川瀬浩平氏

川瀬浩平氏

プロデューサーの仕事は“考える”こ
と 川瀬浩平が独立した理由

川瀬浩平氏 「灼眼のシャナ」「とある魔術の禁書目録」シリーズ、テレビアニメ「SHIROBAKO」など、アニメ作品のプロデュースを多数手がけるアニメプロデューサーの川瀬浩平氏が、昨年ワーナー ブラザース ジャパンを退社し、自身の会社カスケードワークス(https://www.cascade-works.com/)を設立した。

 川瀬氏が独立した理由をうかがおうと今年1月に実施した取材は2時間を超えた。独立の理由を赤裸々に語るところから、最近の若手アニメプロデューサーの傾向、長期シリーズを続けるためにしてきた工夫、川瀬氏が携わる作品にクレジットされる「プロデュース」の意味、リニューアルして再出発したネットラジオ「のら犬さんのアニメギョーカイ時事放談」、最近のアニメ業界の変化について感じることなど話題は多岐にわたり、川瀬氏が自身の仕事の秘密を大盤振る舞いで明かしてくれた。(取材・構成:五所光太郎/アニメハック編集部)
――ワーナー(※ワーナー ブラザース ジャパン)を退職してご自身の会社を設立されたのが2022年10月ですね。
川瀬:昨年9月いっぱいでワーナーを退職しまして、10月1日からカスケードワークスという会社を立ちあげというかたちでやらせていただいています。
――いろいろ考えられての会社設立だと思います。独立された経緯からうかがわせてください。
川瀬:僕は今年で51歳になりますが、50歳になったときに漠然と「あと何本つくれるんだろう」と考えたんです。このぐらいの年齢になったら皆さん考えられることだと思うんですけれど。
 今まで僕は、会社員のビジネスプロデューサーとして会社の方向性やカラーにそった作品をやりつつ、ときには方向性とちょっと違ってもカウンターになるような面白いものであれば会社を説得して世に送り出していくことをやってきたつもりです。そんななか、メディアが多様化していき、これから僕がやってみたいなと思ったことと会社の規模感が合わなくなってきたというか――簡単に言っちゃうと今はYouTubeやTikTokなどいろいろなメディアがありますよね。映像メディアの送出先も、これまではテレビ、映画、OVAなどシンプルなメディアだったものが、今は配信はもちろん、YouTube漫画のようなものもでてきています。人を楽しませるものをつくろうと思ったとき、これまでは送出先が限定的だったのが、今はいろいろな選択肢がある状況だと思うんです。
――たしかに今はアニメと言っても独占配信されるものやYouTubeオンリーのものなど、いろいろな作品がでてきています。
川瀬:人を楽しませるものが多方面で増えているとき、例えば自分がテレビアニメではなくYouTube漫画みたいなものをやろうとすると、サラリーをもらっている会社員の僕が、ローリスクだけどハイリターンになるかどうかは分かりませんみたいな新しいことをやるぐらいだったら、会社としては1クールや2クールのテレビアニメや劇場アニメをプロデュースしたほうが、ビジネスとしては分かりやすいし見えやすい。小さい規模感のものに対して手間暇かけて動くより、これまでどおり規模の大きいアニメのプロデュースをやってくださいとなるわけです。会社として当たり前のことなのですが、僕としてはいろいろと面白いメディアが盛りあがっていることに興味をもっているし、チャレンジしてみたかったんですよね。
 で、冒頭にもお話した「あと何本つくれるんだろう」と考えたとき、一応まだ体が動いて頭もそれなりに動く今だったら、会社の外にでていろいろな人と面白い企画ができるかなと思ったんです。その企画がみんなに楽しんでもらえればマネタイズもきっとできるはずだし、そうすれば僕もハッピーですし。
 仕事人としての僕の理想は会社の中でマネージャーとしてハンコを押したりマネージメントをしたりするより、どちらかというと現場で面白いものを皆さんに提供したいっていうのが根っこにあって――いい歳こいて何言ってんだって話ですけど(笑)、まだチャレンジしたいなっていう気持ちがあったものですから、リスクは当然あるにせよ、会社を出て独立したほうが皆さんをもっと楽しませることが企画できて、僕自身もより楽しむことができるかなと思ったので独立を考えました。
――独立を考えたとき、どなたかに相談したのでしょうか。
