京都の新しい小劇場[THEATRE E9 KY
OTO]いよいよ6/22オープン~初代芸
術監督・あごうさとしが語る

2015~2016年、京都の演劇シーンに激震が走った。京都市内の小劇場[アトリエ劇研][スペース・イサン][西陣ファクトリーGarden][一坪シアタースワン][元・立誠小学校]が相次いで閉館、ないしは長期の改装に入ることが発表されたからだ。日本でもトップ5に入るほど、演劇活動が盛んな地域でありながら、地元の小劇場劇団用の発表の場がほとんどなくなるという非常事態。この状況を打破するために立ち上がった一人が、[アトリエ劇研]最後の劇場ディレクターだった演出家・あごうさとしだ。
大蔵流茂山家の狂言師・茂山あきらや、現代美術作家・やなぎみわなどの他ジャンルのアーティストたちと手を携え、演劇関係者や観客層のみならず、地元企業などの多方面から協力を得ることに成功。2019年6月22日には、その成果の結実となる小劇場[THEATRE E9 KYOTO](以下E9)が2019年6月22日(土)オープンする。この劇場の初代芸術監督に就任したあごうに、ここに至るまでの道のりと、目指している劇場の姿について語ってもらった。
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■「劇場文化」を根付かせるには、長く続く劇場がなければならない。
──まずはE9オープンおめでとうございます。すでにあちこちで話してらっしゃるとは思いますが、改めてここに至るまでの経緯について教えていただけますでしょうか?
私の個人的な視点で語らせてもらいますと、すべてのスタートは2015年の2月でした。[アトリエ劇研]館主の波多野(茂彌/2018年8月逝去)さんから、閉館の意向の電話が最初に入ったんです。その時私はディレクターに就任したばかりで、まだ最初の取り組みすら始まってない頃だったので、いろいろ交渉を行った上で、私の第一期任期満了となる2017年8月末までは続けさせていただけることになりました。2015年11月という割と早いタイミングで閉館を公表したのは、この事実をなるべく速やかに周知させることで、劇場に関わるすべての方々に、次の準備を行ったり考えたりする時間を、キチンと持てるようにしたかったからです。
[THEATRE E9 KYOTO]外観。
──実際あごうさんは、すぐに代替の劇場探しに動いてましたね。
[アトリエ劇研]だけでも、年間50を超える演目が上演されていたので、他の(閉館した)スペースを合わせると、どう見ても100~150演目が上演の機会を失うことになるのは間違いない。それで一演目につき200人ぐらいの動員があったと見積もったら、3万人の観劇の機会も喪失するというのは、どう考えても壊滅的な状況ですよね。私たちの先輩が用意してくださった環境の中で舞台芸術をやってきた身としては、それがなくなったから後はサヨナラ……というわけにはいかないので、何かチャレンジをしようと思ったわけです。
代替施設はなかなか上手く見つけられませんでしたが、2016年の夏になって、E9の支配人を務めていただく蔭山(陽太)さんに今の物件をご紹介いただいて。ここにめぐり会えたことで、初めて「劇場を作ろう」という方向になりました。その少し前には、10数年来のお付き合いがあったやなぎさんがチームに加わって。さらに茂山さんたちも、私たちとは別口で小劇場を作る動きをしていると聞いたので「ぜひ一緒にやりましょう」ということになり、2017年1月に「一般社団法人アーツシード京都」を設立するに至りました。このプロジェクトを公表したのは、ほぼ半年後の6月でしたが、それは(E9建設予定地の)地域の方へのご挨拶とご説明を、事前になるべく丁寧にやっておきたいという事情があったので、皆様にあまり派手に宣伝できる状況ではなかったからです。
──周囲が盛り上がる前に、まずは地域の理解を得ておこうと。
