「イランでバンドをやろうとする人た
ちが一番ロックなのかも」[Alexandr
os]川上洋平、イランで起きた連続殺
人事件をもとにしたカンヌ受賞作『聖
地には蜘蛛が巣を張る』を語る【映画
連載:ポップコーン、バター多めで 
PART2】

大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回は、『ボーダー 二つの世界』で知られる鬼才、アリ・アッバシ監督がイランで起きた16人娼婦連続殺人事件に着想を得て制作。第75回カンヌ国際映画祭女優賞をはじめ、世界49以上の映画祭を席巻した『聖地には蜘蛛が巣を張る』について語ります。
『聖地には蜘蛛が巣を張る』
──『聖地には蜘蛛が巣を張る』は2000~2001年にイランで起きた娼婦連続殺人事件から着想を得たということで。
僕、その事件自体は知らなかったんですけど、『ボーダー 二つの世界』のアリ・アッバシ監督の作品ということで楽しみにしてました。
──『ボーダー』は性別や美醜の概念を超越した映画でしたけど。
あれは面白かったですね。でも、『聖地には蜘蛛が巣を張る』は全く違う方向性で、まずそれに驚きました。
──物語としては割とストレートなクライムサスペンスですよね。
そうですよね。そして、連続殺人がモチーフだけど社会派の映画で。例えば、『セブン』はキリスト教の「七つの大罪」をモチーフに殺人を犯す殺人鬼が出てきて、そのひとつのLUST=肉欲として娼婦が殺されていましたけど、『セブン』も『聖地には蜘蛛が巣を張る』も殺人の動機として、娼婦は神を冒涜しているという意志があるわけですよね。
──そうですね。娼婦を悪とみなす思想は通じますね。
それで、『聖地には蜘蛛が巣を張る』のもとになっている連続殺人事件では、捕まった犯人が一部から英雄として扱われた。犯罪を犯したというよりは、イスラム教の教えに則ったんだっていう。日本はアジアの国ではありますが、西洋の文化に馴染んでいるところがあるからその風潮には大きな違和感があるけどムスリムからしたら……という。だから、一概に善悪で判断しちゃいけないですよね。その宗教や環境で育った人たちなわけだから。その考えを周りの人たちが「間違っている」と言い切ってしまうのは違うと思う。
──西洋の映画では娼婦がヒロインの映画も珍しくないですし。
そうですよね。まあ社会的には白い目で見られるところはどの国でもあるわけだけど、だからといって殺すのは当然許されないわけで。殺人鬼がいて、事件を追うジャーナリストがいて、っていう至極シンプルなストーリーなんだけど、日本とイランの社会的背景が大きく違うから、犯人が捕まった時の世間の反応や犯人の妻と息子の反応に対して、我々日本人が面食らってしまうのは致し方ないですよね。
──犯人は全く悪びれず、息子も父親のことを英雄扱いするという。
そこがまさに難しいところですよね。お父さんがやったことを悪いと思わない環境で育ってるわけだから。
──プロパガンダによって、戦争をやることに疑いを持たずに国のために戦う心理と近いというか。
そう。9.11も世間的にはテロ行為ですけど、起こした方からしたら大義にもとづいた復讐ですから。9.11が起きたのは2001年ですけど、『聖地には蜘蛛が巣を張る』のもとになった事件が起きたのもちょうどその頃。アリ・アッバシ監督は1981年生まれで僕とほぼ同じ歳なので、見てきたものは近いと思うんです。そのイランの連続殺人犯が捕まった時の世間の反応が怖かったと監督は話していて。人を殺してはいけないのは当たり前だし、実際に犯人は処刑されているわけだから、現代の社会では殺人は間違ってると言っていいと思うんですけど、世間の一部は「彼が掲げた大義は立派だよね」という反応を示した。
例えば日本でも、殺された娘の復讐のために犯人を殺した親がいるとしたら同情の声が上がるようなことに近いのかなと思いました。それぐらいイスラム教の信者にとってはコーラン(聖典)に書かれていることは絶対で、それに反するのは家族を冒涜すること以上のことなのかもしれない。だから、複雑であり、異国人の僕は何かを言える立場ではないのかもしれないとさえ思ってしまう。
『聖地では蜘蛛が巣を張る』より
■本作を観てミソジニーやフェミニズムの問題を浮かべる人はいると思うけど、そこが核心でもない
──そうですよね。『聖地には蜘蛛が巣を張る』では、被害者の家族が「いなくなってくれてよかった。娼婦をやるなんて家族の恥だ」みたいなことを言うシーンもありました。
だから、あの文化の根深さはもはや女性蔑視っていうレベルではない気もしていて。
──何を信じるかという話というか。
そうなんですよね。『聖地には蜘蛛が巣を張る』を観て、ミソジニーやフェミニズムの問題を浮かべる人はいると思うんですけど、この映画はそこが核心でもないと思いました。完全に文化のお話。だから難しい問題を描いている映画なんだけど、イスラム社会において今も変わらない部分を連続殺人というモチーフを通して垣間見れる貴重な映画だと思います。
──そうですよね。
余談ですけど、僕が学生時代に住んでいたシリアは同じくイスラム国家ですが、『聖地には蜘蛛が巣を張る』で描かれている女性を巡る厳しさと比べると緩くて。イスラム教の女性が頭に巻く布をヒジャブっていうんですけど、あれを着用していない女性も結構いました。
──そうなんですね。
特に厳しいのはサウジアラビア。海外旅行者の女性も着用しないといけないんですよ。イランはそれよりは緩いのかな?『聖地には蜘蛛が巣を張る』では顔を出してたけど、サウジアラビアは目しか見せない。映画ではそのヒジャブを殺害の道具にするのが示唆的でしたよね。
──神の意志に従ってる感があるというか。
うん。でも、僕の記憶だと、イスラム教の国も常に女性を虐げてるわけではなく、お母さんを大事にする“かかあ天下”みたいな風潮もあった気がします(笑)。ただ、家族以外の男性の前では肌を隠さないといけない。国や地域ごとの細かい違いは実際に現地に行ってみないとわからないことも多いと思うんですけど。

