ircle 5年ぶりのフルアルバム『ここ
ろの℃』完成へと至るまで、バンドに
はどんな変化が起きたのか

2015年の『我輩は人間でr』以来、実に約5年ぶりとなる3rdフルアルバム『こころの℃』を完成させた4人組・ircle。今作は、音楽をやる意味、バンドである意味、伝えるべきこと、そんな根っこのテーマに向き合ってきたこの5年間の集大成であり、新たな確信を持ってさらに突き進む彼らの第一歩でもある。ロックバンドらしい攻撃性やひねくれも、相手を大きな愛で包み込むような優しさや親密さも、どちらもircle。その両極がかつてない振れ幅で詰め込まれた『こころの℃』がツアーでどんなふうに表現されるのかも、今から楽しみだ。

※このインタビューは当初のリリース予定日以前の3月に実施したものです。
――フルアルバムは『我輩は人間でr』以来、なんと約5年ぶりですね。
河内健悟(Vo/Gt):そうですね。フルアルバムを作りたい気持ちは山々だったんですけど、僕らがやってるライブってだいたい30~40分の尺のものが多いので、それに合わせてミニアルバムを作ってきたんです。でもそろそろちゃんとフルをっていう。
――振り返ると、2016年のミニアルバム『光の向こうへ』以降、ircleとして次のフェーズに突入したというか、改めてバンドとは何か、この4人で鳴らす意味は何なのかというようなテーマに向き合っている印象があるんですが。
河内:4人みんなそうなのかもしれないですけど、感覚がだいぶ変わってきたと思います。現場にいる人、まだ見ぬ出会う人にちゃんと伝わる、思いを流し込めるように表現するようになったのかな。ひねくれたものもいっぱい出してきたんですけど、やっぱり素直な気持ちで僕らがお客さんと一緒に楽しみたいっていうのが顕著に膨らんできました。
仲道良(Gt/Cho):『光の向こうへ』で過去の曲をもう一回レコーディングしたり、『Copper Ravens』をセルフプロデュースで作ったりして、自分たちにできることとできないことっていうのがすごくはっきりしたんですよね。4人がそれぞれ前に進む努力をしていかないと……今までみたいに自然の流れでは無理なんだっていう自覚が、その時期からだんだん出てきた。それで『CLASSIC』っていうミニアルバムを、エンジニアさんとほぼ共同プロデュースって形で作って。そこで自分たちの力でできる範囲をなんとなく分かった上で、人の力を借りるっていう意識が芽生えたんです。そうする方が無理なく自分のいいところを伸ばせるなって。今まではできないことまでやろうとしていた部分も、ここは自分たちでは手が届かないからできる人におまかせしようっていう。そういう意識に変わりましたね。
――その意識の変化って、結局のところどういう変化だったんでしょうか。
河内:やっぱり、人が聴くことを意識するっていうことですよね。どういうふうに表現したらスムーズに伝わるのかとか、気持ちよく聴いてもらえるかとか。そういうところが大きく変わったかなと思いますね。
――そういうステップを経て、できたアルバムがこの『こころの℃』ですけど、本当に外に向かって開けている、エネルギーが外向きに爆発しているなっていう印象の作品ですね。
河内:そうですね。やっぱり意識が徐々に変わってきて、それがバンドの中で根付いてきたんでしょうね。外に向けてどういうふうに聴かせるかっていう。
仲道:ライブでステージに上がるときのスタンスと、音源を作るというスタンスが、今は同じになっているんですよ。前までは別の作業をしてるようなところがあったんですけど、今は完全に同軸で行っている。音源もライブの熱量で聞こえるようになったかなと思います。
伊井宏介(Ba/cho):今回のアルバムを作る前にワンマンをやったんですね。今までの曲、40何曲かをバッと演奏したんですけど、そのときのお客さんとの距離感とか、「こういう曲があったらいいんじゃないかな」って感じたことが今回のアルバムに出せたのでよかったなと思います。
――それスタートで曲作りに入ったというのは大きいかもしれないですね。
伊井:うん。それがあったから作りやすかったというか。こういうのが欲しいっていう、自分の中のストレスを落とし込めた気がします。
ショウダケイト(Dr):やっぱりミニアルバムでは限界があるというか、音楽的に深い部分を表現するにはやっぱりフルアルバムじゃないとできないので。この5年溜めてきたものが各々にあったんですよ。それを100(%)で今回落とし込めたかなと。
ircle 撮影=風間大洋
――1曲目の「ホワイトタイガーオベーション」からしてすごく新鮮ですよね。ドカンと大きなスケールで来るという。
河内:これは最初、良が大枠を作ってきてくれて。それをみんなでコネコネして最終的にこういうビートになって、ドラム・ベース始まりっていう、まあ斬新な形にたどり着いたんですけど。なんかいいっすよね。アルバムの“第一声”がいい(笑)。
――これは1曲目にするつもりで作ったんですか?