川瀬:いろんな人に相談しましたよ。ラジオの元相方で今もリアルイベントでご一緒しているバーナムスタジオ、ライデンフィルムの里見(哲朗)さん、EGG FIRMの大澤(信博)さんのような独立した方々から、会社人ではありますがこれまで多くの作品をご一緒してきたJ.C.STAFFの松倉(友二)さんなど、たくさんの方に相談してアドバイスをいただきました。
 そういうときって、外から僕がどう見えているのかがよく分かりますね。自分ではそういうことってなかなか分かりませんから。というのも、みんなに会社を辞めて独立しようと考えていると相談したとき、口では「ああ、そうなんだ」と言いながらも、「え……お前、(会社を)出んの? 大丈夫?」みたいな顔をされて(笑)。そっかあ、やっぱヤバいのかなあ俺ってしみじみと思ったんです。なぜヤバいのかというと、僕はビジネスプロデューサーとしてやってきたので、制作現場寄りのプロデューサーではないんですよね。里見さんや大澤さんのように、独立前から制作会社や監督といった作品を生み出す人たちと密になって動いていたプロデューサーだったら会社を辞めてもすぐにある程度は仕事があるでしょう。僕みたいに作品を生み出すバックボーンとつながりがなく、ビジネスをまわすことを中心にやってきた人間が独立してどれだけ制作的な立場も含めて仕事ができるのか? って心配してくれたんじゃないかと思います。それもよく分かる話ではあったんですが、それ以上にいろいろとやってみたいなって気持ちのほうが大きくなってしまいまして。
――なるほど。
川瀬:コロナ禍のあいだ、これから自分はどうしていこうかとじっくり考えたとき、自分がここまでアニメの仕事をやってきたモチベーションってなんだったんだろうとあらためて振り返ってみたんですよ。アニメをつくりたい、監督と楽しい仕事をしたい、というのももちろんありますが、結局のところ、自分がなした仕事にたいしてお客さんが喜んでくれるのがいちばんうれしくて、じゃあもっと楽しませなきゃっていうのが原動力だったんです。それこそ僕はずっとラジオなんかもやってきているものですから、そうした声をビビッドに感じすぎちゃっているのかもしれませんし、だからこそ25年近くもこの仕事をやってこれたのだと思います。ならば、それをきちんと感じられるところにい続けたいっていうのが、独立したいちばんの理由だったように思います。
――お話しづらいことをありがとうございます。川瀬さんはワーナーを退職された今も業務委託としてワーナーさんとお仕事をされているそうですね。今お話をうかがっている取材場所もワーナーさんの会議室をお借りしています。
川瀬:ありがたいですよね。
――ワーナーさんでは、これまで川瀬さんがタッチしていた仕事を引き続き手がけられている感じなのでしょうか。
川瀬:外部プロデューサーとして引き続き作品を担当させてもらえませんかとワーナーさんに相談したら了承いただけて、作品の原作元さんも快くOKしてくださったので、ああよかったと思いました。
 制作現場のプロデューサーさんはより感じることだと思いますが、ビジネス寄りのプロデューサーである僕からしても、自分で企画した作品はもちろん、他の人が企画したものでも自分の担当となった以上は、自分の子どものような気分になるんですよね。それを途中で放り投げて、これから独立して新しく楽しませるものをつくるんですっておかしな話だよなあと。これは投げ出す人が良いとか悪いとかいう話ではなく、僕自身はそんなふうに感じてしまうっていうことなんですけれど。実際、今ワーナー時代から引き続き担当している作品も、前の担当者さんが辞めて僕にきたという経緯のものが何本かあるのですが、生みの親ではないけれども担当した以上は育ての親ではあると思っています。なので、プロジェクトがひと段落つかないうちにそこを放り投げてしまうというのは、自分のプロデューサーとしてのポリシーからはちょっと外れてしまう――まあ、そういう言い方をしながら、ワーナーさんからお仕事をもらっているわけなんですけれど(笑)
――今はカスケードワークスの川瀬さんとして、ワーナーさんとお仕事されているわけですね。
川瀬:独立したことを皆さんにご報告したとき、こんな仕事があるんでちょっと手伝ってくれませんかと、ワーナーさんのほか今は2社さんほどとご一緒させていただいていてありがたいかぎりです。このインタビューを見て、川瀬と仕事をしたいなと思っていただける方がいると良いんですけれど。なので、今日はあえて昭和のテレビプロデューサーみたいなちょっとうさんくさい格好をしてきたんです(笑)。そうしたら、今は会社員ではないことが写真でも分かってもらえるかなと思いまして。
■プロデューサーはあくまで奉仕業
