井脇幸江に聞く~IBC「Ballet Gala
2023」で魅せる、バレエ&ダンスの味
わい深さ・楽しさ

元東京バレエ団プリンシパルの井脇幸江率いるIwaki Ballet Company(IBC)が「Ballet Gala 2023」を2023年5月21日(日)新宿文化センター大ホールにて上演する。実力派の振付家である遠藤康行、中村恩恵の新作から古典名作まで多彩なラインアップを井脇&IBCに加えて豪華客演陣を迎えて贈るスペシャルな公演だ。手塩にかけてダンサーを育て意欲的な創造活動を続ける芸術監督の井脇に、IBCのガラ公演を振り返ってもらいつつ公演への意気込みを聞いた。

■創設当初から続けるガラ公演の魅力とは
――IBCは2012年に創立され『ジゼル』『眠れる森の美女』『ドン・キホーテ』という古典全幕を創ってきましたが、2013年の第2回公演からこれまでに5回のガラ公演(「Ballet Gala」)を催しています。多彩なゲストを招き、古典から創作バレエ、コンテンポラリー、さらにはタンゴやストリートダンスもありました。ガラ公演をやろうと思われたきっかけは?
井脇幸江(以下、井脇) 初回の上演を決めた時は、1回きりのつもりでした。私はそれまでガラ公演に出演したことがなかったので、仲間たちと舞台を創ってみたい!と思いました。親しい仲間たちとの舞台はとても充実感があり、ご覧になった評論家の方に「シリーズ化したらどうか」と言っていただけたので、1年おきと定めて今まで11年続けてきました。
『TOSCA』(撮影:間野真由美)
――これまでのガラ公演で特に印象に残っている作品は何ですか?
井脇 2019年にIBCメンバーが群舞を踊った『パキータ』を多くの方に褒めていただいてうれしかったです。「あれだけ正確にマズルカのステップを踏むバレエ団はみたことがない」とも言われました。次第にIBCのダンサーがメインとなるような作品を出せるようになってきました。
私自身もアルゼンチンタンゴやストリートダンスに挑戦したり、アニメーションダンスやマリンバを舞台に載せたりして、お客さまに幅広いジャンルに触れ楽しんでいただきたいと考えました。それから、私のために東京バレエ団の後輩でもある振付家の高橋竜太くんが創ってくれた『D/CARMEN』や、ガラ公演の枠を超えて新たに生まれた全幕バレエ『TOSCA』です。イタリア・オペラ『トスカ』のグランド・バレエ化は世界で初めてということで思いは別格です。
『D/CARMEN』
――プログラミングの際のこだわりは?
井脇 バレエや舞台芸術の世界でも、出会いはすべてが奇跡だと思います。私は、踊りだけではなく人間性にも惚れている方たちと深く関わりつながりたい。そして、お客様には心の宿る舞台を観ていただき、それぞれの方が自分の中に芽生えた心情をさまざまな角度から持ち帰っていただきたいと思っています。創作するその時の自分がひらめき、その時々の出会いを大切にしたいという気持ちがあります。やはりご縁ですね。
――IBC出演の『パキータ』のお話が出ましたが、IBCでの舞台創りで留意されている点は?
井脇 私は(元東京バレエ団芸術監督の)溝下司朗先生から群舞の美しさや踊ることの難しさ、そして誇りを教わりました。司朗先生から習った東京バレエ団の伝統であるコール・ド・バレエを伝えられる誇りを持っています。その素晴らしさをそのままIBCの団員たちに伝えたいのです。コール・ドは決して動く背景ではないし、お客様は思いのほか個々のダンサーを観ているものです。ソリストに昇格した時は喜びもあったけれど、同時に寂しさもありました。それは公演が終わった時の気持ちに変化があったから。コール・ドを踊った時はその満足感はひとしおでしたが、ソリストになると喜びを分かち合う仲間が減りました。そして、プリンシパルになった時にはなんともいえない孤独感がありました。
私が学び、経験してきたコールドバレエの素晴らしさを、私は生の声で伝えたいのです。そして、それを舞台で体現してほしいと思っています。団員たちに「舞台に立っていて、自分たちが1つになれていると感じられた時は鳥肌が立つほど感動する。それを経験し楽しんでほしい」と伝えると、ダンサーたちの眼はキラキラしてきました。
『パキータ』
■「Ballet Gala 2023」の見どころを語る!