仲道:はい、最初から1曲目がいいなって。僕らもある程度のキャリア、年月を重ねてきて……1曲目に速い曲っていうのもまあ気持ちいいんですけど、長い尺のライブとかやるときに、やっぱりこういう堂々とした感じで入っていきたいよなっていうのを他のバンドのライブとか観てても感じて。そういうスタンスずるいなと思ってたけど、「これはircleでも全然できる」と思って。
伊井:でもはじめはギター始まりだったんだっけ。
仲道:そう。それがドラム・ベースに変わった瞬間、すごく雰囲気が変わった。こういう曲って10代、20代のときはできなかったと思うんです。30代になってやっとカッコつけず、背伸びせずにこういうふう表現ができるようになったかなって。
河内:あとね、俺らは頑なに速い曲を求められてきたというのもある(笑)。フルだからこそ、1曲目にこんなのをやれるっていう。
――<俺はホワイトタイガーホワイトタイガー喰い殺すぞ>っていう歌詞はインパクトありますね。
河内:やばいですよね(笑)。自分のことじゃないから言える感じですけど。
――でもそれは<生きるというのは/檻で飼われる安心感じゃない>っていうことと同じで。要は本気で生きろということですよね。それはircleがずっと歌ってきたことではある。
河内:そうです。やっぱりいくらなんでも人間に繋がる歌じゃないと(笑)。今自分が歌う場合に、やっぱりちゃんと感情移入できる言葉じゃないと歌えないですよね。
――うん。だからテーマはちゃんとircleの本質になっているっていう。それをこの曲調、このカラーで伝えるというのが今までになかった形だと思います。
伊井:すぐに突き刺すこともできるんですけど、あえて隠してるみたいな。
河内:そう、入場中ガウン着てる感じですよね。
――プロレスラー的な(笑)。でもそういう意味ではガウンの脱ぎ方も大事で。2曲目の「エヴァーグリーン」がリードトラックですけど、これは本当にいい曲ですねえ。原点回帰感もありつつ、新しい輝きみたいなものがある。
河内:これも良がちゃんと打ち込みで作り込んで持ってきてくれたんですけど、とにかくドラムが速ぇっていう(笑)。ケイト大丈夫なのかなって思いました。
ショウダ:機械だったらどうにでもなるんですけど、これ人間だったら結構しんどいよっていう(笑)。かと言ってBPM落としたら何もかも変わってしまうんで。その速さで行けるようにがんばりました。
河内:メロディーも、最初に歌ったときからすごくしっくり来たんです。これは作るべくして作った曲だなっていう感じでしたね。
ircle 撮影=風間大洋
――これはアルバムの前半のキーになってますよね。アルバムタイトルになっている「心の温度」というフレーズも出てきますし。
河内:これは、アルバムタイトルからこの曲の歌詞になったって感じなんです。総まとめできるような曲をちゃんと真ん中に置くべきだろっていう感じで。
――なるほどね。いいタイトルですよね、『こころの℃』って。
仲道:『iしかないとか』の「i」、『我輩は人間でr』の「r」ときて、「順番的には次『c』だけどどうするんだろうな」って思ってたら、温度の「℃」を使うっていう。さすがだなと。
河内:いやもう、それ以外にどうすればいいのかと(笑)。「なんとかシー」とかもばかばかしいし。温度しかねえなあって。
――そして3曲目、「ハミングバード」と続く「メイメツ」の名曲然とした佇まいもいいですね。
河内:僕らはロックバンドですけど、ちゃんとみんなポップスを通って生きてきた人たちなんです。そういう部分もちゃんと出せたらいいなとは思っていたものの、やはり出しづらい(笑)。これはフルアルバムならではの曲かもしれないです。
――うん。まさに今までだったら「出しづらいな」で引っ込めていたところだと思うんです。そのストッパーを今回は解除しているんですよね。
河内:全解除ですよね。聴いていて気持ちいいならいいっしょっていう。
――もちろんフルアルバムで曲がいっぱいあるからっていうエクスキューズはあるにしても、自信というか、自分たちへの信頼がより深まったっていうことも影響しているんでしょうね。
