上野耕平が模索の果てに描き出す ‟
未知なるもの” サックスで聴くモー
ツァルト~リサイタルへの意気込みを
語る

サックス界のスタープレイヤー上野耕平が2023年4月22日(日)、5月13日(土)、5月27日(土)にそれぞれ名古屋、東京、大阪で単独リサイタルを開催する。東京でのソロ演奏会開催は12年の9月以来、実に約一年半ぶり。上野自身も「楽しみで仕方ない」という。モーツァルト作品二題を冒頭に据えるという前代未聞のプログラミングもまた注目の的だ。上野らしい挑戦だが、その意図を、そして今後のソロ活動における展望を聞いた。
モーツァルトの音楽は「音が歓び踊っている」
――演奏曲目を拝見すると冒頭からモーツァルト二題が並んでおり、上野さんのソロ・リサイタルのプログラムとしたら大変珍しいように感じます。
確かにモーツァルトをソロ・リサイタルで演奏するのは初の試みです。バッハやベートーヴェン作品を入れることはありましたが、いつかは大好きなモーツァルトもやりたいと思っていました。
――上野さんご自身、モーツァルト作品について「音が歓び、踊っている」と思いを表現していますね。
僕にとってモーツァルトの音楽というのは、まさに「音が歓び踊っている」というイメージそのものなんです。今回の演奏会ではその点を聴衆の皆さんと共有したいという思いがあり、イベールの作品「コンチェルティーノ ダ カーメラ 室内小協奏曲~アルトサックスと11の楽器のための」と組み合わせてプログラミングしました。本来“アルトサクソフォンと11の楽器のための”作品ですが、今回あえてピアノ一台との共演で挑みます。
――モーツァルト作品とイベール作品に共通するものというと……。
僕の中ではイベールのこの作品とモーツァルト作品というのはどこか深いところでつながっているような感じがしてならないんですね。今回サックスとピアノだけのデュオ・アンサンブルでお聴き頂くことで、よりいっそう「ああ、そういうことか!」とお分かり頂けると思うんです。
――デュオ版(ピアノ・リダクション版での演奏)はサックスとピアノとの絡みこそが聴きどころでもあり、そういう意味でも楽しみです。
まさにその色彩感を楽しんで頂けたらと思いますね。あえてデュオを選んだメリットというのは何と言っても“身軽な”ことなんです。その点がホール空間でどのように演奏効果を生みだすかを実際に体感し、楽しんで頂けたら嬉しいですね。ジャズの要素やおしゃべりしているような軽やかさなども、ピアノとの共演だからこそ手に取るようにお楽しみ頂けるのではと思います。
――今回、その”演奏効果”をともに生みだす大切な共演者としてピアニストの高橋優介さんを迎えます。上野さんは以前から高橋さんを大変評価していますが、彼との共演ということからプログラミングなどの面でインスピレーションを得た部分もあるのでしょうか?
僕の中で以前から「高橋君とモーツァルトをやってみたいな……」と思っていて、同時にイベール作品を並べるという試みが思い浮かんだのも、彼とだからこそというのがありました。高橋君は僕と共演する前から、数多くのサックス奏者とも共演していましたし、僕がイベールを提案した時も「イベール、いいですね~」って言いながら暗譜で弾きだしちゃったりするんですよ(笑)。
模倣ではない”未知なるもの”を
――モーツァルトに話が戻りますが、近代に生まれたサックスという楽器で古典のモーツァルト作品を演奏する際の難しさ、あるいは、かえって良い点について、上野さんご自身、どのように認識していますか?
