新国立劇場バレエ団 小野絢子・福岡
雄大・渡邊峻郁に聞く~8年振りに上
演されるドラマティック・バレエの金
字塔『マノン』

新国立劇場バレエ団では2020年2月22日(土)から3月1日(日)、ケネス・マクミラン振付『マノン』を上演する。原作はフランスのファム・ファタル文学『マノン・レスコー』。18世紀フランスを舞台に本能のまま生きる美少女マノンと、彼女に抗えないほどに惹かれる青年デ・グリューとの恋物語を軸に、赤裸々な人間の姿が生々しく描かれたドラマティック・バレエの傑作だ。新国立劇場バレエ団ではこの名作を2003年に初演し、2012年に再演。今回は8年振りの上演となる。2012年にマノンとデ・グリューを踊った小野絢子と福岡雄大、さらにレスコー役に初めて挑む渡邊峻郁に話を聞いた。(文章中敬称略)

■追求するほどにハマる? 探求心を刺激されるマノン役
――小野さん、福岡さんは8年前の公演でそれぞれマノンとデ・グリューを踊られました。8年を経て今またこの役と対峙して感じていることは。
小野 リハーサルが始まり、久しぶりにマノンを踊るので新鮮です。前回踊った時よりはクリアに役に取り組めているとは思いますが、これからリハーサルを重ねることで新たな発見がいろいろ出てくると思います。ただやはり、「マノン」が一体どういう人物なのか、今も捉えるのは難しいです。原作を読んでも、周りの人がマノンという女性をどのように見ているかということが書かれているだけで、本人の視点や思いが語られるわけではないので、彼女が何を考えてそうしたのか驚く行動も多く、純粋無垢と言ってしまえばそうなんですが、現代の私たちの視点からすると、あまりにも本能の赴くままに行動しているように見えます。生きることにすごく貪欲で、動物的な面も持っていると思いました。
――マノンという役は、海外のダンサーたちのあいだでも「憧れの役」といわれます。小野さんはその点はどうでしょう。
小野 マノンという女性はハマる要素があるのかもしれません。彼女の思いやキャラクターを追求していくうちに取り憑かれていくような感覚かもしれません。探求心をどんどん刺激される「楽しさ」があるというのでしょうか。
もちろんこの物語全体、登場する人物たちには人間の本質に迫るような要素があるので、エンターテインメント性の高い楽しい役というわけにはいきません。物語の設定となっている18世紀当時の厳しい社会情勢やそこに生きていた人物たちが描かれていて、その中の人物を演じるのはとてもヘビーです。現在の生活では絶対に経験できない環境や感情、そんなものに包まれている。ただ自分が生きることのなかった時代を生きることができるのは興味深く、得難い経験です。そういう意味ではとてつもなく「やりがいがある」わけです。
撮影:瀬戸秀美
■マノンへの愛だけで疾走するデ・グリュー。共演者との化学反応を
――福岡さんは、今回はデ・グリュー役にどうアプローチをしていこうと考えていますか。
福岡 初めて演じた8年前は、周りの状況やほかの周囲の人物たちとのコミュニケーションの取り方など、見るべきものも見えず、作品に対する理解が充分でなかった面もあったと思うので、いろいろな反省点があります。初役だった当時の舞台映像を見たのですが凹みます(笑) 若かったなぁと。でもその若さゆえの純粋さや勢いがデ・グリューという役柄には必要な部分なので、今回はそういったところを残しつつ、マノンに対する愛の深さを表現したいと思っています。
デ・グリューの人物像は原作も彼の視点で描かれているので、ある意味わかりやすいかもしれません。ピュアでまっすぐで失敗を恐れない。親に頼めば生活するだけのお金もある。「周りが見えていない」ところは、8年前の僕と共通する部分があるかもしれないです(笑) 今は8年前よりは周りが見えていると思うので、レスコーやほかの登場人物との関係など、コミュニケーションを取りながら、その場その時にしか起こらないような化学反応が起こればいいなと思います。またマクミラン作品は「意味のないことをしない」という最低限の約束事があり、その結果、無駄をそぎ落とした濃厚な作品になっているので、そうしたところを演劇的に、しっかり見せていきたいです。
撮影:瀬戸秀美
■物語の始まりを飾る、レスコーに初挑戦。リハーサルは発見の連続
――渡邊さんは以前お話を伺った時に「マクミラン作品を踊りたい」と仰っていました。昨年は『ロメオとジュリエット』のロメオ、今回は『マノン』にレスコー役で初挑戦です。
渡邊 以前絢子さんと雄大さんが主演された『マノン』の舞台映像も拝見して、お二人の『マノン』に本当に感動しました。だから今回一緒にレスコー役でお二人と共演させていただくのがすごく嬉しいんです。
役は今まさに作っているところで、原作を読み、オペラの映像も見ながらいろいろ情報を集め、自分なりのレスコー像を考えています。でも資料やDVDの映像などを見て考えていたことが、リハーサルのために来日されている振付指導のパトリシア・ルアンヌさんやカール・バーネットさんにお話を聞くと自分の考えと違っていることも多くて、日々発見の連続です。
――レスコーというキャラクターは、渡邊さんにとってどういった印象ですか。
渡邊 レスコーは近衛兵で、ある程度生活はできているけれども、生きるためにはいつもお金を必要としていたんですね。自分に対して正直でもありますね。
またレスコーは物乞いのリーダーや娼館のマダム、ムッシューG.M.など、街の人たちのことなどを良く知っている情報通で、人と人を繋ぎ合わせて物語を展開させていくようなところがある。そうした人とのかかわりも考えてやっていきたいです。マクミラン作品は振付の中に感情や状況など全てがこめられているので、無駄なことはせず、振付の意味を充分に理解してしっかりと役柄を演じていきたいです。