――川瀬さんが独立した理由のひとつに、YouTubeやTikTokなど新しいメディアで何か面白いものができそうだからというのがありました。ビジネス寄りのプロデューサーである川瀬さんから見て、自分なりに勝負できそうなポイントがあったから独立に踏み出せた部分があったのでしょうか。
川瀬:そこまで計算できてたわけではないですが、新しいメディアがでてきたことのほかに、自分のなかでもうひとつ思ったのは、これからは作品のプロデュースを手がける人材がより大事になっていくだろうなということでした。以前から東映アニメーションさんのような大規模な制作会社さんなどにはそうしたセクションがありましたが、今は一部の制作会社さんが原作サイドやNetflixのようなディストリビューターと直接話をして、製作委員会を組まずに自社で100パーセント権利をもってアニメをつくる動きがでてきていますよね。そうした状況のなか、メーカーと呼ばれている会社の人たちがこれからどういう立ち位置でやっていくかとなったとき、やっぱり人材が大事になるだろうと僕は思っていて。アニメーションの多メディア化が進んで、新しい動きがおきつつある状況で、自分がいる会社の強みを考えながら、会社や業界に利益を還元できるビジネスをいかに考えていくか。それができるプロデューサーを育てていかなければいけない時期になっているのかなとも感じていたんです。
 もちろん、僕らより若くて優秀なプロデューサーがすでにいっぱいるのは分かっていますが、今はメーカーだけでなく、他業種や海外からもアニメのビジネスをやりたいという会社がアニメ業界に入ってきていて、アニメのつくり方やビジネスのコントロールの仕方が分かりませんとなったとき、僕みたいに一応経験だけは多くて、それなりのメソッドはもっている人間が外部からアプローチさせていただく道はあるのかなと。僕が“汗をかくコンサル”として作品プロデュースのお手伝いをしながら、その会社にいる若い人をコーチングして育て、若い人には「このおっさんの言ったことで、ここは使えるな」と思ったら、それを上手くとりいれてお客さんに喜んでもらうものをプロデュースしていく。そういうことを、そろそろやらなきゃいけない時期にきているんじゃないかなという気持ちもあったんです。
 これは五所さんも感じてらっしゃると思うんですけど、日本のアニメってある種ニッチなカルチャーだったのが、今は数字も巨大になってメインカルチャーになりつつありますよね。
――そうですね。
川瀬:アニメがサブカルチャーだった頃は、DVDやブルーレイなどの映像メディアがファンに売れればある種よかったから、いろいろな作品がでてきたんですけど、メインカルチャーになるってことは、みんなの嗜好が一緒になってある部分では一般化しちゃうってことでもあると思うんです。そうなると、より多くの人が望む作品――ひいては、とにかく数字をもっていて人気がある原作をアニメ化すればいいのではないかという方向に今はいきすぎている気がしていて、それって非常に危険なことではないかなとも思っていまして。
 制作会社の人たちはクリエイターが間近にいるから、またちょっと考え方が違うと思いますが、メーカーサイドの人たちはそうした傾向が特に強くなってきている気がしていて、それって僕から見ると“考えていない”ように見えるんですよね。原作があるものもないものも、作品を映像としてどうローカライズして、お客さんに楽しんでもらうかを考えるのがプロデューサーの仕事だと思うのですが、とにかく人気のあるものをとなると、どこまで本当に考えられているのかなって。そういうとき、「この原作が大好きですから!」と言う人がいますが、「うん、君が原作を好きなのはそれで結構だけど、じゃあその好きなものをどう映像として伝えてみんなに好きになってもらうか、そこまで考えられていますか」っていう。それこそをプロデューサーは考えなければいけないのですが、そういう人はその先までは考えていないことが多いんですよね。「この作品は絶対面白いから」で考えが終わってしまっている。「いやいや、監督にどう料理してもらって面白いフィルムにしてもらうかをお客さんの代表として考えなければいけないですよね」って。そして、最終的にマネタイズするということは、その原動力となる原資はお客さんのお金になります。当たり前の話ですが、お客さんにお金をだしてもらわないとビジネスとしては成立しません。僕らプロデュース側の立ち位置は、お客さんが楽しめるものをクリエイターにつくってもらう仕事なはずなんですけど、残念ながら「この原作面白いからやってください」で終わっているように見える作品が多くなってきていて、ちょっとやばいなあ……と思っているわけです。