というのも[アトリエ劇研]が閉鎖した時、演劇関係者の皆様からは非常にたくさんの惜しむ声をいただいたのですが、周辺地域の市民の方からの惜しむ声というのは、ただの一つもなかったんです。創立してから33年間、日本の演劇シーンにおいて、一つの重要な役割を果たした劇場であることは間違いないのに、肝心の地域の皆様にはご理解をいただけてない状況だったというのは、一つの大きな反省でした。もう少し端的にいうと、劇場というのは一つ間違うと、迷惑施設になりかねない。
吹き抜けの広々としたホワイエ。
──[アトリエ劇研]でも「周りの住民の迷惑になるので、外であまり騒がないように」と、終演後に必ずアナウンスされてましたからね。
そのリスクは、E9でも消えてません。なので劇場ができる前から、なるべく良き関係を作らせていただいて、開館した際には一人でも多く足を運んでいただけるような努力をするのが、極めて大事なことで。「民間のプロジェクトだから勝手にやっていい」という意識で、地域の方の理解なしに進めていくのは無理ですし、それが得られなければ止めようと思ってました。というのも、劇場は建物を作ればそれで良いというのではなく、どう持続していくのかというのが重要。[アトリエ劇研]のように、一個人の志で作られた場所は……それは極めて美しく高尚なあり方ですが、やはり長期の持続・継続は困難なんです。じゃあ市や府などの公的なスペースであれば安心なのかというと、決してそうではない。
──実際お隣の大阪では、2000年度に行政が何らかの形で携わって設立された小劇場が、方針の変更などで相次いで閉館するという事態が起こりましたし。
国力のようなものが、どちらかというと衰退していってる状況下では、文化施設のようなものは持続されていかない傾向にあるというのは、一つ事実としてあるかと思います。したがって「どういう形で劇場を作るのか」ということと「どういう形でそれを持続するのか」は、同時に考えないといけない。それは突き詰めれば、市民の方々に支えていただけるようなものでなければ、やがてまたなくなってしまうということです。そのためには、皆様が日常的に劇場に通う「劇場文化」が根付くのが一番いいわけですが、劇場そのものが長い期間続かなければ、とてもじゃないけど定着はしないですよね。E9設立に当たって「京都に100年続く小劇場を」という壮大なキャッチを付けたのは、まず言葉として遠くに旗を立てて、そこを究極の目標にしていこうという風に考えたからなんです。
劇場併設のカフェ[Odashi]日替わり定食などの和食中心のお店で、7月1日にオープンする予定。
■クラウドファンディングは、波及効果という点でもありがたい制度。
──その資金調達の方法として「Readyfor」のクラウドファンディングを利用し、同社の芸術部門では最高金額を集めることに成功したわけですが。
ここが誤って伝わりがちなので、最初にお断りしておきますが、クラウドファンディングで(劇場資金を)全額を集めたということは、さすがにないです(笑)。まず劇場を作ろうとした時に、民間の……特に私のような何の背景も財力もない人間に対して、公的な支援が受けられる制度そのものが、今の日本には存在していない。それで必然的に民間の活力に頼る、あるいは訴えかけるという手段のみがあると。まあこれは今に始まったことではなく、昔からこの国は教育システムや法制度的なことも含めて、舞台芸術分野での整備が欠落しているので。
だから舞台芸術に関しては、基本的には民間の力で育まれてきたという歴史的な経緯があり、現時点でもそこに頼らざるを得ないということなんです。特に町人たちが私財を持ち寄って文化施設を作るという、何百年も続いてきた上方文化の流れの中で、IT時代ならではの一つの手法として出てきたのが、クラウドファンディングであるということでしょう。今までは民間の劇場を作るには、大きな会社が資本を投入するか、特定個人が私財を投じるというケースが多かったと思うのですが、こんな風にのべ1100人を超える方々のご支援によって作られたという例は、そんなにたくさんはないんじゃないかと。
──クラウドファンディングが大きな役割を果たした、初の劇場ということになるのでしょうか?
