音楽と演出と声優たちが生み出す「3
.5次元」の世界飛行~音楽朗読劇「R
EADING HIGH」第3回公演『Chèvre N
ote~シェーヴルノート~』

藤沢文翁が作り上げる緻密でドラマチックな世界観と、生の演奏。そして最新技術を駆使した演出効果で「3.5次元」エンターテインメントを標榜する音楽朗読劇「READING HIGH」。その第3回公演が舞浜アンフィシアターで上演された。
本作『Chèvre Note~シェーヴルノート~』は15世紀に忽然と現れたフランスの聖女ジャンヌ・ダルク(沢城みゆき)を巡る物語。主人公はジャンヌの盟友にしてフランス元帥ジル・ド・レ(中村悠一)。イングランドとの百年戦争で国土を侵略され、疲弊するフランス。皇太子シャルル7世(津田健次郎)は戴冠式を行う事もできない状態。そこでフランス大元帥であるリッシュモン(諏訪部順一)が考え出したのは、偽りの聖女を作り出すことだった。
(c)READING HIGH
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フランスの国民的ヒロインであるジャンヌ・ダルクには未だ謎が多い。フランス東部の農家の娘として生まれた彼女はある日「神の啓示」をうけフランス軍に従軍。オルレアンの戦いを筆頭とする戦いを勝利に導き、ランスの街を開放し無事シャルル7世に戴冠式を行わせるなどの功績を挙げるが、最後にはイングランド軍に捕縛され、異端審問の後に火あぶりとなる。
すべてのジャンヌ・ダルクを取り扱う作品がフォーカスしているのは「神の啓示」を受けたという部分だ。本作ではこの部分を大胆に「神の啓示などはなく、偽りの聖女を作り出した」という創作にしている。ジャンヌ・ダルクは天才的な詐欺師で、その言葉を誰もが信じてしまうというもの。はすっぱで生意気なジャンヌが一度兵たちの前で演説する時はまさに聖女のような語り口を見せる。様々なキャラクターを演じ分けてきた沢城だからこそ説得力がある見事なキャスティングだ。
(c)READING HIGH
『READING HIGH』の魅力の一つに、この声優たちの共演というものがある。生真面目で少し偏屈な主人公ジル・ド・レを演じた中村はそのストーリーの中で心の動き、ジャンヌとの信頼、そして絶望と渇望を見事に演じきった。ジル・ド・レの盟友アランソン公役の梶裕貴は優しく高潔な印象を。ジル・ド・レの忠実な部下である猛将ラ・イルを演じた梅原裕一郎はその二面性と優しさを甘い声で表現してくれた。
(c)READING HIGH
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演者は特に動きを見せるわけでもなく、ただ語る。しかしその語りが色を帯び、見えている世界の更に先を喚起させる。藤沢が提唱する「3.5次元」の世界がそこにあった。物語の世界に浸っていると瞬間、炎や稲妻、光などの効果が飛び込んでくる。耳だけでなく視覚も刺激されることで見ている我々の心はあっという間に15世紀の澱んだフランスの戦場に引きこまれる。
(c)READING HIGH
聖女を作り出したリッシュモン大元帥を演じた諏訪部と、王であることを望むシャルル7世を演じた津田の演技も特筆すべきものだった。戦場に立つジル・ド・レたちとは違い、密談をかわす二人の染み出すような狂気は背筋がゾクゾクするかのようだ。使うもの、使われるもの、そこには通常のジャンヌ・ダルク作品に見られるような神への畏敬も人々を導く明るさもない。極上のダーク・ファンタジーとしての百年戦争が展開されていく。

(c)READING HIGH
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改めて物語に戻ると、作品はジル・ド・レへの異端審問の場から始まる。審問が進む中でも反応を示さないジル・ド・レ、彼は悪魔を召喚しようとして失敗し、心と体が分離してしまっているのだ。その心に語りかけるのが悪魔グラシャ=ラボラス(大塚明夫)。ラボラスはジル・ド・レに魔法の力を与える代わりに対価を払えと取引を持ちかける。その対価とは? それこそが本作のキーポイントなのだが、求められるのは「忘れがたき記憶」なのだ。ジル・ド・レはその条件を飲む。彼が求めるのは唯一「異端として火あぶりになったジャンヌ・ダルクの復活」。詐欺師を従軍させるなんてとジャンヌに嫌悪感を示していたジル・ド・レがなぜすべてを掛けてまでジャンヌの復活のため動き出すのか? 物語はそこから出会いの瞬間へとプレイバックしていく。
(c)READING HIGH

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コンサートマスターとして音楽を司った村中俊之率いるオーケストラがこの時空を超えた物語を見事に彩る。時に神秘的に、時に激しく展開する音楽と声優たちの共演こそが『READING HIGH』なのだと強く印象付けられる。

大塚明夫のグラシャ=ラボラスはシニカルに軽口を叩いていたかと思うと、次の瞬間に静かに恫喝するように語る。大塚の熟練した言葉使いの凄さを感じながらも物語は進む。戦いの中で少しずつ戦士たちの命を背負い、変わっていくジャンヌ。そしてそれに呼応するように変わっていくジル・ド・レたち。ジャンヌが事あるごとに発する「嘘に命のせなきゃ、嘘は嘘のまま……」という言葉がその色合いを少しずつ変えていくのに合わせて、世界をのぞき見ている観客の心も動かされていく。その美しき思い出を売り払うことで昏き願いを実現しようとするジル・ド・レ、親友として彼を止めようとするアランソン公、従者としてジル・ド・レに付きそうラ・イルそれぞれの思いが突き刺さる。
この物語は善人などいない物語なのだ。誰もが自分の願いを叶えるために何かを犠牲にしても構わないと思っている。ただ人と人が関わったことによって生まれる絆だけがある。それだけを希望の糸のようにたぐっていくキャラクターたち、観客の心は既に世界に染まっているのに、見届けることしか出来ないもどかしさがこみ上げてくる。
この後ソフトなどでこの作品を鑑賞する方もいるかも知れないので展開のネタバレは避けるが、最終盤の魔術合戦の効果・演出・そして演技は驚くべきものだった。アクションも特にないのに大スペクタクルが目の前に展開される。そして作中で何度か描かれる夕日のシーンはこの作品の中で最も優しく、最も心打つ場面になるだろう。夕日は太陽のサヨナラ、だから切なくて美しいのだ。

(c)READING HIGH
過去公演でも好評だった、初日昼の部を缶バッチサイズのデジタル音楽プレイヤー「PLAYBUTTON」に当日録音して販売するという革新的な試みも好評。この千穐楽はライブビューイングも行われており、カーテンコールでは役から抜けた素の声優たちのトークや、劇中曲をメドレーとしてアンコール演奏するなどのお楽しみも。

本編ラストシーンは、満天の星空の中物語の幕が閉じる。まさにそれは明日へとつながる道標のように見えた。その先にある現代の私達に、ジャンヌ・ダルクたちが生きた人生はつながっている。時間と場所を飛び越えてそんな感想を持たせてくれた『READING HIGH』が次に見せてくれるのはどんな物語なのか? 期待しながら待ちたい。
文・レポート=加東岳史

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