――おっしゃられることよく分かります。私自身、自分の好き嫌いで見てしまっているほうなので、媒体の人間として冷静に作品をみることはあまりできていない反省があります。
川瀬:媒体の方はそれでいいと思いますよ(笑)
――日本のアニメがサブカルチャーからメインカルチャーに変わりつつというお話、かつて日本のSF小説に「浸透と拡散」という言葉がありました。アニメも同じ道を歩むということは、メインになること自体はとても良いことながら、特異性がなくなることにつながりかねないということですよね。
川瀬:そうなんです。
――アニメがもつ特異性がなくなるということは、進み方によっては衰退の道もありうるとまで言ったら大げさかもしれませんが……。
川瀬:(小声で)ほんとですよね。一部の作品は、とにかく数字をもっている原作をアニメ化しよう、それが駄目だったら「じゃあ次に人気がある他の原作をやりましょう」となっているように見えて、“じゃあ”がモチベーションなんですよ。もちろん人気の原作がとれないことはよくあるし、そういう人だけではないと思っていますが、何をもって楽しませたいのかっていう根っこの部分が希薄になっている気がしてならないんです。自分が好きだからアニメ化したいという感性は全然構わないんですけども、自分が楽しめるものイコールお客さんが楽しめるかっていうことをきちんと検証できているかっていうことですよね。そういうところがちょっと抜けている……というか、たぶんそこまで考えがおよんでいないのかもしれないなって思うことがよくあります。
 プロデューサーはあくまで奉仕業であって、お客さんに楽しんでもらえないと僕らは飯が食えない。そこをしっかり認識しておかないと、上手くいっているときはいいものの、それだとたぶんプロデューサーとしていつかどこかでとまっちゃうよっていうのは強く感じています。繰り返しになりますが、今の若いプロデューサーの人たちは、アニメ化することだけに注力しすぎてしまって、そこでどれだけ面白いことをやるか、お客さんに楽しんでもらうかという視点が抜けていることが多い気がするんです。
 同世代のプロデューサーの連中と話すと、今お話したことに近いことをみんなわりと言うんですよ。もちろん、そうでない若い人もいますが、全体としてはそういう傾向だよねみたいなところがあって、たぶんみんな真面目なんだと思います。僕らの世代はバカばかりで、とりあえずやっちまえみたいなところがあったんですけど(笑)、今の子たちはすごくかしこいので、これが失敗したら会社に迷惑がかかる、だから触らないでおこうみたいな考えのもと、これはいいと思いますけど僕がやるっていうんじゃなくて……みたいな言い方をすることも多くて、それってようは腹をくくれるかくくれないかっていう責任感の部分なんですよね。そこがちょっと足りていない傾向があるのかなと感じることもあって。
――なるほど。
川瀬:そういうところに、時代劇にでてくる用心棒じゃないですけど、僕みたいな人間が現場に入り、プロデュースの指南を若い人にしながら自分でも動いて汗をかいているところをみせ、こうやるといいんじゃないかっていうことを見せることができたらなと考えています。アニメが好きだ、この原作が好きだだけではなくて、他者であるお客さんにどうみえるのかという客観的な視点ももちながら、監督や制作会社と、この作品をより面白くフィルムに落とし込むかを考えられるようになってもらう。そうしたアプローチを、自分の会社の下の子だけではなくて、業界全体にアプローチできないかなと。50歳になって、そろそろ業界に還元や貢献をしなければいけない年齢にもなってきましたからね。こういうと偉そうに聞こえるかもしれませんが、一応四半世紀プロデューサーをやってきたので、そのメソッドを今の時代にあわせて変換して使ってもらいたいんです。フリーな立場だったら、ひとつの会社にしばられずに、いろいろな人たちに伝えるきっかけが増えるかなと思ったのも、独立した理由のひとつではありますかね。
――いろいろな会社の若い人と一緒に仕事をしながら、川瀬さん自身も新規メディアを使った新しいビジネスの仕組みを見出していきたいという感じでしょうか。
川瀬:今お話ししたのは、自分が今までやってきたことをアニメ業界に還元しながらどうビジネスにできるかっていうことでしたが、最初にお話しした新規メディアを使ったチャレンジについては、簡単に言っちゃうと、僕が今までやってきたテレビアニメ1クールの製作に億のお金をかけるよりはよっぽど安く済むしローリスクなので、今はそれをどうやって楽しんでもらうか、いかにマネタイズするかを考えること自体が楽しいなと思っているところです。
