ミュージカル『カラフル』を語る~森
絵都(原作)×小林香(脚本・作詞・
演出)

直木賞作家・森絵都によるベストセラー小説『カラフル』がこの夏、ミュージカル化される(2023 年7月22日~8月6日 世田谷パブリックシアター、他)。死んでしまったはずの〈ぼく〉が天使プラプラに導かれ、自殺を図った中学生・小林真の体に“ホームステイ”し、人生の再挑戦をはかる物語。思春期ならではの悩みや孤独感、将来への不安という誰もが経験した、あるいは経験するであろう感情を丁寧に紡ぐこの感動作をミュージカル化するのは、海外ミュージカルの演出やコンサート、ライブ演出、さらにオリジナルミュージカルの創作にも力を入れている小林香だ。6月末、絶賛稽古中のミュージカル『カラフル』の稽古場を森絵都が訪問。鈴木福、川平慈英らのパフォーマンスを見学した後、森と小林が『カラフル』という物語について、小説と劇作の創作の違いについてなど、多岐にわたって語り合った。
(左)原作小説「カラフル」文庫書影(文春文庫)、(右)宣伝写真:間仲宇

――森先生、稽古をご覧になっていかがでしたか。
森絵都 あんなにたっぷり稽古を拝見させていただけると思わなかったので、とても楽しかったです。しかも至近距離だと、ものすごい迫力ですね。俳優さん一人一人が、とても私の中の登場人物像に近くて……。舞台だったら舞台版の『カラフル』になればいい、原作のイメージのままでなくていいと思っているのですが、それでも真は真で、お母さんはお母さんで、「こんなに出来上がっているのか」と驚きました。
小林香 それは、みんなが原作を読み込み、作品やキャラクターのスピリットを吸収した上で稽古場に来てくれているからだと思います。ミュージカル化するにあたりまったく違う構造の中でこの話を紡ぐこともできましたが、やはり先生の本は、一つ階段を抜いてしまうと〈ぼく〉の変化が上手く繋がらないと感じたので、流れは忠実に活かした脚本にさせていただきました。その分、みんなが原作を読んでイメージできることが多かったのではないかなと思います。
――『カラフル』をミュージカル化するということを最初に聞いた時、お二方はどう受け止めましたか?
森 この話に限らず、私の書いたものがミュージカルになるのが初めてなんです。ミュージカル、好きなんですよ。ですから単純に楽しみでした。
小林 そうなんですね! どんなミュージカルがお好きなんですか?
森 去年はブロードウェイで『ハミルトン』を観ましたし、『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』などのオーソドックスなものも好きです。日本の新作でも面白いものがあると聞くと観に行ったりします。最近印象的だったのは、ミュージカルという括りではないのかもしれませんが木ノ下歌舞伎の『桜姫東文章』。歌で、カタカナと歌舞伎に準じた古典的な言葉が組み合わさっているのが非常に面白くて。ミュージカルってそこがいいですよね。音楽に乗ることで言葉の力が2倍にも3倍にもふくらんでいくところに、ゾクゾクッとします。
森絵都 (撮影:杉能信介)
――森さんの小説『無限大ガール』でミュージカル部が登場したりしていますので、もしかしたらお好きなのかなと気になっていました。
森 そうなんです、あれはちょっとおバカな話ですが(笑)、劇中劇でミュージカルも登場します。
小林 本当にお好きなんですね。ホッとしました。ご自身が大切に生み出したものを他の表現方法に渡すって、どう思われているのかなと心配していたところもありましたので。
森 むしろ楽しみにしておりました。小林さんはミュージカル化についてどう思われましたか?
小林 テーマが非常に重い作品ですが、深刻なテーマを軽やかに伝えるのはミュージカルが得意とするところ。ですので、先生がお書きになったこの素敵な原作を、より幅広く若い方の手元にお届けできるかもしれないと嬉しく思いました。「いじめられていた」「いじめていた」「いじめを見ていたけど何もできなかった」といった当事者が、客席にも多くいると思うんです。当事者は説教じみたことは言われたくないと思う。そこを音楽で理屈を超えて伝えられるのは、ミュージカルの強みです。
小林香 (撮影:杉能信介)
――ミュージカル化にあたり、森先生から何かリクエストを出したことはあるのでしょうか。
森 すべてお任せし、脚本が完成してから読ませていただきました。
小林 とても寛容に、「どうぞ好きなように料理なさ~い」と両手を広げていらっしゃる感じで(笑)、ありがたく自由にやらせてもらいました。
森 四半世紀前に書いた『カラフル』は、人間にしたらもう立派に成人しています。いわば独り立ちした作品。なので、お任せするかどうかは作者の責任として考えますが、お任せすると決めたら、その方に自由にやっていただくのが一番いいと思っています。プラプラのキャラは予想外でしたが、次に何をするのだろうと楽しく稽古を拝見しました。小林さんは「天使が大人であってほしい、子どもを導くのは大人であってほしい」とおっしゃっていましたが、どういういきさつでその形になったのですか?