――「Ballet Gala 2023」は2部構成ですが全体のコンセプトは?
井脇 今年の1月の「Danse de l'espoir」で、若いダンサーたちがコンテンポラリーダンスを踊っている時のキラキラ感が新鮮でした。自分たちがメインの作品を創る情熱を真っ直ぐに感じました。そこで、その情熱が冷めないうちに新しいものをと思い、遠藤康行くんに新作をお願いしました。遠藤くんにはカンパニー教師も担当してもらっているのですが、IBCのダンサーのための作品を創ってもらったことはなかったので、ハードに踊れる感じの作品を創ってもらいました。それから、私は中村恩恵さんの作品を踊ります。
コロナ禍になって、オンラインでいろいろなものを楽しんだり、コラボしたりするのが珍しくなくなりました。私自身もさまざまなジャンルを観るようになりました。私はそこまでコンテとクラシック・バレエを同時に上演するのは難しさを感じ、試行錯誤していたのですけれど、この頃はお客様もジャンルによって選別しないようになってきたような気がしています。そこで、第1部がコンテで第2部がバレエとしっかり分けても楽しんでいただけるのではないかと考えました。
「Ballet Gala 2023」ポスター
――遠藤さんの創作のどこに惹かれますか?
井脇 遠藤くんの作品からは、演者に対する思いやりを感じていました。「こんなのをやりたいからやって」ではなく、みんなで楽しんで創っていく器の広さ。私も東京バレエ団時代に世界的に有名な振付家とともに作品を創ってきましたが、「こうやってほしい」という方と、その場にいるその人を使いながら創っていく方と両方いらっしゃいました。遠藤くんは振付家とダンサーが同じ目線で良いものを創っていこうというタイプです。ダンサーを精神的に追い詰めていくことがないので、楽しんで良いものができる人だなという信頼感があります。今回の新作では、20人がスタイリッシュな衣裳で入れ替わり立ち替わり踊るので楽しいと思います。
――中村恩恵さんの新作は井脇さんと厚地康雄さんのデュエットですね。
井脇 恩恵さんは(イリ・)キリアンさんのところにいらしたこともありますが、深いものを感じさせてくれる作品を創られます。恩恵さんの作品を観て、嫌な印象を受けたことはないんですよね。柔らかいというか、否定されない。拒絶されないんです。振りをいただいていても押し付けてくるのではなく、柔らかく包み込んでくるような何かがあります。
恩恵さんが私をどのように見てくれるのだろうかという興味もあって、この1月にソロ作品『鳥の歌』を創っていただきました。その時「幸江さんは大人の女性に見えたり少女に見えたり、コロコロと変わるのが素敵」と言ってくれました。今回の作品のモチーフはマグリットの絵画です。顔をハンカチで覆われた男女の「The Loves」という4枚組のシリーズです。恩恵さんが「こんな風に」とアイデアを出して、実際2人で動いてみながら恩恵さんが紡いでくれる…そんな感じで創っています。康雄くんは感性が素直で心に柔軟性もあり、とても頼もしいパートナーです。
井脇幸江&厚地康雄 (撮影:間野真由美)
――第2部の古典作品では最初にロマンティック・バレエの名作『ラ・シルフィード』より(ブルノンヴィル版)を原田舞子さん&浜崎恵二朗さん(ともに新国立劇場バレエ団)が踊ります。
井脇 コンテをご覧いただいた後、休憩明けすぐに古典バレエのグラン・パ・ド・ドゥだとお客様は疲れてしまうかなと思い、見目麗しいお二人に妖精の世界にふわっと誘っていただこうと考えました。舞子さんと恵二朗くんのビジュアルをイメージした時、『ラ・シルフィード』だとひらめきました。
――続いて、『スパルタクス』よりパ・ド・ドゥ(振付:デヴィッド・ビントレー)を佐久間奈緒さん&厚地康雄さんが踊ります。ともに元英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシパルです。公私のパートナーのお二方は、このパ・ド・ドゥを2021年にDance Dance Dance @YOKOHAMA 2021「International Choreography ✕ Japanese Dancers ~舞踊の情熱~」で披露して好評を博しました。帝政ローマ時代の反乱軍の首領スパルタクスが戦闘に出る前夜に妻フリーギアと交わす愛の踊りです。