『聖地では蜘蛛が巣を張る』より
『聖地では蜘蛛が巣を張る』より
■イランでバンドをやろうとする人たちが一番ロックだと思う

──『聖地には蜘蛛が巣を張る』はイランでは撮影許可が下りず、ヨルダンのアンマンで撮影されたそうです。
まあイランでは無理でしょうね。『ペルシャ猫を誰も知らない』っていうイランの若者がバンドをやる話を描いた映画があるんですけど、イランは西洋文化の規制が厳しいからバンド活動もままならない状況があって。だから、ある意味一番ロックですよね。アメリカでやろうが、日本でやろうが、別に政府から禁止されているわけではないからね。でもイランではギターを持っただけで処刑されかねない。だからイランでバンドをやろうとする人たちが一番ロックなのかもしれない。
──確かに。日本や欧米でバンドをやるのとは気合いが違うというか。
いやあ、そうですよね(笑)。バンドをやること自体が、反骨主義というか反政府主義というか。だから、日本やイギリスでバンドをやる環境は恵まれてるわけで。その人たちからしたら甘ちゃんですよね。もちろん反骨心にはいろんな形があるから差はないんだけど、国から禁止されていることをやってやるっていうハードルの高さは凄まじいものがあると思います。それにしてもアリ・アッバシ監督も、『ペルシャ猫を誰も知らない』のバフマン・ゴバディ監督もイラン人であるにもかかわらず、そういう映画を作ろうと思ったのは、規制の厳しさに対して疑問を投げかけたかったわけで。やっぱり違和感を感じる人たちは少なからずいるわけなんでしょうね。
──バフマン・ゴバディ監督は『ペルシャ猫を誰も知らない』を無許可でイランで撮影した後、海外に移住したという。
そうですよね。イランを離れたというと、『聖地には蜘蛛が巣を張る』の主役の女性ジャーナリストを演じたザーラ・アミール・エブラヒミさんは最初はキャスティングディレクターとして映画に関わっていて。でも、彼女にはイランで活躍する俳優だったときにセックステープが流出して、フランスに移住せざるを得なくなったバックグラウンドがあって。最終的に彼女を主演に起用することを決めた後、監督は彼女のパーソナリティを女性ジャーナリスト役のキャラクター設定に取り入れた。それもあってすごく気合いが入っている感じがしますよね。さらにこの役でカンヌで女優賞を取ったからすごいですよね。
──そうですよね。そして、来月はいよいよカワカミー賞の発表です。アカデミー賞の発表もこの前終わったところで。
はい。カワカミー賞はアカデミーとは一味違うので是非楽しみにしてほしいです。俺の推し、コリン・ファレルは獲れるのか!? お楽しみに。
取材・文=小松香里
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