サクソフォンという楽器自体、どちらかというと艶があって華がある音色を出すのを得意としている楽器なので、すべてをそちらの方向に合わせてしまうと、それは間違いなくモーツァルトによって息が吹き込まれた作品や作品自体の持つ表情からはどんどん離れていってしまうと思うんです。かと言って楽器を普通に吹いたんでは、むしろモーツァルトという作曲家と絶対につながることはできないということも確信しています。ただ単純に(モーツァルトの)ヴァイオリンやオーボエの音色を模倣するということでもないんですね……。
このような試行錯誤の中で、サックスという楽器が持つ膨大かつ多彩な”情報”からより適切なものを抽出し、モーツァルト作品に一つひとつ照準を合わせていくという未知なる過程が何よりもチャレンジングで、面白いところだと感じています。でも、これは「具体的にどんなこと?」と言葉にするのは本当に難しいんです。
――では、それらの過程から生まれた”未知なるもの”を聴衆の皆さん一人ひとりに生の会場空間でそれぞれに発見し、感じ取って欲しいと。
ぜひそう願っています。今、少しだけ言えるのは、音量の問題なども一つのポイントですし、ビブラートの使い方やアタックの仕方だったり、響きの方向性なども含め、実際に体感して頂けたら嬉しいですね。
――現段階で発表されている作品の他にも演奏予定の曲目はありますか?モーツァルトのカルテット作品に関しては弦楽器の皆さんとの共演もありと伺っています。
東京公演のみオーボエ・カルテットは弦楽器奏者も入れてお届けしようと思っています。あと現在発表している他にも数曲演奏する予定ですが、まだ協議中なので当日までのお楽しみということで。
世界初演も控える2023年 「過去に遡る」と「生み出す」を両軸に
――最近の上野さんのソロ・リサイタルではサックスのために書かれたオリジナル作品の演奏も多いですが、”サックスのためのオリジナル作品”と、いわゆる“編曲もの(他の楽器のために書かれた作品をサックス用に編曲したもの)”を演奏する際の意識のあり方というのは違うのでしょうか?
いずれにしても「作品が生まれた時代背景をつねに認識する」というのは共通する点です。今回の演奏会で言うと、イベールの作品では曲が生まれた当時の文化的時代背景として「何が流行っていたか」、あるいは「何が時代の空気感を醸成していたか」というような要素を音で再現するのはとても大切なことだと思っています。例えばジャズのようなフレーズが出てきた時にはそこをサラッと通り過ぎるのではなく、あえて誇張してみたりと、作品を特徴づけている細やかな要素一つひとつに真摯に向き合うことによって最終的に作曲家が大切に感じていたことが全体像として浮かび上がってくる。そうすると会場に作曲家が一緒にいて聴いてくれているんじゃないか、というような空間がそこにあるように感じられるんです。そのような状況を生みだせたら一番理想ですね。同様にオリジナル作品ではないモーツァルト作品でもモーツァルトがそこにいてくれているような空間が創出できたら大成功だと思うんです。
――ソロ活動においては今後どのような展望を持っていますか?
今年はコンチェルトの世界初演が12月に控えています。本来なら昨年の年始に都響さんと共演する予定だったのですが、直前に延期になったのでようやくの実現です。リシャール・デュビュニョンという作曲家による委嘱作品のコンチェルト(アルトサクソフォン協奏曲《英雄的》(2021)[上野耕平委嘱作品/世界初演])なのですが、「これは絶対に後世に残る作品。本当に委嘱してよかった!」と自分自身で感じています。あともう一つ、初演の機会を調整している邦人作曲家の作品と、サックス・カルテット(REV)でも恐らく12月に新作の初演をやる予定です。
これらのラインナップをあげたところで、何が言いたいのかといいますと、今回のリサイタルのようにモーツァルト作品などを演奏することで「過去に遡っていく」活動と、サックス用のオリジナル作品の新作演奏の”二つの軸”を同時に持つことが、今の僕にとってはとても大切なことだと感じています。“新しい”といっても決して近代作品を演奏するのではなく、まさに生まれたての作品をですね。今、こう話していて「自分の中での興味や関心が確実に二極化している!」ということを確信しました(笑)。
――「生まれたての作品を~」というのは、上野さんの中でサックス奏者として新たな作品を創造し、世に提案する使命を強く感じているということでしょうか。
もちろんです。それはサックス奏者に限ったことではなく、我々クラシック音楽の演奏家全員が持たなくてはいけない意識だとも思うんです。そうしていかないと、この文化というのはいつか途絶えるときが来てしまうんじゃないかと……。200年後、300年後に生きる人々がクラシック音楽と呼べるもの、すなわち今の時代しか生みだせることができない作品というのが絶対にあって、そこを我々は常日頃から怠ってはいけないと思うんです。
――最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします。
自分自身の演奏について昨年、一昨年と比べて明らかに違うと感じることが多々あります。もちろん音楽家は皆さんそうだと思うのですが、そのような意味では今回の演奏会も絶対に今しか聞いて頂けないものになると確信しています。しかもサックスで聴くモーツァルト作品というのはなかなか前代未聞だと思うので、原曲では気付かなかった面白さなどを発見して頂ける公演になるんじゃないかなと思っています。それこそ「サックスってこんなこともできるの??」というような点にたくさん出合える良い機会だと思いますので、ぜひ皆様に飛び込みに来て頂けたら嬉しいです。
取材・文=朝岡久美子

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