河内:自信も確かに関係してくるのかもしれない。「こういう曲をやったってircleだよ」っていう認識が、全員に芽生えているんだと思います。何かに頼るより、楽曲で押す。それでも「私たちircleですよ」っていうのが確立されてきたのかもしれないですね。
仲道:『CLASSIC』『Cosmic City』、そして今作もそうなんですけど、伊豆のスタジオでレコーディングしたんです。そこが合宿レコーディングができるところで、毎日レコーディングが終わった後の夜、みんなで飲むんですよね。そこで音楽の話になるんですよ。それまではメンバーと「今何聴いてる?」とかの話はあまりしなかったんですけど、そこで音楽的な近況を話し合う中で、メンバーの聴いているものの幅が思ってたよりも広いなと思って。「多分やれることがまだあるな」っていうのを感じたんですよね。「ハミングバード」とか、本当にポップス然としたものも作れたというのは、それを落し込めたんじゃないかな。
河内:ただ、意地として結構激しめのギターは入っていますけどね(笑)。
――そこは意地なんだ(笑)。
河内:ロックっていう。そうは聞こえないように入ってると思いますけど(笑)。
――今の話を解釈すると、やっぱり今まではircleっていうバンドの形みたいなものに対して執着していたというか、それがないとircleにならないんじゃないかっていう思いがあったということですよね。でもそうじゃなくて、4人の関係性で鳴らせばircleなんだっていうところに自然に向き合えた。
河内:ま、自然にというか、その意識を高めていきましたね、レコーディング中に。たとえば仲道が作ってきた曲に対する俺の姿勢とか、俺が持ってきた曲に対するみんなの姿勢とか。それが同じ熱量になってきたというか。
伊井:今回のジャケットとかも、イメージを変えたかったんです。メンバーみんなが写っているジャケットですけど、4人でircleっていうのを表現したかった。
ircle 撮影=風間大洋
――「ハミングバード」では<死んだように生きるなよ>って歌ってたりとか、「メイメツ」でも<一体いつから当たり前だと/思って呼吸をしてんだろう>とか、ircleがずっと歌い続けてきたことを改めてすごくストレートな言葉で歌っていますね。
河内:<死んだように生きるなよ>というのは良が持ってきたものを書き換えたんですけど、「メイメツ」に関してはもともと良が持ってきた歌詞そのままで。「ハミングバード」はもっと深くしたかったっていうか、せっかくすごく壮大なサウンドにできそうな曲だったから、ちょっと突き刺す言葉も欲しいなとか、そういう気持ちはありました。ちゃんと救いになる曲になってほしいなと。
――この直截的な言い回しは、伝えるべき相手がより具体的になってきたというのもあるのかなと。
河内:具体的になってはきましたね、確かに。こんな人に届いてほしいとかいうものは確かに確立してきたのかもしれない。結果、自分みたいな気持ちを持った人っていうことになるんですけど。まあ、自分がどんなものかを昔より分かり始めたのかもしれない。
――ああ、そうですね。もう20年近くやっているバンドにこんなことを言うのも変なのかもしれませんが、このアルバムはircleの改めての自己紹介みたいなところもある気がします。俺たちこういう人間ですっていう。
河内:そうですね。これが自己紹介であればいいなって思ってます。「ここからスタートだと思ってもらって結構」みたいな気持ち。
――そういう境地に来たって、単に年取ったってことじゃないですよね?
河内:いやいや、違うんですよね。やっぱり、「俺は河内健悟じゃないといけない」みたいなのが面倒くさくなったというか……昔から面倒くさかったんですよ、やっぱり。結局「ircleであればいい」っていうところに自分を持っていきたいのは、昔からそうだったはずなのにね。
ircle 撮影=風間大洋
――たとえば、河内さんはひとりで弾き語りもやってるじゃないですか。そのときとバンドでやるときって全然モードが違いますよね。
河内:うん、全然違います。弾き語りはゆるゆるでやってるので、何も考えてない(笑)。「気持ちよく聴いてくれればいいよ」みたいな感じですね。
――だから、その感じとircleでやる河内健悟の距離が縮まってきているんじゃないですか?