井脇 康雄くんに恩恵さんの作品に出てくれるようにお願いした時に、「奈緒さんとこういうのも踊っていますよ」と彼の方から提案してくれました。2人が舞台で踊る映像を見せてもらって「ぜひ!」とお願いしました。おふたりには以前のガラ公演にも出てもらっていますが、奈緒ちゃんのスタジオでのストイックな姿と普段の柔らかな物腰はとても素敵で、IBCのダンサーたちにはぜひ見習ってもらいたいお手本のような方。夫婦ならではのパートナーシップも楽しみです。
井脇幸江&厚地康雄&中村恩恵 (撮影:間野真由美)
――そして最後を締めるのが古典バレエの様式を確立したマリウス・プティパ最後の傑作といわれる『ライモンダ』第3幕より。松岡梨絵さん&橋本直樹さんが主演です。ここではIBCのコール・ド・バレエも登場します。
井脇 『ライモンダ』にはコール・ド・バレエがいかにも群舞という感じで踊る場面が少ないので、本来は4組のソリストが踊るパートもコール・ドを前に出して踊らせたり、女性ソリストが1人で踊るバリエーションでも、コール・ドを付けたりして構成を工夫しています。そこはコンサート形式をということで楽しんでいただければうれしいです。
――あらためて「Ballet Gala 2023」の見どころは?
井脇 今回も多彩なゲストの方々に出演していただきます。コンテ?バレエ?ダンス?ジャンルが何かを考えるのではなく、正解を探すのでもなく、さまざまな彩りを楽しんでいただき、この日この時の「自分」に出会うために、ぜひ劇場にお越しいただけたらと思います。お待ちしております!
井脇幸江&厚地康雄 (撮影:間野真由美)
■IBCのさらなる展望
――IBCでは2023年9月3日(日)に井脇幸江バレエスタジオとの合同公演で『くるみ割り人形』全幕をカンパニー初演します。そこを含めた今後の予定をお知らせください。
井脇 『くるみ割り人形』の第1幕を竜太くんが振付・演出し、第2幕を私が振付します。私はドロッセルマイヤーの役回りを演じます。マリオネティストという人形使い役で、クララを夢の世界に導いていくオリジナル版です。バレエとしての見どころはもちろんありますし、かなり楽しいものになのではと期待しています。主役のくるみ割り王子と金平糖の女王のグラン・パ・ド・ドゥは新国立劇場バレエ団から、原田舞子さんと中島瑞生くんにお願いします。スタジオの生徒たちには、舞台上でプロダンサーが踊る姿を見られる希少なチャンス!その夢のような経験を通して、さらにバレエという世界の奥深さや楽しさを感じてほしいと思っています。
その後には「Danse de l'espoir」の第2弾を考えています。2021年のガラで初演し、2022年に改訂再演した『TOSCA』もまた上演したいです。その時はもしかしたら新トスカ、新スカルピア、新カヴァラドッシたちも登場し、直接役を伝えられたらという夢も持っています。この新しいドラマティック・バレエを生み出したのですから、育てていくという使命があります。世界で初めて『トスカ』をグランド・バレエとして上演したのですから。
『TOSCA』(撮影:間野真由美)
――IBCの今後について、どう考えていますか?
井脇 今までの私のバレエ人生がそうであったように、今後も地道にこつこつとつなげていくのだと思います。遠い先は見ていません。目の前にいる大切なダンサーたちに、少しでも豊かな経験をさせてあげたい。スポンサーを持たずに公演を打っていくのは本当に大変なことなので、どこまでいけるかわかりませんが、「IBCは幕が上がった瞬間に喜びが満ちている」と言っていただける限り、柔軟に挑んでいきたいと思っています。
取材・文=高橋森彦

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