 実現するには、いろいろな人に助けてもらわないといけませんが、これは会社員の立場ではたぶんできなかったと思います。YouTube漫画や縦読み漫画、VTuberなど、どの新しい分野もすでにレッドオーシャンになっているかもしれませんが、まだ何かやりようはある気がしているんです。見ているだけじゃ分からない部分も多いと思っていて、これから自分でどんどん実際にやっていこうと考えています。フリーの立場になったことで、これまで組めるようで組めなかった方と直接何かをやることも可能になりましたし、企画にあわせてメディアの選択も自由にできる。そこはやっぱり独立したからこそできることですから。
 逆に言うと、会社員時代の主軸はテレビアニメのプロデュースだったので、ある種、永遠のルーティンワークになっていた部分があったんですよね。25年のあいだに視聴者の趣味嗜好や収益の構造は大きく変わって、そこにアジャストするため変化はしてきましたが、それでも基本的にはやることは一緒ですから。今のタイミングだからこそ、これまでの経験を生かしながら新しいメディアでいろいろなことができるんじゃないかと思っています。
――設立された会社「カスケードワークス」という名前の由来を聞かせてください。
川瀬:「cascade(カスケード)」には「小さな滝の流れ」という意味があります。コンテンツ事業は、多くの人が携わる小さな滝の流れのようなところがあって、きれいに流れてくれるといいのですが、多くの人が関わるだけにどこかで齟齬(そご)がでてきてしまうことも多いんですよね。そうやって滝の流れがとまってしまうところを、僕がプロデュースすることできれいな滝の流れになるコンテンツ事業にしますよという意味をこめています。
――なるほど。下のほうまできれいに流れるようにしますと。
川瀬:そうそうそう、下流のほうまで流れるようにしまっせっていう(笑)
――社名には思いがこめられていると思うので、うかがえてよかったです。
川瀬:ありがとうございます。一応そういう考えでつけました。40代以上の人からはたまに「カスケードって『マキバオー』の?」って聞かれますが、「みどりのマキバオー」にでてくる馬が由来ではありません(笑)
 自分が企画したものの場合、最初からきれいに流れるよう組んではいるのですが、例えばプロデュースサイドと宣伝サイドの人間関係が上手くいっていないとか、版元とちょっといき違いがあるようだみたいなことがあったときは早めに介入して、しっかりと話し合うことできれいな流れにするっていうのは、これまでずっとやってきたことですので、それをもう少し大きな立ち位置でやってみようという感じです。
■作品のゴールを見据え、何事も考えて行動する
――カスケードワークスを設立して3カ月経ちますが(※取材した1月時点)、現時点ではいかがな感じですか。
川瀬:フリーの立場になると、やっぱり同業他社の人が話しかけてきてくれますね。「なんで辞めたの?」みたいな下世話な興味半分もあるのかもしれませんが、同業の先輩や後輩、YouTubeの事業をやってらっしゃる方など、独立した川瀬なら話せるかなと思って声をかけてくれる人が多かったです。ここ3年コロナだったこともあり、独立をきっかけに久々に会おうよという話から、ちょっと会いたいと言っている人がいるんだけれどと言われたケースもありました。会社員の僕だと立場上話しかけづらかった人も、フリーになったのならちょっと話を聞いてみたいなんてこともあったようです。
 あと、今は「W@KU WORK(ワクワーク)」(https://wakuwork.net/)の中山英樹さんがやられているアニメ業界への就職支援の講師もやらせてもらっているんですよ。講師の仕事からのつながりも増えていて、独立した昨年の10月以降は意識してアクティブに動いてみようといろいろな人に会うようにしています。というのも、コロナ禍のあいだは人と会うだけでなく、あえて業界の情報を耳にいれないようにしていたんです。情報が入りすぎるといろいろ考えすぎちゃう悪いくせがあるので、ここ2年くらいは耳をふさいで一回引いた目で業界を見てみようと。そこでいろいろなものが見えたから、独立してみようとなったところもあるんです。