河内:それはそうかもしれないです。感覚的には弾き語りをやるようにライブをできている瞬間も多いです。昔はなんかやっぱり違いました。「俺がガシガシいかなきゃダメなんだろ、ちょっとこの辺でひねくれたこと言わなきゃダメなんだろ」みたいな感じ。
仲道:たぶん、前は台本通りにするほうがいいライブになるんじゃないかっていうのがあったんですけど、今はト書きというか、「ここでこういう表情をしてください」ぐらいで済むというか。それは結局、作って上乗せしたことはライブが終わったあとに残らないっていうのが体感として分かったから。こっちが無理して作ったものは表現になってなかったんですよ。長い年月かけてそれが分かったというか。
河内:うん。だから明るい気分のときは明るく歌ったっていいじゃんっていう。それができないっつうのは逆に辛い。
――なるほど。今の話にもつながると思うんですけど、今回、曲順がおもしろくて。前半が仲道曲で、後半に河内曲が集まっている。今までこういう構成の作品はなかったですよね。
仲道:でもこれは、自然と……曲順をみんなで話し合った結果なんですけど。
河内:感覚的には、バンドの新たなチャレンジが前半にあって、後半におなじみの感じみたいな。俺は凄く納得がいきます。
――おなじみというか、前半で今のircleの4人感をバーンと出した後に、ちゃんと河内健悟のパーソナルな部分に帰っていくっていう感じがあって。バンド対みんな、みたいな関係性から、1対1の関係に戻っていく。それがすごく美しいなと。
仲道:そうやってちゃんと順序立てていかないと、最後の河内くんの根底にたどり着けないなっていうのはたぶん4人とも思っていて。正しい順番と言ったらあれですけど、それでこうなったのかな。
ircle 撮影=風間大洋
――「あいのこども」という曲がありますけど、前半のキーが「エヴァーグリーン」なら、後半のピークはこの曲ですよね。これほど深く踏み込んで人対人の愛を歌った曲って、実は今までなかったと思います。
河内:うん、確かにそうですね。もうちょっと漠然としてるような表現が多かったかもしれない。なんか野暮ったいなと思いながらタイトルを付けたんですけど、やっぱりその言葉でしか表現できないような曲だったんで。俺、この曲のバンドサウンドがめちゃくちゃ好きなんですよ。最初はもうちょっとテンポが速い曲だったんですけど、落としてやったらすごくよくなって。良のフレーズとかも最初はチョーキングを交えた熱い感じのやつだったんですけど、それをちょっと単音に変えて。
仲道:河内くんの原曲に対して、最初はバンドがそのエモーショナルな感じについていこうとして、わりと同じ温度感でアレンジしてたんです。けど、河内くんをやっぱり際立たせたいっていう思いが4人ともにあって、楽器隊を平熱に戻して。そのおかげで河内くんのメロディと言葉がしっかり一番前にいる形になったし、必要な言葉がちゃんと乗っているから、そこに対して楽器があんまり多くを語ることもなかったというか。配置がうまくできてるんですよね。4人が4人とも前に来てないからこそ、みんなが見える。
河内:うん。結果、小さいガキの耳にもじいちゃんばあちゃんの耳にもちゃんと耳に入るような曲になったなと思って。愛しく思っております。
――それはアルバム全体にも言えることですよね。ircle史上一番間口が広い作品になりましたね。
伊井:今までは避けてたというか逃げてたというか、偏屈にやりがちなバンドではあったんですよね。それをとっぱらって、まっすぐに、変な歪みもなくやることの大事さっていうか。それができたと思います。
ショウダ:うん。今だからこそ売れてほしいですよね、このアルバム。こういう状況で、ニュースを見てて、人間の心の乏しい部分も見えちゃうじゃないですか。そういうところに対して訴えかける曲が揃ったと思う。今この時期だからこそ聴いてほしいなって思います。

取材・文=小川智宏 撮影=風間大洋
ircle 撮影=風間大洋

アーティスト

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着