルで“己を信じて、歩け!”と強烈なメッセージを叩きつけてくる。その叱咤に“これが欲しかった!”とホッとしてしまった時、愕然とした想いが筆者の胸に去来した。聴く者を奮い立たせるパワーに満ちた歌は、確かにNakamuraEmiの魅力のひとつであり、ある種の真骨頂と言えるものかもしれない。ゆえに、「YAMABIKO」もライヴの定番曲なり得ているのだろうが、これほどまでにピュアで繊細な彼女に“勇気づけてほしい”というワガママな願望をぶつけていたからこそ、彼女は肩の力を抜くことができなかったのではないだろうかと。そんな恐れをせせら笑うように“ここからまた新しいことに挑戦して、新しいものを見せられるように心と身体を大切にしたい”と続けた「投げキッス」では、現実の悲惨な状況を踏まえつつ、痛みとやさしさを兼ね備えた歌声で世界中に祈りを捧げていく。誰よりも力強い歌を歌えるのは、きっと誰よりも人間の弱さを知っていたからなのだろう。小さな身体が背負った宿命を知ってなお、それでも我々を鼓舞してほしいと万雷の拍手を贈りながら願ってしまうのだから、やはり人間は業が深い生き物だ。
アンコールでは初の楽曲提供をジャニーズWESTに行なうこと、12月23日にプラネタリウムで、来年2月に横浜と大阪のビルボードでライヴを開催することを告知。早くも“新しい挑戦”を示して披露したのは、“凹んだ時に、頂いたお手紙を読んで自信を持てた”経験から生まれたというアルバムのシークレットトラック「ファンレター」だ。“お手紙のように届けたかったので、生音で録りました”という音源と同じく、アンプラグドのギターのみをバックにしたマイクレスの生ヴォーカルはどこまでも真っ直ぐで、有観客ならではの凄まじい緊張感に割れんばかりの拍手が轟く。ラストの「相棒」ではその拍手が手拍子に変わり、最後はオーディエンスと一緒に携帯のライトを振って、笑顔のうちに温かなエンディングへ。“前例のない感情を24カ所ぶつけ合い、その集大成が最終日につながり”とは、終演後に配布された“お手紙”にあった文言だが、まさに前代未聞の状況で彼女が得た感情が詰め込まれたステージは、観ているこちら側にも前例のない感情を味わわせてくれた。ある意味でNakamuraEmiの音楽とは、聴き手の心を紐解く写し鏡なのかもしれない。ゆえに、時には覗き込むのが恐ろしく、けれど勇気を出して見つめれば、必ずより良い明日へと導いてくれる――そんな想いに包まれた帰り道の足取りは軽かった。
撮影:古賀恒雄/取材:清水素子
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