同世代の名優が揃う5人芝居にみたび
挑む小日向文世に訊く、『海をゆく者
』のこと、“謎の男”のこと、クリス
マスのこと

平均年齢70歳目前の名優5人が揃って“愛すべきダメ男”を演じる、『海をゆく者』。アイルランドの気鋭の劇作家コナー・マクファーソンによる出世作を、日本を代表する演出家である栗山民也が演出する、珠玉の5人芝居だ。
2009年初演、2014年再演に続き、9年という時間を経て、今回は待望の三演目となる。キャストは小日向文世、浅野和之、大谷亮介、平田満が初演、再演に引き続き出演し、ここに今回から初めて高橋克実が加わることになった。
アイルランド、ダブリン北部の海沿いの町。古びた家に暮らすもはや若くはない兄弟、大酒のみのせいで目が不自由になった兄<リチャード>と、酒癖の悪さで多くを失ったため今は禁酒中の弟<シャーキー>。クリスマス・イブに彼らの家を訪れたのは、近所に住む親切な友人<アイヴァン>と、シャーキーと因縁ある知人<ニッキー>、そしてニッキーが流れで連れてきた謎の男<ロックハート>。彼らは酒を飲みつつ、ポーカーゲームをすることになるのだが……。
“21世紀のクリスマスキャロル”とも評されたスリリングなこのダーク・コメディで、ひとりだけ異質な空気を纏う男、ロックハートを演じるのが小日向文世だ。みたび向き合うこととなった、この快作にして名舞台に感じる魅力や、同世代の仲間でもある共演者たちへの想いなどを、小日向がたっぷり語ってくれた。
小日向文世
ーー『海をゆく者』の再々演が決まった時、小日向さんはまずどう思われましたか。
「またできるんだ!」と思って、嬉しかったですよ。でも、とにかくもうみんな古希目前で、いい年齢になっていますからね。「あのメンバーでまた同じ舞台に立てるなんて!」というのが、率直な気持ちです。
ーー今回おひとり変わるとはいえ、同い年の4人が揃うわけですものね。
そうなんですよ。稽古中の11月に平田さんが古希になり、僕は年明けの地方公演の最中に、公演が終わった翌月の2月に浅野が、3月に大谷が、と続けざまにみんな70歳になるんです。
ーーみなさん、誕生日が近いんですね(笑)。
だけど僕らが70歳だなんて、ちょっと信じられないですよ。自分が芝居を始めた当時、70歳の人と同じ舞台に立つことなんてイメージさえしたことなかったから。その自分が70歳なんて、実感がまったくないんです。若い人たちも観に来てくれるといいけどなあ、この舞台。
ーーこの作品にまた向き合うにあたり、改めてどういう思いがありますか?
再演の段階でかなり練り込まれていて、演出の栗山さんももういじる場所がないくらいにまで、見事に作り上げたような気がするんです。だから今回は新たに何かを発見しようというよりも、ヨレヨレのおじさんたちの話ではあるけど、それを特に演じなくても本当に僕らヨレヨレなんで(笑)、その感じを楽しみたいなと思っています。
小日向文世
ーーその、ヨレヨレのおじさんばかり5人の芝居だというのも、面白いですよね。
男しか出てきませんからね、それも結構年配のどうしようもないおやじたちの話ですから。決して裕福でなく恵まれてもいない彼らが、クリスマス・イブに唯一の楽しみとも言えるカードゲームをするわけなんだけれど。また、みんな揃ってお酒が好きで、どんどんベロベロになっていく。そしてクリスマスの朝を迎える頃、神様の祝福を受ける……というか、僕はそういう風に受け止めているんだけど。神様はこういう、決して恵まれた人たちじゃない人にも祝福を与えてくださるんだというね。僕はキリスト教信者ではないけれど、ここでは神の存在というか、そういう温かい眼差しをふっと感じるんです。改めて台本を読み直しても、やっぱりいい話だなと思いますね。でもとにかくほとんどの時間、ずっと酔っ払ってるんですよ。そこが面白い。
ーーその中で小日向さん演じるロックハートは、外部から来た違う立場の人で。
