【明田川進の「音物語」】第75回 「
佐武と市捕物控」の音の使い方と「砂
の女」

 僕が音響監督として一本立ちした「リボンの騎士」(1967)の翌年、石ノ森章太郎さんの漫画が原作のテレビアニメ「佐武と市捕物控」の音響を担当しました。モノクロ作品で、当時僕が所属していた虫プロダクションのほか、東映動画、スタジオ・ゼロの3社で各話を制作し、絵だけでなく音もそれぞれの裁量でやっていました。良い意味で3社が切磋琢磨してつくることができていたんじゃないかと思います。
 僕は虫プロが担当した話数の音のみを担当していて、柏原満さんが効果音、りんたろう監督、真崎守さん、村野守美さんらが演出を手がけていました。最初の2、3本は虫プロが主導して設定などをつくり、音に関しても最初に我々がつくったものを参考に各社に統一してもらったと記憶しています。
 漫画の「佐武と市捕物控」にはもともと興味があって、音にこだわりのあるりん監督からは、「今までのアニメの音ではないものを目指してつくれないだろうか」と相談されました。その参考にと勅使河原宏監督の「砂の女」(1964)を勧められて見たら、これが非常に面白かったんです。武満徹さんによる音楽も素晴らしかったですし、効果音がほとんど砂の音で、それで感情を表現している。目が見えない市は音で世界を感じているわけですから、そういう意味でも音を重視してやりたいねと話しました。市が感じている世界を音楽や効果音でいかに表現するか、相当苦労しましたが、そのぶん手ごたえもありました。
 山下毅雄さんのジャズ風の音楽もよくて、主題歌が歌ではなくてスキャットのようなものだったのも印象的ですよね。本編の音楽をスタジオで録るときには、アドリブでいくらでも演奏できてしまうのに驚かされました。「ここでちょっと走っている感じがだせませんか」とお願いしたら、山下さんがプレイヤーの人に言って、その場ですぐ演奏にとりいれてくれるんです。山下さんの音楽は、メロディラインがどうこうというより、ミュジーク・コンクレート(※自然にある音を録音・加工した現代音楽の一種)的なところがあって、精神的な描写を音で表現するときにメロディではなく、タカタカタカタカとかドーンというような音が多かったのも面白かったです。
 「佐武と市捕物控」はモノクロというだけでなく、絵をあえて動かさず止めのカットを多用していました。そうすると不思議なもので、逆にリアリティがでてくるんですよね。そのぶん効果音は「効果としての効果音」ではなく、例えば風の音など、普通だったら抑えるところを主張の激しいものにしていて、そうしたところは「砂の女」の音の使い方がヒントになりました。音の力がいつも以上に大事だと考え、音楽や効果音で緊張感をだすことを意識していたつもりです。お話自体も青年の悩みを描くことをふくめて大人の物語でしたから、演じている人たちも自然と大人の芝居になり、実験的な音の使い方もできた作品でした。
 のちに僕は「AKIRA」などで、映像に音をあえてつけないノンモン(無音状態)を意識的に使うようになりますが、「佐武と市捕物控」の音作りをとおして、映像に音がまったくつけられていないこと自体がひとつの“音楽”や“効果音”になるのだと確信をもつことができたのがきっかけです。このときの経験はのちのち生きましたし、今振り返ってみると、これまでの作り方にとらわれずにやってみようという考え方ができるようになった作品でもありました。

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