[Theater新宿スターフィールド](注:2017年に旧[タイニィ・アリス]跡にできた劇場)もクラウドファンディングをやっていたので、初とは言えないと思います。先ほども申し上げた通り、全部の資金をクラウドファンディングで得たわけではなく、金額としては事業全体の8の1程度。でも爆発的な波及効果があったので、短期間で多くの人にこの取り組みを知っていただけたという点では、非常にありがたかったです。年代は10代から80代、地域も関西だけでなく、首都圏や海外からも数件お振込みがありました。そういう意味では本当に、非常に広範囲からの力に支えていただけたことになります。
──また今回興味深いのは、これまでの劇場設立運動が演劇関係者の中だけで終始しがちだったのに対して、他ジャンルのアーティストや地元の一般企業まで、非常に多くの人たちを巻き込めたということです。
2017年6月に行われた[THEATRE E9 KYOTO]設立プロジェクトの会見。
そうですね。おそらくは大きく儲かることもなく、担保もない私たちに対して、銀行が考えられないぐらい巨額の融資をしてくださったんですが、それはE9の社会的意義をとらえていただいたからだと思います。またネーミングライツは「寺田倉庫」さんという会社にご購入いただいたので、たとえば[寺田倉庫劇場]とかになってもおかしくなかったんです。でも寺田倉庫さんは、私たちが付けた[THEATRE E9 KYOTO]という名前を買って、それをそのまま劇場名にするという、気品に満ちた権利の行使をしてくださいました。また京都市からは金銭的な支援は一円もなかったんですが、劇場を建てるための法律問題のレクチャーや、それを円滑に進めるための状況整備みたいなことに関しては、全関係部局が積極的に協力してくださったんです。
──金銭的援助ではなくとも、そういう形の公的なサポートがあったと。
周辺地域へのご挨拶やお手伝い、あるいは飲み会に参加させていただくとか、そういうレベルでのサポートもあって、大変ありがたかったです。またE9と隣接する崇仁エリアには、2023年に「京都市立芸術大学」が移転することもあり、現在(E9のある)東九条エリアでは、さまざまな文化活性化事業が行われています。そこでも「HAPS」(注:東山アーティスツ・プレイスメイント・サービス。京都市の文化事業を企画制作する、アーティストの支援団体)さんからのご依頼で、アートイベントやダンス公演などをコーディネイトさせていただけました。それによって地域の人と芸術活動を通じて、交流したり議論ができたことは極めて大きかったです。本当に演劇関係者だけでなく、全ジャンルから手助けをいただいた上で、今があると思っています。
──京都は公的にも民間的にも文化活動への理解が深く、その支援に積極的に動く個人や団体が多いとよく言われますが、まさにその通りの道のりでしたね。
確かに京都って、基本的に恵まれた場所だと思うんです。たとえば、他の都市では稽古場が不足していたり、あるいは賃料が高いなどの問題をよく聞くのですが、京都は各区の行政スペースの使用料が無料、取っても一時間100円程度と極めて廉価なんです。そういった所が若手の活動を支えているのは確かですし、創作環境自体はすごく恵まれていると思います。ただ先程から申し上げている通り、いわゆる小劇場が危機的なぐらい同時になくなったのが問題で。E9の設立にしても、以前なくなった5つのうちの1つ分ができただけで、単純な考え方をするとあと4つ足りてないわけですからね(笑)。
4月8日に行われた[THEATRE E9 KYOTO]開館日&プログラム発表の会見。登壇しているのがあごう。
■舞台芸術の幅広さを感じてもらえるような「オープニングプログラム」。
──茂山さんやあごうさんの作品を経て、8月からは半年以上に渡る「オープニングプログラム」が始まりますが、ジャンル的にもキャリア的にも、かなり多彩な顔ぶれです。
「舞台芸術って幅広いでしょ?」って(笑)。なんせ表現の奥行きは無限にあるわけだし、携わる人間も子どもからお年寄りまでいるじゃないですか?「こういう芝居じゃないと芝居じゃない」みたいな一種の色を出すのは、劇場の方向性を指し示すという意味合いにおいて理解はできますが、E9では舞台芸術そのものの多彩さを、観客の皆様……もっと言えば「市民」に向けて紹介していきたいんです。すべてを観ていただくのは難しいでしょうが、少しでもその幅と奥行きを感じていただきたいという思いはあります。
オープニングプログラムの参加団体は、やはりE9自体が「京都で活動する人たちが、表現をできる場所に」という前提で作られた劇場なので、まずは京都を拠点にしている方を中心にお呼びしました。世代的には、本当に旗揚げしたばかりの若手から、賞を取るなどして活躍し始めた20代、次のステップに向かおうとする30代、世界のトップレベルを走る大御所まで。方向性も、非常に実験性の強いものから、娯楽性の高いものまでそろっています。中には「対象年齢4歳未満、または3歳以下」なんて公演もあるんです(笑)。
──ここまで全方向でそろえたら、何か一個ぐらいは引っかかる舞台表現が出てくるでしょうね。
そうですね。さらに皆様にご負担いただく劇場使用料は、大都市にある100席レベルの劇場が通常設定するであろう額の、おそらくは半値ぐらいだと思います。さっきの話のように、稽古場費などが格安な京都だと、これでも「高い」と言われるんですが(笑)。でもこの解決策は……本当にありきたりで「何それ?」と言われそうですが「お客さんに来ていただく」というのが一番なんです。[アトリエ劇研]の平均動員数は、一公演につき200人ぐらいだったんですけど、これを500人まで増やせたら、当然劇団の経済面がだいぶ改善されると。
[THEATRE E9 KYOTO]スタッフ+オープニングプログラムに参加する全団体の代表たち。
そのためには劇場側も、お客さんに来ていただける最大限の努力をしていくということです。具体的には、前売決済ができるチケットの販売システムを、劇場HPに設置しました。チケットを手軽に、しかも前売で購入できるというカルチャーが定着すれば、これまでになかった経済的なメリットが出やすくなるだろうと。あとは劇場の全ラインアップの公演情報を、迷惑にならない範囲でお送りするなど、多くの演目に関心を示していただける仕組みを作っていきたいと思います。
──[アトリエ劇研]が行っていた「劇場支援会員制度」はE9にも引き継がれるとのことですが、あの劇場ではできなかった取り組みで、実現しそうなことはありますか?