小林 ミュージカル化する際「〈ぼく〉がたまたまラッキーだったから地上に戻れた」という話にしてはいけないと思っていました。というのは、小説では書ける細かい感情の変化が、台詞だけで成立させる舞台芸術ではつぶさに描き切れない。そうなると「ラッキーだから地上に戻れた」だと、客席で観ている若い子が納得しないだろうなと。そこは、子どもたちが生きづらい世を作ってしまった大人が、それに対しきちんと責任を持つという構造にしたいということで、今のプラプラ像になりました。そしてそれを最も軽やかに体現できるのは川平慈英さんだろうとお願いした次第です。
森 小説は文体があるから、シリアスなものを軽くしようと思ったら文体を工夫すればなんとかなる。舞台や映像では文体がないから、筋の深刻さがそのまま出てしまいます。でもそこに音楽が加わると、文体に代わる役割をしてくれるんじゃないかなと小林さんのお話をお聞きして思いました。深刻なことが、メロディの中で沁みるように軽やかに伝わる。
小林 それこそミュージカルの魅力です! だから難しいことをわかりやすく伝えるのが得意な表現方法ですよね。本当にこの『カラフル』をお芝居ではなくミュージカルにすることで伝えられることが多々あるんだろうなと思います。そういう力を持った俳優も揃っていますから。
ミュージカル『カラフル』出演者(宣伝写真:間仲宇)
――鈴木福さんの〈ぼく〉はいかがでしたか。
森 お目にかかった時に「あ、真だ」と思いました。歌もすごく素敵。鈴木さんのことはもちろん子役の頃からテレビを通して拝見していましたし、みんなに言われてご本人は嫌かもしれませんが……ずいぶん大きくなられましたね(笑)。でも透明感がありますよね、鈴木さん。
小林 そうですね、この業界にいてあんなに純粋にまっすぐに育つんだとびっくりするくらい(笑)。今、福くんと私が一緒に登っている山は、〈ぼく〉が真を理解していく過程。言ってしまえばこの役は、人格が二つある。どういうプロセスを追ってそれを認識していくかというところに試行錯誤しています。
森 たしかに、それを演技として表現するのは難しそう!
小林 そうなんです。彼は“俯瞰しながら真の人生を経験する”というのと、“真と一心同体になって感情移入する”というところを行ったり来たりしないといけない。そこは芝居の難しいところであると同時に楽しい、演劇的な瞬間です。福くんはいい課題と向き合っているなと思います。
――本作は「せたがやこどもプロジェクト2023」の一つとして上演されます。お二人は創作する上で、子どもに届けるか、大人向けにするかは考えて作られるのでしょうか。
森 それは考えます。子どもって大人より読書になれていないし、飽きっぽいし、小説以外にも楽しいことはいっぱいある。そんな10代の子たちに本を最後まで読み通してもらうのって簡単なことではないんです。『カラフル』も、「最初から最後までずっと面白くしなくちゃダメだ」「絶対最後までノンストップで読み通してもらいたい」という気迫で書いていた記憶があります。
小林 小説を読み、当時20代の先生が、自分とそう年齢のかわらない14歳を中心にした物語を描き「人生は、長めのホームステイだからね」と伝えることに全力を尽くしているさまが目に浮かび、その気迫に胸を打たれました。ミュージカル化させていただく上でも、伝わってくるその森先生の熱意のようなものは、私の原動力になりました。
森 あと、今の若い子たちは歌詞に敏感ですよね。SNSなどでも「この歌詞が好き」とフレーズを切り取ったりしていますが、子ども向けの本を集中して書いていた時、私にとっては歌がライバルでした。歌詞に匹敵するような力のある言葉で作品を書きたいと思っていた。ミュージカルはその点、歌詞の強さもありますね。
小林 そうですね。ただ今回で言えば、先生の小説の言葉をそのまま歌詞にしているところも多い。先生が歌詞を意識して小説を書かれたというのは、納得です。
森 小林さんは、今回想定している客席の年齢層というものはあるのですか?
小林 中学生前後……小学生から高校生、そして大人まで。実は「若い人向けに」とはあまり考えていません。今回は「せたがやこどもプロジェクト2023」としてかなり値段は抑えられていますが、やはり演劇というのはチケット代が高く、中高生は親と一緒に来ることがほとんど。だから大人がまず理解してくれないと、とは思っていますし、そういう意味で大人にも響く作品にと考え、作っています。
森 ミュージカルと出会った新しい『カラフル』がどうなるのか、私も楽しみにしています!
(宣伝写真:間仲宇)
取材・文:平野祥恵

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