――冒頭に幕が開いた後、レスコーが舞台の真ん中で座っているシーンも印象的です。
福岡 あのシーンは物語を象徴するような感じでいいなと思う。レスコーの踊りはすごく難しいけれど、あのシーンだけはやってみたい(笑)。
小野 舞台に引き込まれそう……と思ったら、そのあと急にぱっと世界が開けて明るくなるのがいいですよね。
撮影:瀬戸秀美
■1幕最後のデ・グリューとレスコーのシーンには注目を
――レスコーとマノン、兄と妹の関係も印象的です。マノンとレスコーの兄妹関係はどう捉えていますか。
小野 レスコーの入れ知恵によって、マノンがどんどん道を踏み外していくんですが、マノンはお兄さんをすごく信用して、慕っているように思えます。レスコー、妹を「物」としても扱っていると思います。でも兄が銃殺される場面は演じていて、本当に肉親が殺されたようなショックがありました。マノンもさっさと逃げればいいのに そこですがりついてしまう、切っても切れない関係がある。それが兄妹なんだろうなと思います。
渡邊 レスコーは久しぶりに妹のマノンと出会った瞬間から、マノンの美しさを利用しようとしている。最初にリハーサルをした時にそういう部分にふれて、「これは難しい役だな」と思いました。今僕たちが生きているこの時代の社会規範や道徳観念からすると、兄妹で久しぶりに会って顔を見た瞬間、「これはいいビジネスになる」って考えるのは今の時代では考えられないですよね。
でも、だからといってレスコーは冷血漢でもないんですよね。それをとくに感じたのが、マノンがお金の誘惑に負けてGMとともに去っていったあとのデ・グリューとのやり取りです。指導のパトリシア先生にお話を聞いてなるほど、と思いました。
福岡 うん。あの場面は今までとは少し印象が変わるかもしれない。今、峻郁君といろいろ考えている場面のひとつなので、どうなるかは当日まで楽しみにしてください(笑)。
撮影:瀬戸秀美
■想像力を駆使して「18世紀フランスを生きる」、バレエ団の挑戦
――先ほどから「つかむのが難しい、想像もつかない登場人物」という言葉が何度も出てきています。マクミラン作品は登場人物のリアリティを求められますが、今度は「18世紀のフランス」という体験したことのない世界で、その「想像もつかない」人たちを演じなければならないわけですね。その辺りはどう考えていますか。
渡邊 先程絢子さんがマノンを「動物のよう」って言っていましたが、当時の人たちもみんながそれぞれに、動物的な本能のままに生きていた感じがします。レスコーも自分のやりたいように生きて、死んで行きます。ボコボコに殴られて銃殺されて、でもきっと自分がこうだと思った道を突き進んだ結果なんだろうなと。この作品の登場人物は自分に正直な人が多いですね。
福岡 そうだよね。まず「18世紀のフランスの人たちのように生きる」っていうこと自体、僕らにとっては挑戦です。8年前に『マノン』を上演した時、娼婦や物乞いの集団などを演じるダンサーたちはみんな苦労したし、最初は全然できなかったんです。「娼婦」にしても「物乞い」にしても、みんなそういう経験をしたことがないから、そもそも表現するもの自体がなかったんです。指導の先生に「18世紀はこういう時代で、こんなやり方でお金を稼いでいた」と説明はされても、表現に至るまでが大変なんです。
小野 『マノン』の時代の人たちは、身体を売ったり物乞いをしなければ生きていけないという状況まで追い込まれているんですよね。豊かで平和な今の日本で暮らして、バレエ団に入って踊っているような私たちにはまるで実感がわかない。
また先生方から情報は与えてもらえますが、その情報を知っているということと、実際に理解することは別物なんです。「知っている」ということを「よし分かった、理解した」と思ってしまうともうそこまでで、その先は何も出てこない。でも例えば、物乞いの集団だって、おそらくそばに寄ってくるとすごく臭いと思うんですよ。そういうことを一人一人がちゃんと想像力を働かせることで、舞台にリアリティが出るのではないかと思います。
撮影:瀬戸秀美
■真剣に生きる人々のドラマ。「間違いなく素晴らしい」と自信を持って言える作品
――ではお客様にメッセージを。
渡邊 バレエ団全体で作り上げないとドラマが見えてこない作品なので、登場人物たちがあたかも実際そこでぶつかりながら、必死に真剣に生きていく様を見ているかのような、そうした生き生きとした舞台になるよう、リハーサルを積み重ねていきたいと思います。
福岡 愛とは何か、生きるとは何かという、欲望にまみれたヘビーな作品ですが、壮絶なドラマと複雑な人間性が絡みあい、同じマクミラン作品でも『ロメオとジュリエット』とはまた違ったドラマ性があります。もしかしたら帰り道はすごく考えてしまうかもしれませんが、やはりドラマティック・バレエの代表作ですので、「楽しむ」というには語弊がありますが、でも楽しんでいただければと思います。ぜひ気軽に(笑)足を運んでください。
渡邊 「ヘビー」と言いつつ「気軽に」(笑)。
小野 気軽に来たらギャップが激しいかも(笑)。でも間違いなく、本当に素晴らしい作品であると、自信を持って言えます。ぜひ体力万全に、心も元気な状態で気軽に(笑)来ていただきたいと思います。作品には本当に深い思いやドラマが凝縮されて見応え十二分ですよ!
――ありがとうございました。
撮影:瀬戸秀美
取材・文=西原朋未

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