ポジティブなロックスピリッツと
高い文学性を同居させた
パティ・スミスのパンク期の名作
『ラジオ・エチオピア』
時代の空気感まで封じ込めたような
ロック史に残る傑作
デビュー作から1年と置かず制作されたのが『Radio Ethiopia』('76)だった。今度は最初からロック色剥き出しラウドなサウンドがガッと来る。どうやら、パティをはじめメンバーらも前作の出来に対して、内容には満足したものの、サウンドが貧弱であることに不満を抱いていたらしい。そこで白羽の矢を立てたのが、ジャック・ダグラスというエンジニアだった。エアロスミスの諸作を手がけたことで知られるこの男は、ニューヨーク・ドールズやブルー・オイスター・カルト、アリス・クーパーなどの作品を手がけており、エッジの効いたロックアルバムの制作で名を上げていた。本作から数年後にはジョン・レノンの遺作となる、あの『Double Fantasy』('80)の制作も手がけることなるのだが、長い経歴のエンジニア時代には、既にジョン・レノンの『Imagine』('71)にも関わっていたそうだ。
レコーディングもダグラスの根城としていたレコードプラントで行なわれている。調べてみると、チャートの記録ではビルボード200で最高位122位となっている。なーんだ大したことないじゃん、という感じだ。もっと売れていたような気もするのだが…。まあ、パンク、パンクと紹介されているうちは、一般には何となく煙たがられていたし、やっぱり絶賛していたのは自分も含め、マニアックなリスナーたちばっかりだったのだろうか。そう、私や数少ない友人関係の間では、このアルバムが大絶賛されたのだった。
オープニングの「Ask The Angels」からいきなりカッコ良い。狂おしいパティのヴォーカルが頭の中を突き抜けていくようで、全身全霊、吹っ飛ばされるような圧力を感じたものだった。続く「Ain't It Strange」では一転してレゲエのリズムを取り入れ、ドスンと重点の低いサウンドで責めてくる。そして「Poppies」「Pissing In a River」と続く、レコード時代で言うところのA面の流れが素晴らしく良かった。曲のところどころに聴けるパティのポエトリーリーディングもいい。耳を傾けていると、ヴォーカルやサウンドの背後にニューヨークの街路に轟音を立てて吹きすさぶ寒風のようなものを感じさせるのだ。本作を彼女の最高傑作とするファンも多い。私も彼女のひとつのピークを示す作品だと思う。
まぁ、仕方ないのだな、と納得はできていたのだが、もうパティのアルバムもライヴも観ることも叶わないのだと、やはりその才能を仕舞い込んでしまうのは惜しまれた。その後、時折伝わってくるニュースでは、彼女はフレッドとの間に子供をもうけ、完全に育児、母親業に専念しているということだった。それはある意味、潔いものだったが...。
その数年後、デトロイトで暮らしているはずの彼女が久々にアルバムをリリースするというニュースが伝わり、ファンを驚かせた。そして発売された9年ぶりの新作『Dream of Life』('88)は、珍しくレニー・ケイは不参加だったが、ジェイ・ディー・ドーハティやリチャード・ソールといったかつての仲間も参加し、夫フレッドの全面的な協力があり、なかなか素晴らしいものだった。冒頭を飾った「People Have The Power」もヒットを記録した。かつては愛や死、セックス、闇、宗教といった事柄をテーマに歌われる作品が多かったが、ここでは人類愛とでも言うべき、宇宙的なスケールで歌われている作品が増え、家庭を持った安定した生活の中にパティはいるのだ、それも悪くないと思ったものだった。制作中には二人目の子供の出産もあり、アルバムは一度中断するなど、時間をかけて完成している。当時のインタビューでは、パティは別に音楽から身を引いていたわけではなく、幼い子供がいるのにレコーディングだのギグをやれるわけがないではないか、と発言していた。
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