E9では「サポーターズクラブ」の名称で、年間パスポート券を発行します。これは劇場の利用料を下げる別財源になるのと同時に、お客様にとっても劇場に通っていただきやすくなる制度なので、システムとして継続していきます。[アトリエ劇研]になかったことといえば、(劇場の)2階にコワーキングスペースができるので、そこには多様なビジネスマンが集まってくる……劇場空間だけだったら、なかなか訪れない層に足を運んでいただける構造があるわけです。まずはその方たちに、仕事終わりに演劇を観て帰っていただくのが、一番簡単な効果ですよね(笑)。あるいはもう少し積極的なコラボレーションができる企画を立てたり、人材や知恵の交流ができるようにして、それが何かしらの事業に発展するという可能性もある。この状況が、どういう化学反応を起こせるか? というのは、一つ課題になると思います。
[THEATRE E9 KYOTO]2Fにある会員制のコワーキングスペース[collabo office E9]。
あとは言論ですね。これは極めて重要なはずだけど、なかなか手が回りにくい部分なんです。美術館が学芸部を設置しているように、民間劇場でもそういった研究ができる場を、なるべく早く作る方がいい。それが作品をサポートする言葉になる可能性があるし、ある種の価値を作っていくことになると思います。さらに、多様な方に劇場に集っていただくために「シアター・アクセシビリティ」について、もっと議論する必要があるだろうと。
──聞き慣れない言葉ですが、それはどういう取り組みでしょうか?
できるだけ多くの市民が劇場に足を運びやすい環境を、どうやって整えるかということです。劇場自体のバリアフリー化はもちろんですが、劇場までのアクセスも考慮する。あるいや視覚や聴覚に障がいがある方や、子育て中の方や失業者の方も気軽に来られるようにするには、どういう工夫をすればいいか。概念や課題は広げていけば無限にあるわけですから、お金もマンパワーも限られている中で、いろんなオーダーを打ち返さなければいけなくなります。でも劇場に限らず「あらゆる人に機会をシェアしよう」という意識が高まっている時代ではあるので、そこは劇場も変わっていかねばならないだろうと。それは表現者側に対しても同じですね。私たちの限られたリソースの中で、劇団への支援策……特に若い人たちに何ができるのか? と。そんな風に全市民、もっと大きく言えば全人類や全世界に対して、受け入れていただける劇場のあり方とはどのようなものかを、これから本格的に考えていかねばならないと思います。
──決して「劇場ができたから一息つける」という状況ではないわけですね。実際支援金の方も、引き続き募集していくとのことですが。
そうです。何せ追加工事費が3千万円ぐらいになって、頭を抱えている所ですので(笑)。寄付はE9のHPと「京都市地域創造基金」の2ヶ所で受け付けています。後者だと税金の優遇措置が受けられますし、ぜひよろしくお願い申し上げます。

なおあごう自身の作品も、劇場初の現代演劇公演として7月に上演。この内容の詳細については、後日あごうのインタビューを交えて紹介する。
あごうさとし。[THEATRE E9 KYOTO]の楽屋にて。

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