最初のうちは、この人も単なる酔っぱらいのおやじなのかと僕も思っていたんですけど……でも、ここにちょっとファンタジーが入ってるんですね。でもこの人も、ずっと愚痴を言ってたりする。そこもいいですよね、ただ怖い存在、一辺倒じゃないところが。このロックハートという役を栗山さんもとても面白がってくれて、初演の時もこうやろうと思って動いたことをさらに膨らませてくれたりしていました。不思議な力を持っているからほんのちょっとした仕草で、ローソクの火が消えたり、他の人がクルッとこっちを向いたり、いろいろなことが起きるんです。決して宙づりになるとかそんなことはしないんだけど、あの怖さをどう表現するかとか、未知の力をどうやって見せていくか、というのはずっと考えてましたね。今回は、そのあたりはあまり説明的にしなくてもいいのかな、とも思っています。どう見てもただのヨレヨレのおじいちゃんなのに……! という感じでもいいかもしれない、と。でもそこはこれからの稽古で栗山さんと相談しながら、ですけどね。
ーー今回は、新たに高橋克実さんがキャストで加わりますが。
初演、再演時の鋼太郎(吉田)とは、まず見た目、特に髪型が真逆じゃないですか(笑)。それだけでもかなり新鮮だから、新しいリチャードに会える楽しみがあります。でも大変だと思いますよ、リチャードはとにかくセリフが多いし、冒頭からずっとテンション高く喋りまくりますから。しかも僕らは3回目だけど、彼は初めての挑戦ですからね。でもひとりだけ、自分よりもすごく緊張して大変だと思っている人がいると思うだけで、こっちは少し気がラクになるかもしれません(笑)。まあ、みんなよく知るメンバーばかりだから、たぶん助け合って楽しく初日を迎えられる気がします。
ーー栗山さんの演出を受けていて、思うことは。
演出家だから当たり前かもしれないけど、誰よりも台本を読み込んでいて、栗山さんの中にこうしようというイメージがしっかりできているから迷いなく僕らに指示を与えてくださるんですよ。毎回、見事に「なるほど」と思わせてくれる指示なので安心感があるし、僕はもうすべて委ねています。あと、栗山さんの中では出来上がっているから本読みをやった翌日くらいから立ち稽古を始めちゃうし、圧倒的に稽古時間が短いんです。初演の時は特にポーカーの時のやり取りが大変だったので、稽古が終わって栗山さんがいなくなったあとはずっとカードさばきのための自主稽古をしていました。
小日向文世
ーーカードさばきの稽古というのも、大変そうですね。
そうなんですよ。「俺は賭ける」「俺は降りる」「じゃ、次はどうする」「そうか、降りるのか」「だったら俺はさらに行くぞ」……っていう、あのゲーム中の会話のやりとりを覚えるのも大変でね。本当に面倒くさいんです(笑)。再演当時も大変だったのに、あれから9年か。70歳になるのに大丈夫かな、できるかな。
ーープライベートで、カードゲームはやられますか?
若い頃は、散々やりましたよ。ポーカーも大好きで、学校帰りに友達が家に集まってきては、遊んでいました。ポーカーってゲームは、本当にワクワクドキドキするんですよね。ハッタリをきかせながら「まだやるの」「俺はもっと賭けるぜ」「うわぁ、もしかして俺よりもこいつの手がいいってことか、じゃあ降りる」「なんだよ、勝負すれば俺が勝ってたのに!」みたいな(笑)。ハッタリが、大事なんですね。
ーー演技の勉強にもなりそうですよね(笑)。
そうそう。実際にやると、顔に出ちゃうものですけどね。恐ろしいゲームですよ(笑)。
ーーこれはクリスマスのお話ですが、ちょうどクリスマスの季節に上演するのもいいなと思いました。
僕も夏よりは冬が好きですし(笑)。クリスマスの時期の舞台って、いいですよね。
ーークリスマスというと、何か思い出はありますか?
大人になってからより、やはり子どもの頃のクリスマスのほうが印象深いですね。僕の子ども時代となると昭和30年代ですから、ケーキを食べられるのがクリスマスくらいしかなかったんです。まずはケーキが食べられるなんて! と、それが嬉しかったですね。
ーークリスマスといえばケーキ。バタークリームの、ですよね。
そうそう、バタークリームでした。あと、北海道はあったけど、東京にもあったのかな。アイスケーキというのもありましたよね。
小日向文世
ーーああ、ありましたね!