 独立後はインプットの時間かなと若い人ともたくさん話せて新鮮でした。人によってまちまちですが、そこで感じた行動原理のひとつの傾向として、若い人は我々よりもいろいろな意味でコスト意識――今はコスパとか嫌な言葉ですけど親ガチャに当たった外れたとか、そういうことを気にする傾向があるんだなと。自分が若い頃に比べたらみんな本当に頭がいいし、面白い世代だなと思ったんですが、その頭のよさを上手く使えていないというか、そんなに頭がいいのにそういう思考になっちゃうんだ、もっと素直に考えればいいのにと思ったりもしました。何が阻害してそういう考えにいたるんだろうと考えつつ、彼ら彼女らの上司にあたる僕と同じ世代の人は大変だなあって無責任に思ったりもしました。そんなことを言っていたら、僕と同世代で上司をやっている人から、「お前は会社を辞めてマネージメントから逃げたくせに」みたいなことを言われちゃいましたが(笑)
――と言いつつも、川瀬さんは会社員時代はプロデューサーの先輩として、あとから入った人を教えてきたわけですよね。
川瀬:それはもちろんそうですね。古くは、今アニプレックスで頑張られている元ワーナーの中山(信宏)さん、ワーナーで今「ジョジョの奇妙な冒険」をやっている土肥(範子)さん、「ダンまち(ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)」の志治(雄一郎)さんなど、自分の下で頑張ってくれて、ひとかどのプロデューサーとして活躍されていて良かったなと思っています。僕が会社にいるとき、プロ野球のフリーエージェントじゃないけれど、辞めるって言ったときに何球団かから声がかかる人間になるように育てるのが僕の責任だと思っているから頑張ってほしいと、下のプロデューサーにはよく話していました。自分なりにそのように教育もしていたつもりです。自分でなんでもできるプロデューサーはみんなから重宝されますし、どの会社にいっても面白いことができると思いますから。
 講師として今教えている若い子たちにも、育てると言ったら偉そうですが僕なりにアドバイスをして、面白いものを考えられる人になってほしいなと思っています。今の若い人たちはシンプルに最短距離を走ろうとしているんですけど、その最短距離って自分の都合の最短距離であって、作品のための最短距離ではなかったりするんですよ。これ、すごく抽象的な話で申し訳ないんですけれど。
――私はつくる立場の人のことは想像しかできませんが、原作ものでもオリジナルものでも、企画を成立させてつくるだけでけっこう大変で――。
川瀬:まあ、けっこうな労力はかかります。
――つくったものをどう届けるかというところまで考えぬくにはいたらないこともあるのかなと、今の話を聞いて思いました。それぐらいアニメのプロデューサーは大変なのだなろうなと。
川瀬:たしかにそういう一面はあります。今の最短距離の話は、プロデューサーって基本的に誰かに何かをしてもらうために発注する仕事なんですけど、そのときにこうすれば相手はこう動いてくれるはずだからって勝手に思っているように感じることがあったんですよね。それは単に発注しただけであって、こういうふうにしたいからこうしてくださいまでしないと、一緒につくっているとは言えないんじゃなないかと思ったんです。
 ようは目の前の仕事にたいしてどこまで集中して一生懸命にできるかということで、一緒に仕事をする人たちは絶対にそこを見ていますから。仕事をくれる単なる発注者と思われるか、面白いものをつくるために一緒に仕事をしたいと思われる仲間と思われるか、僕の下にきた人たちには少なくとも後者になってほしいなと思って、ときには厳しく教えていました。
――川瀬さんが教えるとき、例えばこういうことをしたことがいい、逆にこういうことはしないほうがいいなどのアドバイスはあったのでしょうか。
川瀬:下の子から具体的にどういうことをしたらいいいいですかと聞かれたら、それはすごくシンプルで「考えることだよ」と話してました。とりあえず、何事も考えて行動をしてくださいと。最初の発注の話でいうと、こういう成果があるからこれをやりたい、だからやってほしいんですと自分の意志をちゃんとこめる。人にやってもらうわけですから、そこは真摯に対応しなければといけないと思うわけです。
 監督や制作会社の人にたいしても、こういうことをお客さんが望んでいるだろうからこういうフィルムがつくりたい、だからあなたにお願いしたいと思っているんですということを、自分のなかで熟成させて考えた言葉できちんと伝えなければいけません。
