『丸尾不動産』シリーズ3作目で俳優
・佐藤太一郎と演出家・木村淳が描き
出す「これは演劇でやるべき」という
メッセージとは

兵動大樹、桂吉弥がダブル主演をつとめる人気舞台の第3弾『はい!丸尾不動産です。〜本日、家で再会します〜』。同作の舞台となる寂れた町で、店を開こうとするオカマ・ローズを演じたのが佐藤太一郎だ。『丸尾不動産』シリーズは、2019年末の前作に続いて2度目の出演。吉本新喜劇の一員であり、NHK連続ドラマ小説『おちょやん』(2021年)に出演するなど役者として注目度が高まっている太一郎。演出家・木村淳も「難しい役どころだけど作品にスパイスを与えてくれている」と信頼を置き、その言葉通りの存在感を放っている。今回はそんな太一郎と木村の対談をおこない、公演直前の『本日、家で再会します』の見どころを掘り下げた。
『はい!丸尾不動産です。~本日、家で再会します~』
●「大阪で得ることができた大きなもの、それが佐藤太一郎です」(木村)
――本番直前ですが、ここまでの稽古を振り返ってみていかがですか。
佐藤:前作時よりも仕上がりが早かったです。本番2週間前には通し稽古ができる状態でした。だから作品としての心配はほとんどなかったですね。あとは、舞台は生きものなのでお客さんの反応によってどう変えていくか。今回の役はポジション的に自由なところがあり、物語を引っかきまわしていくので、劇場に入ってから新しく生まれるものもあるはずです。
木村:でも、これは決して良いことではないのですがコロナの影響もあって出演者のみなさんの仕事が以前よりも落ち着いていたんです。だから稽古日数を多くとることができました。そういう部分では太一郎くんが言うように、みなさんの仕上がりは確かに早いです。
――台詞量も1、2作目より多いですよね。
木村:特に兵動さんの台詞がかなり多いんです。だから兵動さんに危機感があったのか、以前よりも台詞の入りが早かったですね。もともと台詞の入りが早くて、原案『本日、家を買います。』(2015年)のときも読み合わせの段階で兵動さんだけ台本を持たずにやっていたくらいなので、心配はまったくしていませんでしたが。
太一郎:僕は前作以上に兵動さんとの絡みが多いんですが、思いっきりぶつかっていけている感覚があります。兵動さんもいろんな球を投げてくるし。作品のなかでは、僕が演じるオカマちゃんのローズと、兵動さん演じる不動産屋・菅谷さんは敵対するポジション。ここのやり合いが稽古でも毎回違うんです。きっとお客さんの反応によってさらに変わってきそうですね。
木村:あと3作目にして、カンパニーとして馴染んできたところもあるね。
太一郎:そこは演者側と演出家の信頼関係が生まれてきたんだと思います。僕個人も、前作だけではなく、別現場でも木村さんとお仕事をやらせてもらって、「この人となら!」と感じるものがありますし。
木村:僕も、太一郎くんとはこれからもずっと組んでいけると考えています。自分は以前、東京でドラマを作っていて、大阪に戻ってきてから演劇をやり始めました。大阪に帰ってきて得ることができた大きなもののひとつは、佐藤太一郎と出会えたことです。
太一郎:ちょっと待ってください! こんなに幸せな取材ってあります?