だから昔はケーキといえば、年に1回というイメージでした。いやあ、変わりましたよ、今は年がら年中、ふだんから美味しいケーキが食べられるんですから。芝居やドラマをやっていれば、誕生日には必ずお祝いしてくれてケーキが出て来るし、だいたいコンビニに行けばかなり美味しいシュークリームが並んでいますし。
ーー甘いもの、お好きなんですね(笑)。
好きなんですよ(笑)。
ーーこの物語に出て来るおじさんたちも、クリスマスにはすごくこだわりを持っている様子でしたが。
そうですよね。酒飲みながら、チョコレートを食べたりしてますし、ごちそうにこだわったりして。あのあたりはやっぱり、日本よりもクリスマスというものに対しての特別な思いがあるんでしょうね。
ーー共演者の方々について、小日向さんから見た彼ら4人それぞれの魅力を教えていただけますか?
まず、平田さんは基本的にはいつも静かで、みんながワーワー騒いでいる中でもポソポソって話している。僕の中では平田さんって、とても知的なイメージがあります。浅野はね、いつも僕のことをよくいじってくるんだけど、僕もあいつのことをしょっちゅういじってる。お互いにいじり合える、面白いやつです。浅野の前ではあまり緊張することはないな。
(左から)大谷亮介、平田満、小日向文世、高橋克実、浅野和之
ーー浅野さんは、呼び捨てなんですね。
あ、ホントだ。平田さんは、さん付けですもんね。僕はみんなからコヒって言われているけど、浅野のことは浅野さんでも浅野ちゃんでもなく、浅野ですね(笑)。そして大谷は自由劇場で同期だったんで、だから大谷も呼び捨てです。大谷は一時自由劇場から離れて劇団を持って座長としてやっている時もあったし、弟がいたから長男としてもある意味しっかりしていたのかなと思うし。自分の生き方をすごくしっかり持っているやつです。あとは高橋くんか。高橋くんとは、実はこれまで共演したことがなかったんですよ。映像では、昔『HERO』というドラマで一緒に出てはいますけど、直接絡むシーンはなかったので。だから、しっかり芝居で絡むのはこの舞台が初めてなんです。
ーーそれはちょっと意外でした。
一緒に飲んだりすることはあったけどね。僕が彼を初めて見たのは、まだ離風霊船(りぶれせん)という劇団にいた頃で、面白い役者がいるなと思ったのが彼だったんです。いや、まさにそれぞれ小劇場の頃からの付き合いですから。みんな食えなくてね。一緒に酒を飲みに行ってもお金がなくて、って感じだったのに。それがこうやってこの年齢まで健康で芝居を続けられているというのは、本当に幸せですよ。
ーーもし、この作品でロックハート以外の役をやるとしたら、どの役にしたいですか?
それ、前にみんなで話したことがありますよ、「本当はどの役をやりたい?」って。僕はロックハートがすごく気に入っているんだけど、もしロックハートじゃなかったら……。浅野がやっているアイヴァンか、大谷がやっているニッキーがいいな。両方ともちょっと頼りなくて、でも明るいから。シャーキーは喧嘩っ早くて荒いところがあるから、そこは僕にはちょっと出しにくいかなと思うし。リチャードは、僕としてはあのセリフ量の役はもうやりたくないので(笑)。
ーーお客様に向けて、ぜひ、ここを見てほしいというところがあれば。
みんな70歳前後で、ひとり高橋くんだけまだ62歳だけど、若い人から見たら70も62も変わらないと思うんで(笑)。とにかく古希を迎えるおじさんたちがここまで揃う舞台なんて、今までなかったと思うんですよ。それで、その人たちがお話の中でどんどん酔っ払っていくという、そういう表現を70のおじさんたちが一生懸命演じているのも面白いと思うし、僕もすごく楽しみにしているんです。いやあ、ちゃんと全員で無事千穐楽を迎えられるだろうか(笑)。この前期高齢者とも言われるみんなと久しぶりに顔を合わせ、自分も含め、老いとはどんなもんだろうということを再確認してみたいです!(笑)
小日向文世
取材・文=田中里津子   撮影=池上夢貢

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