 プロモーション映像をつくるときも同じです。作品に望まれていることを伝えて、こういう映像にしたいと自分で考えたことをディレクターさんに伝える。「こういう作品なんです、よろしくお願いします」ではなくて、「こう見せたいんで、そういうふうにつくってもらえませんか」「だったら、こっちのほうがよく見せられますよ」「なるほど、じゃあどうしましょう」みたいなことを話していくのがクリエイティブじゃないですか。自分はクライアントでそこはクリエイターが考えることですからみたいな線引きを変にしないで、そこで一緒に考える。考えたものっていうのは説得力がありますから、相手にも納得してもらいやすいし、そこで「こうしたいんですが」がでてきたときは、ちゃんと話し合うことで内容がブラッシュアップされていきます。そのための前提として、自分が何かをやってもらうのであれば、まず考えなければいけない。だから、何をするにしても考えてくださいと。こう言うと、「何から考えたらいいんですか」と言われることがあるのですが、そういうときに僕が返すのは「それをまず考えてください」と(笑)
――なるほど。
川瀬:今の話を簡単にまとめると、ゴールがみえてなさすぎるってことなんです。ビジョンを立てて、そこから逆算してどうやればいいかまでをきちんと考えられていない。それだとやってもらう相手にたいして失礼ですし、厳しい言い方になりますが、いつかあなたでなくてもいいですよってことになってしまいます。プロデューサーという肩書きなんてすぐにペラッとはがれちゃいますし、日々の仕事のなかで自分の存在価値をつくっていかないと代わりはいくらでもいるって話になっちゃいますから。プロデューサーをやりたい人は他にいっぱいいますからね。
――最初にそれだけ考えて発注しないと、できあがったものにたいして話し合いもできなくなるし、相手との信頼関係もうまれないわけですね。
川瀬:そういうことですね。最初は具体的なことは何も言わないで後出しで言うと、どうしてそれを最初に言わないんだ、信用ならないと相手に思われてしまいます。次も一緒に仕事をしたいとみんなから思ってもらうっていうのはどういうことかと考えると、そうならないための向き合い方が大事なんじゃないかって思うんですよね。自分がこうやりたいだけではなくて、相手がこうしたいんだろうなっていうことも考えたうえで、落としどころもきめていくっていう――そういうことを、修飾語を全部とっぱらっていうと僕的には「考えてください」になるんです。仕事を惰性でやってはいけないですし、とくにクリエイティブな仕事は考えてやるからこそ面白いものができると僕は思っていますので。
――例えばアニメのティザーPVでいうと、私は日々の仕事でいろいろと見ていますが、ある程度型のようなものがあると感じています。そのなかでも、きちんと考えられたものと、とりあえずなんとなくでつくったものだと差がでるということでしょうか。
川瀬:今は優秀なディレクターの方が多いですから、どんな発注の仕方であっても、それなりに良いものをつくってくれるとは思います。それでも、さらにプラスアルファで何かがはいっているとそのPVは目立ちますよね。たまに、ああこういうものを見せたいんだと明確な意識が感じられるPVもあって、これは優秀なプロデューサーがしっかり考えているんだろうなと思うことがあります。
――今の作品宣伝にSNSは重要だと思いますが、「機動戦士ガンダム 水星の魔女」で「ダブスタクソ親父」というセリフがバズったように、作品に関することでSNSでネタになりそうなことを爆発するか不発に終わるかはともかく、仕込んでおくみたいなことも「考える」ことのひとつかなと、今のお話をうかがいながら思いました。
川瀬:いや、分かります、分かります。今の話を聞いて、NHKの大河ドラマ「どうする家康」の1話のことを思い出しました。岡田(准一)さん演じる岡田(織田)信長のラストのセリフがまさにそれで、大河ドラマまでこういうことを仕込んでSNSで話題になることを狙いはじめたのかと思いましたから。
――「シン・ウルトラマン」でも、「私の好きな言葉です」というセリフが流行りました。
川瀬:あれもクセになるセリフですよね、パワーワードというか。そう考えるとファーストガンダムってパワーワードの宝庫ですよね(笑)。「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」も「親父にもぶたれたことないのに」もそうですし、いまだに言われるんですもんね。やっぱり、あのワードセンスはすごいと思います。
――すみません。ちょっと余談になってしまったので話を戻すと、例えば川瀬さんがプロデュースされた作品でいうと、原作ものでも、「WIXOSS」シリーズのようなカードゲーム発のオリジナル作品でも、ファンに届けるための最終形をどれだけ考えてイメージしているかが大事ということですね。