『はい!丸尾不動産です。~本日、家で再会します~』
――ハハハ(笑)。
木村:太一郎くんは小劇団出身だし、20代の頃はきっと熱量で突き進んでいたところがあったと思うんです。でも吉本新喜劇という大きなカンパニーに入ったとき、今までの力が通用しなかったはず。そこで立ち止まって、自分をさらに高めることができたんじゃないかな。そういった経験があるから、『丸尾不動産』でも役者と芸人をうまく繋いでくれている。
太一郎:僕は芝居が好きなんですよね。稽古も楽しいし、作品をもっと良くしていきたい気持ちがある。たとえば兵動さんとは前回、今回もふたりで話をさせていただいく機会が多く、「太一郎、ここはどう思う?」と尋ねてくれたり。そうやって必要としてもらっているので、お答えできることはやっていこうと。あと座長の兵動さん、吉弥さんが柱としてしっかり立っていてくれるから、『丸尾不動産』は遠慮なくぶつかれる。「この場面ではみんなでワッと盛り上がった方が、物語がもっと変化しておもしろくなるはず」とか、書かれている台詞ではない部分をどう作っていくかなどを話しますね。
木村:役者ばかりのカンパニーだったら楽しんで作れる反面、「どこまで言って良いのかな」という空気は必ず流れるんです。だけど『丸尾不動産』はいろんなところから人が集まっていて、いわば異種格闘技。演出家を抜きにして出演者だけ集まる機会も作ったりして、「意見を言って良いのか」と迷う状況をなくしました。このカンパニーではそういう時間がもっとも大事なんです。
――なるほど。
木村:僕はアラフィフなので、年齢的にも兵動さん、吉弥さんと感覚が近い。一方で『丸尾不動産』は若いカンパニーにしていきたいところがある。その点、太一郎くんは年齢的にも若手と上の世代の間だし、キャリアもあって、みんなをうまくつないでくれる。
――太一郎さんは木村さんより下の43歳ですね。
木村:僕は演出家として、自分から「こうしてください」とは言わないタイプ。言っちゃうと、答えがひとつに絞られちゃうから。だから役者に「なぜこうなると思いますか」と問いかけていく。そういった部分をうまく橋渡しするのが太一郎くんなんです。アプローチの仕方を迷っている若手がいたら、太一郎くんがディスカッションできる機会を作ってくれるんです。
●「今回は近くで見たら悲劇、遠目で見たら喜劇」(太一郎)
『はい!丸尾不動産です。~本日、家で再会します~』
――太一郎さんはローズという人物像をどのようにとらえていますか。
太一郎:吉本新喜劇や、自分のプロデュース舞台でもオカマちゃんを演じることはありますが、今回のようにガッツリといじられるタイプはあまりないですね。
木村:ローズはいきいきとしているようで、世捨て人な心境でもあるんですよね。怒りなどの要素を持っていたら「何かを変えてやろう」というパワーも出せるけど、そこは過ぎちゃっている。だから非常に難しい役なんです。しかも芝居的には、前半は遊びがあって、中盤は心境を吐露し、後半には全体のスパイスになっていく。
――物語のなかには、LGBTについての話題も出てきます。
木村:ローズのことを特別な存在として描きたくなかったんです。日常の一部として当たり前に感じてもらいたい。演劇はフィクションの世界だけど、そこに生きる人の感情は本物の汗と涙と血が流れているはず。だから、そのなかで生きる人たちのことをちょっとでもオブラートに包むようなことはしたくない。昔は「オカマ」「オカマちゃん」と呼んでいたけど、現在は「オネエ」とぼやかした表現をしていますよね?
『はい!丸尾不動産です。~本日、家で再会します~』
――今作のように「オカマ」「オカマちゃん」という呼び方は、テレビなどではされなくなってきました。
木村:でもそれって「本当の日常」なのかなって。1の虚構を成立させるためには99のリアルが必要だと思うんです。ローズのことを周囲がいじることも、間違いなく日常的な出来事。そこに蓋をすると議論すらできなくなる。一方で、おっしゃるように地上波では、それはもはやできないものになっている。だからこそ演劇でやるべきかなと。
太一郎:最近はテレビでも「あれはダメ、これもダメ」ということが多いです。もちろんそれが良いか、悪いかは別として。たとえば今回の『本日、家で再会します』では容姿でマウントを取ったり、取られたりすることも描いている。芸人の世界では容姿で得することも当たり前にあります。容姿の損得で選ばれないことだってあります。もちろんそれで傷つく人もいます。そのすべてが、目を逸らすことができない現実なんです。舞台は生のものだからこそ、目を逸らさずに感じ取って欲しい。ただし、悲劇にする気はさらさらありません。近くで見たら悲劇、遠目で見たら喜劇と言いますが、まさにそんな作品ではないでしょうか。
木村:あと、今作は「不幸のマウント」という話も出て来ます。自分より不幸な人を見ると、逆に「いやいや、自分の方がもっと辛いから」みたいなポジショントークが増えてきた気がします。他人と比較することで自分が安心する、ということは以前から多々ありましたが。なぜ他人の不幸やつらいことを認めてあげられず、「いやいや、私の方が大変だから」と否定に回るんだろうって。どうしてもそういうポジショントークが納得できない。自分の居場所は、自分が心地良ければそれでいいのに。だって、必ずしも正しいとされていることが幸せかどうかは分からないんだから。今回、自分の居場所をそれぞれが探していくような話を作りたかったんです。
太一郎:あと今作は「リスタート」というテーマも感じることができます。コロナの影響で、今まで走って来たものが強制的にストップさせられた。飲食店、エンタメ、ほかにもいろんな仕事があって、誰もが苦しい思いをしている。ただ、再スタートできる日が必ずくると信じています。「そのときまで頑張ろう」と勇気づけられる作品になっているのではないでしょうか。確かにまだまだ光は見えない。でも『本日、家で再会します』を、リスタートできる日がくるまでの支えにしてもらいたいです。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=田浦ボン

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