【猫田ねたこ インタビュー】
ディストピアのイメージから
感じたものを広げていった
JYOCHOでヴォーカル/キーボードを担いつつソロアーティストとしても活動している猫田ねたこ。温かみや透明感、美しさなどを湛えた独創的な音楽性で多くのリスナーから支持を得ている彼女の2ndアルバム『dropss』が届けられた。細やかなグラデーションを活かした猫田ならではの表現にさらなる磨きがかかるとともに新たな顔を見せている同作は、注目の一作と言える。独自の世界観をより深めた猫田が、今作でより多くのリスナーを魅了することを予感させられる。
荒廃した建物のような
居住区に暮らしているイメージ
『dropss』はどんな構想のもとに作られたアルバムなのでしょうか?
今回の制作に入る前、ディストピアの情景が自分の中にあったんです。荒廃した建物…昔は大勢の人が住んでいたけど、今は寂れてコンクリートが剥き出しになっているような居住区に自分が住んでいる、暮らしているというのが最初のイメージで、そこから感じたものを広げていきました。
そういうイメージを持たれたのは、何かきっかけがあったのですか?
身近な話になってしまいますけど、自分の住む家のベランダが改装されて、コンクリートが全部剥き出しになったんですね。そのことを忘れていて、朝カーテンを開けた時にコンクリートと鉄が剥き出しになっている景色を見たら、この世の終わりみたいな感覚になって、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなったんです。その風景に怖さを感じつつ、逆に全部がなくなったすっきり感みたいなものもあって。そこからこういう情景をイメージにした楽曲を書いていきたいと思ったんです。ディストピアのイメージから入っていって、最初にできたのが「Hello」でした。この曲は映画のエンドロールだったり、“こういう場面で流れるといいな”と思いながら作った曲でもあるので思いきり壮大にしました。
「Hello」はドリーミーな世界観と《あなたがいた頃と重なる》という暗示的な歌詞が相まって、深く惹き込まれる一曲に仕上がっていますね。
歌い出しの《剥き出しの鉄に雫/思い出の聲/蟲もいない/廃墟のよう》という歌詞はさっき話した情景を歌っているんですけど、そこから自分の中の空想の物語に入っていくんです。そこにいた人とか、あった物といった回顧的な部分が入っていて、それが《あなたがいた頃と重なる》といった言葉になっている。あとは、《誰もが持つ素肌の面に/向き合う》というのは、剥き出しになったコンクリートは何の飾り気もない本来の姿…人間で言うと裸の状態といったものと重ねています。廃墟になってしまった状態が終わりなのか、始まりなのかというところで私は始まりに感じたので、ここから新しく世界が始まる感覚で“Hello”という前向きなタイトルにしました。
今作は“終わり”を描いている曲が多いですが、終焉を“新たな始まり”ととらえているため陰鬱さはなく、煌びやかな雰囲気になっていて。
自分が作る曲は暗い要素があまりないと思うんですよね。使う言葉がすごく明るかったりするわけではないので、一見ネガティブな印象を受けるかもしれないけど、暗く取らないでほしいと思います。
個人的には“救いの音楽”という印象を受けました。『dropss』は「Hello」を筆頭に注目の曲が並んでいて、例えば1曲目の「から部屋」はピアノと控えめなストリングスだけで深みのある世界を生み出しています。
実はこの曲が一番最後にできたんです。本当はこのアルバムには違う曲を入れようと思っていたんですけど、他の曲ができてきて並べてみた時に、もっと強い曲が欲しくなって。それで、締切まで一日しかなかったんですけど、即興で何か作ろうと思って、本当に感覚と即興で作ったのが「から部屋」なんです。この曲は自分らしさがありつつ、“即興でこういうものが出てくるんだ!?”と感じたし、ピアノも今回の中で一番弾いているんですよ。あと、ピアノにしても、ストリングスにしても、不協和音の場所があったりしたけど、全部そのまま活かすことにしました。なので、「から部屋」は結構攻めた印象があります。
不協和音を整理すると、この曲の良さは薄れてしまった気がします。それに、最後の最後に短時間で良質な曲ができたということからは、そこに至るまでの制作で自身の楽曲から刺激を受けていたことが分かります。
自分でもすごくそう感じます。今回と前作(2022年4月発表の配信アルバム『Strange bouquet』)との違いとしては外からの要素というか、人と演奏することを想像して作った曲も多かったんです。それで、今回ドラマーの高橋洋祐くんがサポートしてくれたりしていて…なんて言うんだろう? 内から出てくるものというよりかは、聴こえてきたものをかたちにしたというか。そういうところで、前回とはまた違う楽しさがありました。
その話はすごく興味深いです。というのは、今作は音数の落としどころが絶妙ですよね。ドラムが鳴っていてもベースはいなかったり、逆にドラムレスでウッドベースが鳴っている曲があったりもして。
はい。聴こえてきたのがドラムだけだったらドラムだけでいいんじゃないかという。サポートの高橋くんも“ドラマーはこんなドラムを入れない”と言っていました(笑)。「なんとなく、分かる」は途中からドラムが入ってきて、ずっと同じフレーズを叩いてもらっているんですよね。
「なんとなく、分かる」も印象的な曲で、サビに相当するパートは1回しか出てこなくて、Aメロを繰り返して深化していく流れが光っています。
この曲はサラッと聴くと同じことを繰り返しているように感じるけど、聴き込むと意外と違うことをしています。ただ、特にイントロはずっと同じフレーズを弾いていて。制作の過程で自分は何回も何回も聴くじゃないですか。聴いていると“ちょっと寂しいかな?”という気がしてきて、何かを足したくなったりするんですけど、自分が初めてこの曲を歌い出す時、きっとそこには何も入れないはずだと思って。それで何も入れないままのかたちにしました。
シンプルさが心配になるというのはよく分かりますし、そこで安易に音を足さなかったのはさすがだと思います。
この曲は“人と同じ時間を過ごす”がテーマで、大切な人とゆったりした時間を過ごしている時はガチャガチャされたくないじゃないですか。部屋に一緒にいて、誰かがギターをちょっと爪弾くのがすごく落ち着いたりする、あの感覚を表現したいと思って、こういうところに落とし込みました。