川瀬:クリエイターさんとの試行錯誤がいちばん大事ですが、そのなかで自分のビジョンとして、どういうものをお客さんに届けたいかは考えるようにしています。今言っていただいた「WIXOSS」の最初のシリーズ「selector infected WIXOSS」でいうと、タカラトミーさんからカードゲームのアニメをやりたいというお話をいただいたとき、とにかく考えるわけです。そうすると、カードゲームのルールブック的なフィルムをつくっても、カードゲームのファンの方しか喜ばないんじゃないかと思ったんですよね。もちろん、そういうつくり方もひとつの正解だとは思いますが、アニメの企画段階ではルールが開発中だったこともあり、僕は映像作品のプロデューサーなので、まずは映像が面白いと思ってもらうことが大事だなと思いました。もっと言うと、ルールが分からなくても「これちょっと面白いな」って思ってもらうためには、どうしたらいいか考えたんです。じゃあ、何をしたらいいだろうって考えたとき、「カイジ」や「アカギ」みたいなひとつ間違えたら地獄に落ちてしまうヒリヒリしたデスゲームにしたらスリルがあって面白いかなと思ったんです。それで、脚本の岡田麿里さんに「(力強く)『カイジ』だよ!」と言ったら、「はあ?」とあきれられてしまいまして(笑)
――(笑)
川瀬:佐藤(卓哉)監督にもJ.C.STAFFの松倉さんにも最初ポカーンとされちゃって(笑)
――かわいらしい少女のキャラクターがカードゲームでデスゲームを繰り広げて、それを女性の描き方に定評がある岡田麿里さんが描くというのが面白いと思われたわけですね。
川瀬:岡田さんには、主人公を地獄にたたき落とすぐらいの話にしてほしいと話した記憶があります。カードゲームと違う要素をきちんと立てるとフィルムとしても面白くなるし、最近だと「イカゲーム」が流行ったようにああいう恐いものみたさやスリル感を味わいたい人はいつの時代も一定数いるはずだろうと。アニメは絵なのでホラーをやるのはなかなか難しいんですけれど、心理的な恐怖や追い詰められる気持ちを描いて、30分をドキドキしながら見るところまでいったら僕らとしては正解だよねということを、お三方に話した記憶があります。主演の加隈(亜衣)さんにもすごくはまりこんで演じてもらって、うれしかった思い出があります。
■原作ものに携わる責任、最後まで付き合う気持ちで
――川瀬さんがプロデュースされた作品は「灼眼のシャナ」「とある魔術の禁書目録」シリーズなど劇場アニメ化されたものを中心に、長くシリーズ化されているものが多いです。結果的なところもあると思いますが、できるだけ長く続けようという意図もあるのでしょうか。
川瀬:どこも皆さん、できるならば長く続けたいと思われているはずです。ビジネスプロデューサーとしての僕の立場ですと、長く続けるためにはどういうビジネスをすれば出資者さんたちが納得してもらえるかということをすごく考えます。ビジネスとしてきちんと成立させないと、次をやらせてもらえませんから。その結果として、運がよかったこともあって、たまたま続いてものが多かったということなのかもしれません。
 原作のある作品に携わっていると、これってすごく責任のあることだなと感じることが多いんです。アニメ化ってある種のお祭りで原作も盛りあがる効果がありますが、アニメが終わったあとはそのお祭りが終わって、作家さんと担当編集者さんぐらいしか残らない“静かな祭り”がはじまるなんてことも多くて、それって本当はすごく無責任なことかもしれないと常々思っていまして。
――変な言い方になりますが、作品の旬なところを――
川瀬:そうそう、旬なところをアニメで刈り取ってあとは頑張ってくださいっていうのは無責任だなと思って。なので、ビジネスの兼ね合いもあるので全部が全部は無理だと思いますが、できることなら最後までアニメでやりたいなという意志をもって毎回やっています。やっぱり原作者さんには、原作が終わるまでつきあいますよと言いたいですし。「灼眼のシャナ」のときなんかは、特にそう思いましたね。作品が好きだったのもありますが、なんとかして最後まで映像化したいなって思えたんですよ。そのために、これはもうビジネス上の話ですが、収支をいかに見栄えよくして、出資者さんに継続していただくかみたいなところは頑張りました。

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